ただいま編 第17話 手放さなければならないシークレットアイス
台所シリーズ 第1部 「台所でせかいをかえる」ただいま編
第17話 手放さなければならないシークレットアイス
「まあ、どうでもいいんだけど、ダンディなアラビアンナイトなんかとは、全くの真逆ね。」
「十の牙、持っているし、母に言わせれば『十猪の七不思議』っていうのもあるけれど、全部はわからないのよ、今も。」
「『じゅういの七不思議』、本のタイトルみたいね。」
「ほんとよ、ほんと。でも、やっと仕事も一段落したし、書きたいところよ。」
「小説家デビュー?」
「まさか。私は本だって、あまり読まないわ。」
「でも、伸子さんからもらった本は、何度も読んだわ。」
「ロンダ・バーンの『ザーシクッレト』。」
「本当に、あの本が私の人生を変えてくれた。ありがとう。」
響香は、涙ぐんでいるように聞こえた。
電話の向こうで、静かに涙を拭っているような気さえした。
「どうしたの?」
「また……書いたんだよね。願いを」
長い間のあとに、響香はつづけた。
「そしたら、瞬く間に叶っちゃって。きづいたら、明け方。
その声には、ほっとしたような、それでもどこか悲しげな感情が混じっていた。
「でも……それを手放すのって、とっても、つらすぎるの。」
「でも、叶った後が……」響香は言葉を切った。電話越しに彼女の表情が浮かんできた。伸子はそれを感じ取りながら、静かに待った。
「どうしてかな、私はとても……かなしい。」響香は小さく吐き出すように言った。その言葉に、伸子の胸が締めつけられるような思いがした。
「ねえ、響香。願い、叶ったんでしょ? すぐ叶っただけで――すごいじゃない」
「……うん」
その「うん」は、涙をこらえた声だった。
スピーカー越しでも、わかるくらい。
でも、今はそれ以上、何も言わないほうがいい。
静かなまま、つながっていたい気がした。
この沈黙こそが、響香の涙と、伸子の想いをやさしくつないでいた。
そして――
「もっと、おとうさんのはなしをきかせて、じゅういさん」
と伸子はそっとささやいた。




