第7話 邪竜教
「私がマリーを……奪うって、それは結婚して初夜を迎えた的な?」
「え」
ケッコン、ショヤ?
頭の中にハテナが三つぐらい浮かんだ。
リュイとヴァイスは二人ともどこか遠い目をしている。なんで?
「???」
「最初は優しくするつもりだが、それで私に怯えていたということかい?」
「サイショ?」
なんだか噛み合っていないような?
何故唐突に結婚の話になったのかしら?
ショヤ……初夜ってことよね?
…………あ。初夜のことで何を指しているのかようやく思い至り、頬が赤くなる。
「ち、違います! そ、そうではなくて、ミシェル様が私を『贄だ』とか言って、刺し殺そうとしたのです」
「私が!?」
「あ」
頬を赤らめていたミシェル様は口に手を当てて、「馬鹿な」と酷く困惑して青ざめている。その姿はいつものミシェル様だったことにホッとした。
「その、途中までは本物のミシェル様だったのですけれど、途中で豹変して……でも偽物とも思えなくて……だから、……ミシェル様を信じたい気持ちはあるのですが、どうしても警戒してしまって……いつも通りに接することができなかったのです」
「なるほど。これは思っていた以上に厄介なことになっているな。エグマリーヌ国の思惑か、それとも邪竜教の新たな術式か」
「え?」
心当たりがあるのかミシェル様の言葉に私は耳を疑った。ミシェル様はグッと珈琲を飲み干す。
「これは教会内でも騎士団団長か枢機卿以上しか知られていない極秘事項なのだが、教祖サリュマニクスは不死者ではなく、肉体を乗り換えている可能性が高い」
「え」
「その上、過去に邪竜の呪い持ちを次の器として憑依したのではないか、と。それと邪竜の呪い持ちに精神干渉する術式の研究をしていることも、邪竜教の拠点を制圧して確認が取れている」
「邪竜の呪いって、私が三年前に特効薬を作ったから、呪い持ちはいないはずですよね?」
思わずミシェル様の言葉に被せるように口を挟んでしまった。
ミシェル様の病を治すため、と日々森に出て薬草採取と薬の研究をしていたのだ。ちょうど薬を完成させた頃、コフレ都市のおばあ様の屋敷に滞在していた。薬が完成したことで、聖女公認試験までは両親の元で暮らすことになったのだ。
過去を思い出していると、ミシェル様は「そうだ」と肯定してくれた。
「マリーの功績で邪竜の呪いは克服できた。だが毒素のものは中和されたものの、邪竜の残り香というものが付着し続けているらしい。それが精神干渉の媒体となっているとかで、この二年はその対処に追われていたんだ」
「あ……」
邪竜の呪い。
かつてこの世界に君臨した邪竜。その邪竜を滅ぼしたのは、聖騎士の家系であるカレント公爵家、聖魔法に長けた魔術者の家系エル・モロー侯爵家、力を貸した精霊王だ。カレント公爵家、エル・モロー侯爵家の子孫たちまでもが邪竜の呪いの対象となってしまい、体に黒い彼岸花のような痣が浮かび上がり、全身を毒に蝕まれる。それを防ぐため聖女を嫁に迎えるか、精霊と契約を結んで寿命を延ばすことで今まで生き延びてきた。
それなのに精神干渉の媒体だなんて、ミシェル様にとっても最悪な情報だった。「情報規制を徹底して、二年掛けて対策を行った」という言葉を聞いて、もしかしなくてもミシェル様が二年間、私に会えなかった本当の理由は「邪竜の呪い対策だったではないか?」と結論に行き着く。
それならいろいろと辻褄は合う。
「マリアンヌが夢で見たというのは、一時的に憑依あるいは干渉された──可能性がある。……それを防ぐ方法は、一つだけあるのだけれど」
「ミシェル様?」
「後で──ちゃんと話しますよ」
今まで淡々と話していたミシェル様は顔を赤らめ、急に俯いてしまった。私は小首を傾げつつも、ヴァイスとリュイに促されてデザートを口に運んだ。
解決方法があるのなら、あの未来は起こらないはず。ティラミスの甘さに舌鼓を打ちながら食事を堪能した。
***
食事の後、ホテルに戻って私が泊まれるようにミシェル様と同室にして貰った。
窓の外を見ると宵闇が空を染め上げていた。
(同室! ミシェル様と!)
心臓がバクバクと煩い。正しくはリュイとヴァイスがいるので二人きりではないのだけれど、それでも同じ部屋というのは落ち着かない。
「マリアンヌ、このホテルに庭園があるんだ。……その、見に行かないか?」
「ぜ、是非!」
喜んで快諾した。恐らく先ほどの解決方法についてだろう。お互いに真剣な話をする時はガゼボで話をしよう、と子供の頃の他愛のない約束をしていたからだ。
緊急事態や差し迫った訳でもない状態の時は、二人で薔薇庭園を散策してガゼボに向かう。ちょっとでも一緒に居たいから始めた二人の約束。
夜の薔薇庭園は照明が付いていて、幻想的で美しい。
ミシェル様は覚えていてくれたのね。白いガゼボに到着するなりミシェル様は私の指先に触れて、片膝を突いた。
「マリー、私と結婚して欲しい。そしてグルナ聖国にも戻って、私の統治している領地で一緒に暮らそう」
「……!」
プロポーズをするなら、お姫様と騎士のようなロマンティックなものが良いと絵本を読みながらミシェル様と話していたのを思い出す。あの時のミシェル様は泣き虫で、人見知り。口数も少なかった。
でも覚えていてくれたのね。
唐突だったので驚いたけれど、ミシェル様の目は真剣だ。その眼差しに頬が熱くなる。
「はい、喜んで」
「マリー! よかった! 受け入れて貰えなかったらどうしようかって、ずっと緊張していて……」
「大好きなミシェル様にそんな風に思ったりはしませんよ」
「うん。でも、二年で変わってしまうかもって、思ったら怖くて……」
ホロリと涙を流すミシェル様が愛おしくて、背伸びをしてキスをする。ミシェル様の意思で私を刺したのではなく、憑依あるいは一時的に乗っ取られた可能性が高いって分かってよかった。
ギュッと抱きつくとジャスミンの香りが鼻孔を擽る。
「ああ、マリー。それはずるい。私だって男だ。そんな風に煽られたら──」
「……いいですよ。ミシェル様なら」
「マリー、愛しています。それはもう超絶に。この二年、ずっと会いたくて、触れたくて、話がしたくて、声が聞きたくて堪らなかったけれど、耐えてよかった。君に辛い思いも、寂しい思いも、もうさせない。絶対に幸せにする」
「私も……ずっとミシェル様に会いたかった。ずっと灰色の世界で、両親が行方不明になって不安で堪らなかった。でもミシェル様がいるから、乗り越えられたの。……一緒に幸せになってほしい」
グルナ聖国においての結婚は、婚約者であればさほど難しくない。お互いの同意と羊皮紙に名前を書いて教会に提出するだけ。すでに私とミシェル様は三年前、エグマリーヌ国に戻る際に書いていて、聖女公認したタイミングで教会に提出予定だったのだ。
どちらともなく鼻先が触れ合い、キスを交わす。
触れ合う唇は幸福で、甘い味がした。
「マリー」
「ミシェル様?」
ミシェル様の頬がほんのりと赤い。でもたぶん私も同じ感じなのだろう。嬉しそうに微笑んでいたミシェル様は少しだけ困った顔で、口を開いた。
「マリー、よく聞いて欲しい。……本当は屋敷でプロポーズしたかったんだ。でも結婚を急いだのは……」
「さっき言い淀んだことと関係あるの?」
「……ああ。私が干渉を受けない方法は、生涯を共にする人と魂の結びつきを強める番紋を結ぶことなんだ」
「つがいもん?」
教会でも聞いたことがない術式だ。古い神の残したものかしら?
番。それは陰と陽。比翼の鳥のように対となるという意味だとしたら、結婚の儀式と似た誓いも条件の一つに必要なのかもしれない。
「神代の時代に結婚の儀式としてあった術式なんだ。それにより他者からの干渉を受けなくなる。そうすれば私に干渉することもなくなるだろう」
「そうなのですね! では早速番紋を施しましょう!」
そう前向きに答えると、ミシェル様の顔が真っ赤になった。「え、あ、うん」と凄く照れている。もしかして番紋をするのは、恥ずかしいことなのだろうか。
「マリアンヌが可愛すぎる。……ああ、でも、うん。それなら──」
ミシェル様は顔を近づけて、唇が重なった。
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