知覧編 第11話 鰹節 美しく 散る
第11話 鰹節 美しく 散る
枕崎の市場近く。女店主・真知子の自宅の台所は、朝の光に柔らかく包まれ、木の床が温かみを帯びている。
キムタクはひとり、鼻歌まじりにテレビに合わせて口ずさむ。アニメ再放送『ベルサイユのばら』だ。
白いワイシャツの片袖をまくり上げ、片手で鰹節を削る。
しゃっ、しゃっ――薄く削れた鰹節が、空気の中でふわりと舞う。
指先に伝わる節の乾いた感触。香ばしい匂いが鼻腔を満たし、部屋全体に広がる。
まるで太平洋の潮風をそのまま切り取ったかのような香りが、台所を満たした。
そのとき――
「ただいま。」
市場から戻った真知子が、軽やかな足音を響かせて台所に入る。
「あら、キムタク。また新作作ってるの?」
「やめろって、その“鈴木京香の真似”。」
グランメゾン東京…ならぬ、グランメゾン枕崎気取りの木村拓紀。
真知子が、微笑みながら軽く目を細める。
「ここはグランメゾンじゃないわよ。べらんメゾン、べらんめぇキッチンってとこかしらね。」
「べらんメゾン枕崎。いいじゃねえか。」
「ほら、まんざらでもない顔してるわよ、“き・む・た・く”。」
鍋の中で湯気が立ち上る。手をかざすと、熱と湿った空気がじんわりと伝わる。
香ばしい鰹節の匂いと混ざり、甘くて少ししょっぱい海の匂いが鼻先に漂う。
「……あー、やり直しだ。」
「タイミングが大事なんだ。集中させてくれ。」
「わかったわ、キムタク。テレビなんか見ながらやるからよ。」
真知子がパチンとリモコンを置くと、画面はフランス革命の群衆が立ち上がる場面で止まった。
「私たちの革命は、これから。」
ふたりは並んで台所に立つ。光と香り、音の重なりが、ひとつの静かな時間を紡ぎ出す。
「最初の基本の鰹節のだし、丁寧にやりたかったんでしょう? ロンドン2号店の前に――」
「だから、その真似やめろって。名古屋2号店だ。」
「べらんメゾン 名古屋店ね」
「・・・・どうでもいいから、そっちの雌節とってくれ。雄節だけだと味に丸みがでない」
真知子が雄節と雌節を手に取り、手のひらで軽く揉む。節の硬さと薄さ、乾いた感触が手を通して伝わる。
「そうね、キムタク。夜はこれで、一杯やりましょう。」
彼女がナポレオンのウイスキーボトルを傾けると、琥珀色の液体が光を受けて揺れる。
部屋いっぱいに、鰹節の香りとウイスキーの甘く重い香りが溶け合った。
キムタクは削った鰹節を鍋に落とす。しゃっ、しゃっ――節がだしに落ちる音、そしてふわりと舞う香り。
彼がそっと口に含むと、だしの丸みが舌に広がる。雄節と雌節のバランスが、まろやかな深みを生んでいた。
♬ たたった たたっつた 〜〜 ♬
真知子がグラスを掲げる。
「ウイスキーと鰹節で――大陸と海を、ひとつにしましょう。」
ふたりの視線が交わり、光と香りと音が混ざり合う。
ナポレオンのボトルの琥珀色が、まるで帽子の下で笑ったかのように揺れた。
「革命よ。」
ウイスキーボトルのナポレオンの目が帽子の下で笑ったような気がした。




