表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/116

知覧編 第15話  しっぽの上のラウンジでの夜会

台所シリーズ第4部「台所の世界をかえる」知覧

第15話 夜会



足早に「しっぽ」へ向かう。羽田を大きな生き物とするなら、55番搭乗口はそのしっぽの先端だ。

しっぽまで距離がなかなかのものだ。まるで大きな生き物の血球になったように動く歩道で進む。尻尾の付け根のエスカレターをみあげる。


あの上には、離着陸する飛行機を見渡せるラウンジがある。


そう、あの椅子にすわって夜会のページを開きたいのだ。


夜会——伸子との時間。

夜会を始めてから、春がもう待ち遠しくなくなっていた。

むしろ来なくてもいい、とさえ思った。

あんな飲み会を始めてしまったのだから。


4日前の会話まで、また反芻する。

夜の時間をスマホのスピーカーにゆだねる。


缶チューハイを開ける小さな音。

昨年言いそびれたことを、泡のようにひとつひとつ、すくい上げる。


春が来れば、また私たちは忙しく、庭を右往左往して夜にはバタンキュー。

だから、話すなら今。


レシピの上に、小さく書かれた「Kinoya」の文字。

「これ、読める?」

そんな他愛のない問いからまた、夜が静かに動き出す。


ドバイの日本料理を見ていたら、どこかで見た文字に引っかかった。

検索すると、現れたのはドバイ育ちの創業者ネハ・ミシュラ。

日本の名前ではないが、ラーメンを愛して店を開いたという。


画面に映るラーメンに、ふたりの視線が吸い寄せられる。

湯気の香りが、スマホ越しに鼻の奥まで届くようだ。




「居酒屋の料理も、本格的」

「だしは、きっと鰹節」

予想は、なぜか確信に変わっていく。

ふと「Kinoya」の響きに、自分の名のかけら「Kyoka」を感じた。

スマホをスピーカーに戻し、もうひと口。


「そろそろ寝ようか」

「うん」

「おやすみ」


「きのや、きょうか……」と口ずさみ、笑ってしまう

ボールペンで「Kinoya」と書き、じっと見つめる。

遠い国の店名なのに、香りのように身近に感じる。


そのとき、LINEの通知。伸子さんから——

「いつか、ふたりで行ってみようよ」


その瞬間、

いま画面の向こうから漂うのは、やわらかく深い、包み込むような香り。


「……なんだか、いい匂い」

「ほっこりするね」

と伸子さんの声。

今はまだ、この夜の続きがほしい。


春はこなくてもいい——そう思って、首を振る。


空港のアナウンスが流れる。

まるで休み時間のおままごとから授業に戻るように、列に並ぶ。

並んでいる人の微かなの匂いが、少しずつ混じり合って漂ってくる。


みんながスマホをかざして、すました顔でゲートを通っていく。

今日は哲郎はいない。


私の順番が来て、同じように通れたことにほっとする。

……そんなふうに思うの、私だけ?


おとなのふりして、おとなはいく。

ゲートをくぐる瞬間、さっきの夜会の声が、まだ耳の奥で響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ