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③ ふたりの幹事会〜秋の本屋で再会 「春のランドセルと剪定」

台所シリーズ 第1部「台所でせかいをかえる」ただいま編

第8話 ③ふたりの幹事会〜秋の本屋で再会 「春のランドセルと剪定」


響香は少し声の調子を変えて言った。


「凛ちゃん、元気? 伸子さん、帰ってきて喜んだでしょう?」


伸子には6歳になる孫娘・凛がいる。響香にも、同じ学年の6歳の男の子の孫がいる。


「二年って、あっという間よね」と響香。


伸子は、娘から送られてきた、誇らしげな凛の写真を思い出しながら話をつづけた。


「ランドセルの色、びっくりしなかった? うちの子は、うすむらさきなのよ」


「うちの孫っちは黒だけど、赤のストライプが入ってるの。コンサドーレカラーなのんだって。」と響香が笑う。


「しかも、ちゃんとタブレットが入るように作られてるんですって。令和仕様、ほんとに驚いちゃう。響香さんのところは?」


「うちの孫っちの学校では、もうノートパソコン導入してるらしいの。一年生から、クラス全員に配られてるって」


「小学生にもう、ついていけないわね」


二人は顔を見合わせて笑った。


昭和の時代、小学生といえば──男の子は黒のランドセル、女の子は赤、と決まっていて、胸には名札をつけて、そろばんや墨汁なんかもランドセルに詰め込んでいたっけ。


「そうそう、昭和ね。平成になると……」と、二人の話は尽きること知らなかった。


「平成はね……」

そう言いかけて、響香は話が少しずれていくのを感じた。


軌道を戻そうと思い、凛ちゃんとの再会の話題に切り替える。

六歳なら、旅行前に毎週のように顔を合わせていた伸子の姿を忘れるはずがない。

女の子ならなおさらだろう。


「凛ちゃん、おませさんになってたんじゃない?」と、響香がたずねた。


「実はね、まだ会ってないのよ。

 未希、次女のほうね、幼稚園の先生をしてるでしょう? 週末しか凛と一緒に来られないの。

 先週は未希のイベントがあって一緒にいられなかったから、旦那さんの実家に泊まる予定が、ずっと前から決まってたのよ。」


「あら、残念ね。」


そう言ったとき、響香はふと気づいた。

――この時間は、自分のために用意されていたのだ、と。


「よかったの? 今日で……。ごめんね、もう凛ちゃんたちと会っているものと思い込んでた。」


「大丈夫よ。明日の日曜日には会えそうだから。アンジェラも咲いているしね。

 未希ったら、忙しいのにバラの本まで買っていたのよ。ありがたいわ。」



「うん、ありがたい。」


その言葉を、伸子は心の中でもう一度つぶやいた。

そしてもう一度、響香にも伝えたくなって――


「未希ったら、『クエスチョン(?) 強剪定』って、メモしてたのよ。」



ちょうどそのとき、二人は園芸コーナーの横を通りかかった。

棚には「肥料の使い方」や「庭木の管理」といった、少しかしこまった題名の本が静かに並んでいる。

人影はなく、ひっそりとした空気のなかで、平台にだけ新刊『初めてのバラ』が花のように目立っていた。

ふたりは、歩いていたことさえ忘れて、そのコーナーに吸い込まれていった。


「そう、強剪定って難しいのよね。

他のことは、本とかYouTubeとか見れば、だいたいわかるけど……強剪定は別。」


未希がメモを挟んでいた本が、目立つように平台に置かれていた。


「この本よ。未希が買ってた本。――『初めてのバラ』」


「たくさんある中でこの本にたどり着いたなら、相当がんばったんじゃない?」

と、響香がその本を手に取った。




「彼、YouTubeで丁寧に詳しく説明しているのよ」と伸子が説明した。


「旅行前は、繰り返し、繰り返し見てたわ。

 ガーデンチャンネルって言うの。」


そう言いながら、伸子は、あの早起きして楽しんだ至福の時間を思い出した。

早朝のまったりYouTubeタイム――一昨年、ばたばたと旅の支度を始めてからは、もう見ることができなくなっていた。

(――ゆっくり、はじめようと。)


伸子は、そんなふうに、自分の暮らしがゆるやかに元に戻っていくのをそっと想像していた。



伸子も、同じその本「初めてのバラ」を手に取った。

そして、筆者の誠実な声を心に思い浮かべた


――僕からお伝えしたいのは『完璧でなくても大丈夫』ということです。


本の筆者の声が聞こえてくるようだった。


後ろのページの「用語解説」に目をとめる。


「強剪定……『剪定の際、枝先を長く切り取ること』って書いてあるわね。」


「初心者の説明になってないね。

 初心者はまず、“剪定”がなにか、わからないんだから」


二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。


「剪定の説明……どこかにちゃんとあるかしら?」

「目次のほうかしら?」


ページをめくる。


「……あ、あった。『剪定』、124ページ。」


ふたりは、そっと本を開き、剪定のページに目をやった。

未希の気持ちになって、まるで同時に読むようにページを見つめた。

未希の?のメモがはさまっていたページ。



目次には春 梅雨 夏 秋 冬~早春とある。


「ほんとね……強剪定??……という感じ。」

北海道のバラの強剪定の時期を的確に書いている人、いるのかしら、そうおもった。


「初めてのバラ」の索引をひく。

強剪定。116.117.栽培のお悩みQ&Aのページを開いた。


- コツ1、コツ2

- before/after

- やさしい挿絵

- 『さっぱり!!』の表現


ほっこりとしたページ。

初心者でもわかりやすくと、筆者の熱意が伝わる。


だが、全く知らない未希ちゃんの目には、


ピエールドウロンサール? 6月ごろリセット? もっこうばらの木質化? 翻弄するとモンスター化?


まるで、怪文書のようだった。


「きっと、ビックリマーク(!)とクエッション(?)の百連発だね。」

伸子も大きく頷いた。


 そして、本をもとに場所にもどした。


「剪定、どうしてる? いつしてる?」


「結局、自己流で春よ、春。本州じゃご法度って言われてる春。

 みんなが“春だ”と気づかないくらいの春。

 この春を逃すと、たいへん」


「でもさ、剪定しないでいると、もっと大変なことになっちゃうんだよね。

 それで、みんなが“あ、やっぱり春だ”って気づく頃には、毎年、あわてるのよね。春は。」


コーヒーの香りが漂う先に、大きなガラスの窓があった。


そこの緑を見ながら、響香の心には、愛しいポンポネッラのバラの枝の姿が浮かんでいた。


雪に埋もれていた枝が、ようやく顔を出し、小さな芽をつけている。

その芽の先に、春の光を見ている自分。


ハサミを手に、想像力を総動員して枝を見つめるその姿を、空に投影するように思い描いた。


こうやって、お互い「早めに切り上げよう」と言っていたはずなのに、気がつけば、とうに約束の10時を過ぎていた。



出典 NHK 趣味の園芸 はじめてのバラ 松尾祐樹

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