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ただいま編  第11話 ① レシピの余白に咲く文字

まえがき


マグルーバ(Maqluba / Maqlouba)——中東の料理。

でも、この物語で描くのは、料理そのものだけではありません。


二人の時間が、そっと重なり合うことで。

㊙(まるひ)のレシピは、時代も、国境も越えて、

ゆっくりと、いろいろなものを重ねていきます。


ページをめくるごとに、余白に咲く記憶や思いを感じていただけたら、幸いです。

台所シリーズ 第1部「台所でせかいをかえる」ただいま編

第11話  レシピの余白に咲く文字

「レシピなのね。

でも、中東に行っていたのは、携帯なんてない時代よ。」


伸子は、幼い響香が、異国から帰ってきた父のレシピの余白に、初めての「ひらがな」をぎこちなく綴る姿を思い浮かべる。


逆さまの「よ」に、ふっと微笑む。


先々週、帰国した台所にも、同じような文字のメモが貼ってあった。


「さしすせそ」


下には未希と凛の合作で、さとう・しお・しょうゆ・ソース?味噌——。


どれも、伸子にとって宝物のように愛おしかった。

不完全さの中に、やわらかな時間の記憶が宿る。


ふと、壁の時計が五時を指している。

伸子の長旅の話も、花人クラブの話も、結局ひとつもできていなかった。


「ねえ、あっちでは何語しゃべってたの?」


「うーん、名古屋弁……かな?」


「異国で?」


伸子がくすっと笑い、響香も思わず吹き出す。


窓の外はすっかり暗く、店に残っていたのは二人だけ。

オレンジ色の照明に照らされ、バイトのスタッフが静かに片付けを始める。


二人は少し照れくさそうに、その空間に取り残されていた。


――二年前の秋。北海道大使きゅんちゃんのボールペンを一本、手渡されたときのこと。


「きゅんちゃん、かわいいでしょ?

一本、伸子さんにもあげるわ。」


あれから長旅中は音信不通だったけれど、ボールペンから始まった物語が、静かに胸に甦る。


蔦屋書房の駐車場で、二年前の秋のように別れた。

伸子は何も話さなかったけれど、その思いを胸に帰路につく。


浴槽の上で孫たちのおもちゃ入れになったメッシュの袋。

そこに描かれた、モニュメントのような二つの手のシルエット。


語れなかった話の入れ物として、湯気の中で待っているような気がした。



その夜、響香は日記を開く。


2024年10月5日

晴れ時々曇り。最高気温21.1℃、最低12.7℃。


伸子さんと再会。

蔦屋書房で待ち合わせ、「メモリー」で昼食。

お土産をもらう。


「あとで開けてね」と手渡された包み。


——中東にいた若き日の父にも、どこかで会えたような気がした。


夜、家に戻り、テレビをつける。

中東情勢の悪化が報じられていた。

父がかつて赴いたあの国は、もはやまったく別の世界のようだった。


日記の最後に、そっと「?」と記してページを閉じる。


そして――。1972年11月7日の夢を見たのは、年が明けた2025年のことだった。


ペルシャ湾の夕日に向かって歩く男性の背中は、

一見、父のそれによく似ていた。


後書き


幼い文字の「逆さまのよ」から始まり、伸子と響香の対話、

そして父の記憶へと、物語は静かにつながる。


語れなかった旅のことも、

レシピの余白に残された、たどたどしいひらがなのように。


やがて誰かの胸の中で、懐かしい記憶をよみがえらせることを願ってます。


次回は、伸子の長旅に秘められた断片を、

少しずつ開いていけたらと思います。


はじめてここで出会った人も、よろしかったら前の章もお立ち寄りください。

伸子の住む町、北海道・北広島市が舞台です。

完成したエスコンフィールドがあります。

来たことがある人も、ない人も……よろしくお願いします。


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