知覧編 第12話 32A
響香は、わざと聞こえるように小声でつぶやいた。
「モナ・リザが来た年、小学校一年生で、その年の知覧の盆踊りが忘れられない。」
「同じだ。モナ・リザが来た年の盆踊り。」
隣から返ってきた声に、胸が震えた。
まるで映画がスクリーンに映し出されているような――
そんな瞬間だった。
◇
やがて場面は、三人の知覧での小さな同窓会の一瞬へと、
静かに変わっていった。
(知覧編 第10話より)
台所シリーズ第4部「台所の世界をかえる」知覧
◇第12話 32A◇
◇
響香は、わざと聞こえるように小声でつぶやいた。
「モナ・リザが来た年、小学校一年生で、その年の知覧の盆踊りが忘れられない。」
「同じだ。モナ・リザが来た年の盆踊り。」
隣から返ってきた声に、胸が震えた。
まるで映画がスクリーンに映し出されているような――
そんな瞬間だった。
◇
やがて場面は、三人の知覧での小さな同窓会の一瞬へと、
静かに変わっていった。
(知覧編 第10話より)
◇
「いつかまた。」
響香は、早朝の鹿児島空港にいた。
枕崎で偶然出会った、束の間の同窓生に別れを告げて。
同窓生といっても、半世紀前の知覧の盆踊り大会に
一緒に居合わせただけのこと。
けれど、その二人が味のある夫婦でいたことが、
響香の心をそっと揺らしていた。
◇
空港のまわりには、フェニックス(カナリーヤシ)やソテツが並び、
南国の風景が旅情をさそった。
「もう一日、いようか――」
そう迷いながら、飛行機のチケットが取れるかどうかで決めようと思った。
満席のはずの便に、ぽつんと一席だけ空きがあった。
鹿児島空港からの眺めは、最高だった。
◇
ふと見ると、小さな子どもたちが、飛行機の仕組みを学びに来ていた。
その光景に、かつて「ジュニアパイロット」として
ひとり飛行機に乗った自分を思い出す。
あの夏の日の緊張と誇らしさが、胸の奥で
ほんの一瞬だけ静かにゆれた。
◇
まずは羽田行き、JAL640便。
席は、32A。
すでに32Bの席には、40代くらいのビジネスマンが座っていた。
響香が自分の席だと示すと、
彼は読んでいた本をそっと前のポケットにしまい、
通路に立って席を通してくれた。
「ありがとうございます。」
それ以上、言葉はなかった。
彼はまた静かに本を読みはじめた。
◇
その本の開いたページが、一瞬だけ目に入った。
響香の家にもある一冊だった。
――あっ。
心の中で声があふれた。
「それは、稲盛和夫さんの本ですよね。
父は愛読していました。
鹿児島の人ですよね。JALを立て直した人……」
その言葉たちは、口からは出なかった。
◇
響香は、窓の外に広がる早朝の景色に向かって、
そっと語りかけた。
隣のページをめくる音に耳をすませたが、
飛行機のアナウンスにかき消された。
そして、飛行機が滑走路を走り出す。
響香の“時間旅行”が、静かに始まった。
◇
1903年、ライト兄弟が初めて飛行機を作った。
その瞬間から、空の夢は人の現実になっていく。
1960年、鹿児島―羽田間が開通。
飛行機は、ますます身近な存在になった。
1973年から74年、父と一緒に飛行機に乗って知覧へ向かった。
道中や、知覧での盆踊り大会。
そのすべてが、今でも胸の奥に残る特別な記憶となっている。
◇
1975年からは、ジュニアパイロットとして、
ひとりで知覧の夏を過ごすようになった。
縁側での時間、読書感想文に選んだ本たち。
記憶に残っているのは、結局『アンネの日記』だけだった。
毎年、ひとりで飛行機に乗って向かった知覧。
あの時間は、今でも心の中にくっきりと浮かんでくる。
◇
初めて飛行機に乗ったとき、隣には父がいた。
思い出すのは、あのときの父の表情。
無表情で、無言だった。
ただ、隣に座っていただけ。
今日の、見知らぬ32Bの男性と同じように。
――あのとき、父は何を考えていたのだろう。
◇
響香の目には、窓ガラスに映る32Bの本の表紙と、
さっき彼が開いていたページの中身が重なっていた。
どちらにも、稲盛和夫氏の顔がある。
拝むような表情で、「徳をもってあたる」と題されたページ。
そして、表紙には「燃える闘魂」の文字。
白髪に眼鏡、細く引き締まった目――
遠くでもなく、近くでもない、「前」を見つめているまなざし。
◇
飛行機が離陸したことを、身体が感じとる。
響香の意識は、現実の窓の風景に戻っていった。
桜島が見えた。
子どもの頃、溶岩道を歩いたことを思い出す。
あのときの運転手の顔は、もう思い出せない。
◇
そういえば、ついこの1月――
桜島は50回も噴火し、そのうち23回が爆発だったという。
響香は、32Bのビジネスマンも
窓の景色が気になるように感じて、
そっと顔を窓から離し、背もたれに深く身を沈めた。
霧島連山が、遠くに見える。
錦江湾が、眼下に静かに広がっていた。
◇
ああ、錦江湾――。
その海があったからこそ、哲郎はあのむずかしい父の心の壁を、
33年前に開けたのかもしれない。
たまたま、このあたりの高校に通っていた哲郎が、
父と同じ風景を知っていたから。
ゆっくりと、自分の中のもやもやを、ほぐしていく。
◇
今回、どうしても知覧に行きたかった。
でも――あの一瞬の同窓会で、十分だった。
あとは、時間をかけて、少しずつ整理していけばいい。
結局、今回は特攻隊基地には行かなかった。
幼い頃、何度か足を運んだあの場所――
知覧特攻平和会館。
今も、あのころのままだろうか。
ただ、あそこの空気の「色」だけは、今も忘れられない。
◇
飛行機に乗って、片道分の燃料のまま、
そのまま空に向かった、りりしい軍服のお兄さんたち。
九九を覚えたばかりの私は、額縁に収まった若き青年たちの多さに驚いた。
文字を覚えたばかりの私は、最後の手紙を読もうとしていた。
あの時、ゼロ戦の横で待っていた父の顔も、やっぱり無表情だった。
◇
だけど。
食卓で地理を教えようとする父は、生き生きとしていた。
「白い紙を出して、日本地図や世界地図を書いてみるんだ。
地図を見なくても、そっくりに書けるようになるまで、何枚も描くんだ。」
そんなふうに言って、自慢げに語っていた父は、輝いていた。
◇
「先生に、“世界を渡る仕事がしたい”って言ったんだ。
どうすればできるのか、わからなかったけどね。
たまたま——でも、お父さんはアルミを売る仕事で、
あちこち外国に行けるようになった。」
そのときの父も、誇らしげに話していた。
◇
母に言わせれば、私は「父の目に入れても痛くない、たったひとりの娘」だったらしい。
いつも優しいまなざしで見てくれていたのだろう。
けれど、飛行機の中での父の表情は、どこか硬かった。
◇
あの時、まだ出来たばかりの鹿児島空港で、
父は買ったばかりのカメラで、写真を一枚ぐらいは撮っていたはずなのに――ない。
特攻隊記念館で、私の手を引いていそうなものなのに、
そうはしなかった。
まつのが、なにより嫌いだった父が、
ただひとり、ゼロ戦の横で、じっと待っていた。
◇
長いこと、心の中でくり返してきた「どうして?」
それが、いま、わかった気がした――その瞬間。
とまらない涙が、ぽろぽろとこぼれてきた。
32Bの隣のおじさんに気づかれたら、
「なんだ、この人?」って思われるかもしれない。
そう思って、必死に涙をこらえる。
でも、涙腺を止める金具がなくなってしまったみたいで、
もう、思い通りにならない。
していないコンタクトのせいにでも、しようか。
◇
「男は泣くな。」
父はそう育ってきたし、自分の弟にも、
私の弟にもそれを強く言っていた。
特攻隊記念館の中には、その掟を破ってしまうものがあった。
◇
10歳の時まで、一緒に食卓を囲み、一緒に遊んでくれたお兄さんたち。
特攻隊の宿舎にあふれた若者たちが、
幼い父の家でも過ごしていたと聞いている。
「響香、おばあちゃんと行っておいで」
それだけ言って、特攻隊記念館には入らなかった父。
「さよならを笑顔で言ったお兄ちゃんの写真での再会」は、しなかった。
◇
それが、「男は泣くな」という鹿児島の掟を守る
唯一の方法だったのかもしれない。
ゼロ戦の横で、風に当たりながら、ひとり父は待っていた。
◇
あのときも――おばあちゃんも、なだこおばちゃんも、父も、無言だった。
いつも自信たっぷりで、未来に向かって怖いものなんてないと胸を張っていた、
身ひとつで世界を飛び回った昭和の企業戦士に。
そんな繊細な心の引き出しがあったなんて、思いもよらなかった。
◇
父が生涯に見せた、一度の大きな涙と、
ひとつの小さな涙。
それらは、父の心に隠された、大きな引き出しの――
ほんの一部だったのだろう。
◇
誰が、この国の「開かずの引き出し」を、
埋め込んだのだろうか。
父のその引き出しもまた、海の一粒。
あの特攻隊記念館だけで、太平洋の一部にすぎない。
◇
もしも、悲しみが、怒りになって。
怒りに、なってしまったら――
どうにかなってしまいそうだった。
◇




