表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/116

知覧編 第4話 こゆきの留守番

台所シリーズ 第4部


台所の世界をかえる 知覧編


第4話 こゆきの留守番




寝室の布団の中で、ふと思った。


──こゆきにちゃんと頼めば、きっと大丈夫だと。




「ねえ、こゆき。パパとお留守番、お願いできるかな? ママ、どうしても知覧に行きたいの。遠いから、2、3日になるかもしれないよ。」




こゆきは、「いいよ」と言ったようだった。




一階の和室の一角が、今のこゆきの定位置。


かつては家族の中心にいたけれど、最近は少し、みんなの動線から外れた場所を好むようになっていた。


もう、階段を上がることはできない。




けれど、ママがいないとなれば、パパはきっと言うだろう。


「今日はこゆき、たまには一緒に寝ようか?」と。




──それもママの織り込み済みだったのかもしれない。




ママは、何度も聞いた。


「本当に大丈夫? こゆき」




こゆきは、何度も「大丈夫」のサインを送った。


それは、ふたり──いや、一人と一匹だけの秘密の合図だった。




こゆきの右手の先にママが手のひらを差し出す。


こゆきはそっと一回、響香の手をこする。


響香が一回、こゆきの頭をなでる。




次はこゆきの番。


二回、手をこすり、響香が二回、頭をなでる。




そして三回。


──いつも、三回まで。


このリズムは、信頼の証。ふたりだけの約束だった。




「パパは大丈夫。こゆきがいるから。」




哲郎は、まるでイチローのように、いつも通りのルーティンを崩さない。


「行っておいで、ママ。こゆきと留守番しているよ。」




「うん。」




哲郎は、ママのカバンがいつもと違うことや、選んだ薄手のコートにも気づかない。


きっと、いつものように「いいよ」と言えばわかってくれていたのだ。


こゆきも、ママも。




哲郎は、いつものようにサッカーゲームを続ける。


今日が少し特別な夜だとわかっていても、変わらずゲームを続ける。




「ああ、もうすぐゲームが終わる……」




こゆきは、ほんの0.5ミリだけ、哲郎に近づいた。


その微細な変化に、哲郎は気づく。




「どうした、こゆき? 今日はママがいないから寂しいのか?」




そして、続ける。


「たまには、一緒にベッドで寝ようか?」




こゆきが誘ったのか、パパが誘ったのか──どちらでもよかった。


ふたりは、2階の寝室へと消えていく。


まるで『東京ラブストーリー』の続編みたいに。


──いや、『岩見沢ラブストーリー』だ。




哲郎は、やっぱりあたたかい。




ふたりは同じことを思っていた。


「ああ、四人で寝た日が懐かしいね。」


(本当は三人と一匹だけど、やっぱり“四人”だよね。)


「そうだね。」




そのとき、哲郎のスマホが鳴った。


こゆきには、目が見えないから、足音と声のトーンで、何でもわかる。




電話の相手は、広島のおばちゃん──パパのことを「てっちゃん」と呼ぶ、会ったことのない人。


ママからは、電話もLINEもなかった。




残念ながら、ママは明日には帰ってきそうだ。




きっと、ママは言うだろう。


「ありがとう、こゆき。ちゃんと、パパと留守番してくれて。」




布団の中、こゆきは哲郎の横で丸くなり、静かに呼吸を整える。


パパの手が背中にそっと触れるたび、安心の波が広がる。




「こゆき」


哲郎の声は、柔らかく、眠りに誘う子守歌のようだった。




窓の外では、夜の風が庭の木々を揺らす。


小さな音も、こゆきには心地よいリズムに聞こえた。






「ママ、明日には帰ってくるからね。」


哲郎の言葉に、こゆきは安心したように体を少しだけ寄せる。


二人の間に流れる時間は、ゆっくりと、柔らかく、夜の闇に溶けていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ