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第8話 絶望の中の微かな光

 どおん、と頭上で何やら爆発めいた音が轟く。最初は花火かと思ったが、連続して爆発音と悲鳴が上がる。どうやら花火ではないらしい。

 私とミシェル様は急いでホテル内に戻ろうとしたのだが、魔法の気配に気付く。


「!?」

「マリー」


 すぐさまミシェル様は私を腕の中に庇う。轟音と雷鳴が耳朶に響く。

 一体なにが!?


 連続的な爆音に土煙が巻き起こり、凄まじい殺意にビリビリと肌で感じた。顔を上げると黒衣の騎士が宙に浮かんでいる。よく見ると白銀の甲冑だったものが、漆黒の彼岸花の紋様に埋め尽くされて黒ずんでいるように見えた。

 土煙で姿が一瞬で消える。


「(今の騎士は)ミシェル様──っ」


 キィイイイン、と金属音が響きミシェル様が剣を抜いて眼前に現れた。

 転移魔法!?

 ミシェル様は私を片手で抱き上げながら、剣戟を全て弾き流す。黒衣の騎士は複数いたようで、土煙の中から姿を現した。


「ああああああああ」

「だんあああああ」

「チッ、精神干渉を受けているな」

(じゃあ、この方々はミシェル様の部下)

「じゃああああ、じゃ『邪竜様復活するため、この地は選ばれた! 喜ぶ良い、栄えある邪竜様の復活の贄としてその命を差し出すのだ!』」


 ぱあああ、と真昼のような明かりが街全体を照らす。それによって竜の紋章が描かれた漆黒の旗が掲げられた。魔術師が全員で五人、上空に浮遊している。


(あの紋章、それに浮遊魔法を使っているのなら第二級魔法術師以上だわ)


 この世界に精霊術師以外に、錬金術師、術式や呪術を用いて魔法を展開する魔法術師だ。特に魔法術師は自然界に浮遊するエネルギーを使用するが、その中でも邪気や怨念などを駆使しているのが邪竜教信者だったりする。

 すでに都市は至る所で火事が起こっていて、黒煙が登っているのが見えた。

 私にできること──。


魔法杖(タクト)、ヴァイス、リュイ!」


 私の言葉に白銀の狼姿のヴァイスと、巨大な蛇に蝙蝠の羽根を持つリュイが姿を見せる。すぐに二人は私の意図を読み取り、素早く私の周囲に迫ってきていた黒衣の騎士たちを制圧していく。みな衝撃に弱いのか、攻撃を受けた騎士は泥に変わり崩れて果てた。


(泥? もしかして、ミシェル様の部下をコピーした存在?)


 騎士の中で異彩を放っていたのは、ミシェル様そっくりの騎士だった。顔の造形、姿形まで寸分違わずそっくりだった。唯一の相違点があるとすれば漆黒の甲冑を身に纏っていることだろうか。

 私を抱きしめているミシェル様の腕に力が入るのがわかった。


「『マリー、君が贄になってこそ邪竜が喜ぶ。狂喜乱舞して、きっと私の求める世界を作り上げるだろう』」


 それは逆光前にミシェル様から言われた言葉だった。でも声が全然違う。

 私を殺そうとしたのはミシェル様ではなく、眼前の偽物だったのだろうか。雰囲気が全く違うのに、眼前にいるのも本物のミシェル様のように思ってしまう。


(何らかの精神魔法? それとも──)

「マリアンヌは私の妻となった。贄になどさせるものか」

「ミシェル様」

「『ははっ、そうは言うが番紋がないじゃないか。……それなら自分を殺すのか? 私はお前と共に生まれ育った呪いそのもの。私が死ねばお前も死ぬ。例えば──』」


 剣を抜き、自分の左足に刃を突き立てる。


「──っつ!?」

「きゃっ」


 私を抱き上げていたミシェル様のバランスが崩れて悲鳴を上げてしまう。ミシェル様は膝を突くも私を離すことなく抱きしめたままだ。


「ミシェル様!」

「大丈夫だ」

癒せ(サナティオ)


 左足を見ると同じように刃に突き立てられた痕があった。血が流れるのを見て、治癒魔法を掛ける。淡い光と共に血が止まった。


「『ははっ健気だな。でも、無駄だ』」

「──っ!」


 無数の漆黒の剣が出現し制止する前に、自らの肉体に刃の雨を振り落とす。

 刃が突き刺さると同時に、ミシェル様の体に傷ついていく。血が噴き出し、傷が広がっていく。治癒魔法じゃ追いつかない。


「──っ、リュイ、思考加速(ソート・ブースト)

「了」


 素早く打開策を考える。思考を巡らせ、敵の数、戦略、対処方法などを算出する。脳をフル回転させるため、頭に熱が籠もり神経が焼き入れそうな痛みを伴うが、構わない。


 邪竜教を制圧しても止まらない。

 先ほどの会話からミシェル様の痣あるいは、毒だった邪竜の呪いそのもの。

 対処方法。

 ミシェル様ごと倒す──論外。

 ミシェル様の攻撃をやめさせる。あるいは意識を奪う。その後に確保。

 ヴァイスによる氷の拘束──効果があるかは不明。

 それなら時魔法の時間停止、ううん、それだと数秒しかもたない。それなら半径三十メートルを限定とした遅滞時(モア・タイム)魔法(・マギカ)を使い、時間を更に引き飛ばす。


「リュイ、遅滞時(モア・タイム)──」

「『もう遅い』」


 ドロリと、ミシェル様だった姿が泥に変わった。その直後、傍にいるミシェル様に首を掴まれた。


「──っ、あ」

「……ああ、あああああっ……マリー、私を、ヴァイスに言って止めさせ……っ」


 ミシェル様の片腕から左頬に掛けて、黒い彼岸花のような痣が浮かび上がっている。


(私が薬で完治したはずなのに、痣が!)


 ミシェルの足下、影を見ると泥と繋がっていた。邪竜の呪いが残り香を辿ってミシェル様に取り憑いている。


「っ……ミシェル……さま」

「マリーを……離せっ」


 首を掴まれているけれど、ミシェル様の指には力が入っていなかった。必死で内なる邪竜の呪いと戦っているのだ。ミシェル様は指先は震え、歯を食いしばり抵抗する。

 全身血塗れで、いつ倒れても可笑しくない状況。奮闘も虚しくミシェル様の左目の瞳孔がゆっくりと黒く染まっていく。

 ミシェル様の拮抗がいつまで持つか──。


「リュイ、遅滞時(モア・タイム)魔法(・マギカ)

「了」


 幾重の白亜の魔法陣が、私たちを包み込む。これでほんの少しだけ時間が稼げる。それでも緩慢な動きで右に持つ剣が、私の腹部目掛けてゆっくりと近づいてきていた。


「マリー、ダメだ。ヴァイス、マリーを助けるんだ、私を──斬れ」

「ひゅ」


 ミシェル様の悲痛な声が遠のき、思考を巡らせる。

 私とミシェル様が助かる方法。

 時魔法では難しい。ヴァイスの水、氷魔法でも難しいわ。

 アルノトは未だ戻ってきていない。


 今私の契約している精霊(子たち)だと対処は難しい──なら、残る未契約の精霊と今ここで契約を結ぶ。邪竜に対して最大の効果を発揮するのは、聖魔法と光魔法。

 最上級の光の精霊──ルクスとの契約しかない。でも呼びかけに応じてくれるかは賭けだし、契約して貰えるかも未知数。

 それでも今を打破できる唯一の手は、これしかない。


 今、私が攻撃を避ければ、さらに動こうとするミシェル様の肉体に負荷がかかり過ぎる。治癒魔法を継続的にかけているけれど、重症。いつ出血多量で倒れるか分からない。

 何より至近距離でないと、光魔法の効果は発揮しない。


「マリー、私の体よりも……ぐっ」

「──っ」

「お嬢様!」


 腹部に剣の切っ先が突き刺さり、痛みと血が流れ落ちる。あと数秒すれば、私の体を貫通してしまう。それでも契約詠唱を選ぶ。

 まだ何も終わっていないのなら、ここで諦める理由はない。


我願う(コギト)祈りと(プレケス)願いを持って(オプタティオ)汝と(ルクス)契約を望む(パクトゥム)──最上級の光の精霊(ルクス)!』


 金色の光が私とミシェル様の頭上に輝いた。

 その間も、ゆっくりと腹部を貫かれる激痛に耐える。


「っあ」

『こんな土壇場でボクを呼び出すとはねぇ。あはっ、笑えないぐらいの修羅場だ』


 召喚は出来た。そのことに少しだけ口元が緩んだ。


「ルクス」

『……で、前口上はいいさ、君は契約をしてどうしたいのさぁ?』

「……ミシェル様に張り付いた邪竜の呪いを一時的に完全浄化。同時に最大回復魔法を掛けて欲しいの」

『君たちじゃなくて? 彼だけ?』

「はい」


 すでに腹部に剣は突き刺さっている。でも、私よりもミシェル様のほうが重症なのだ。光の塊は周囲を照らして、邪気を祓い、浄化していく。


『まあ、良いけれどぉ。正式に契約していないから、今回は対価を貰う必要がある。君はボクに何を献上してくれるの? 命とかぁ?』


 私は吐血しつつも、まっすぐに光の塊を見上げた。


「まりー……っ」

「ごほっ……っ、私の命は差し上げられません。私が死ねばミシェル様の心が死にます。私はプロポーズを受けた時に、一緒に幸せになると誓ったのですから、それは私の裁量できませんもの。他ならお望みのものを差し出しましょう」

『いいね。自分の命を安売りするよりは、全然良い。それなら、君の一番大切な人の記憶をちょうだいよ』

「一番、大切な人の……記憶」


 間違いなくミシェル様との記憶だ。

 幼馴染としてずっと一緒だった。誰よりも愛おしくて、大好きな人。

 ずっと長かった前髪を切って、インディゴの瞳を見た時、星のようにキラキラした目に見惚れた。


「──っ」


 白銀の神樹の前で、何度も約束を交わした。ミシェル様は私が傍にいるのを実感したくて、幼い頃から手を繋ぐのとか、抱擁が大好きだった。キスだってそうだわ。

 キスした後は耳まで真っ赤になって、でも幸せそうに笑うの。

 ずっと泣き虫で、世界に悲観していたミシェル様が、笑ってくれた時ずっとその笑顔をお守りしたいって思った。


(……嫌だ。失いたく……ないっ)


 今まで一緒に居ない時間のほうが短いわ。

 ミシェル様とは最初から仲が良かったわけじゃない。最初は警戒して、話す言葉だって短かったもの。それでもずっと一緒に居て、積み重ねてきた。

 その歩みを、ここで終わらせたくない。そんなは絶対に嫌。


「マリー、私を、……斬れ。そして──」

「──っ、それは、もっと嫌」

「マリー……」


 ミシェル様が死んでしまうなんて、耐えられない。まだどちらも死んでいないのなら──。

 大事な宝物を……手放してでも──ミシェル様と生き残る未来を選ぶ。

 私の中で宝物が一つ消えてしまっても──。

 視界が歪み、頬から涙が零れても俯かない。


『それで。どうする?』

「マリー? ……っ、時間が……ぁあ……」


 ミシェル様にはルクスの言葉は聞こえていないけれど、なんとなくは分かっているのだろう。不安そうに頬から涙が零れ落ちているのが見えた。


「ルクス、貴方の提案を受け入れる」

『本当に良いね、そのジョーヌ・ミモザの瞳。昔好きだった子を思い出すよ。──さて、契約は成立した』

「ありが──かはっ」

「ああああああああああああああああ……『これで終焉だ』」


 次の瞬間、腹部に突き刺さっていた剣を引き抜いて、ミシェル様は「殺してくれ(愛している)」と口にしながら、剣を振り下ろそうとしていた。

 ミシェル様の頬から涙が零れ落ちる。


(ああ、記憶を失っても、またミシェル様の涙を拭って差し上げられるかしら?)


 失っても、生きているのならまたやり直せばいい。そう思うのは安直かもしれない。でも──今の私にはこれしか選べなかった。

 ミシェル様、辛い思いをさせてごめんなさい。


「私も愛しているわ、ミシェル様」


 ――刹那、白亜の光が世界を白く染め上げた。


(ああ……何て美しい光なのかしら……。白銀に煌めくそれはとても美しくて、幻想的だった。ミシェル様との記憶が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 何もかもが白紙になり、もう悲しくはなかった。

 思い出そうにも記憶は霧散し、瞼を閉じた。


 キィン、と耳に響く金属音が悲鳴を上げた。

 硬い地面に体が叩きつけられると思っていたけれど、誰かが私を支えてくれた――気がする。

 懐かしい――匂い。


(だれ……?)

「キアラの時は間に合わなかったけれど、何とかなった……かな」

(キアラ、おばあ様の名前……?)


 次の瞬間、意識を手放した。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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