表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

第6話 ディナーと状況整理

 

 高級リストランテの門構えに、思わず身が竦んでしまう。ここ二年は社交界ももちろん、煌びやかな世界からはかけ離れた生活をしていたので、どうしても気後れしてしまう。

 そんな私に、ミシェル様は「可愛いマリーと食事ができる」とめちゃくちゃ浮かれていた。それでも甲冑を亜空間格納にしまって貴族服にするあたり、抜かりはない。

 ヴァイスとリュイは使用人として同席せずにいると言い出したのだが、私はみんなでテーブルを囲みたいと引かなかった。

 ミシェル様が個室を押さえてくれたので、ヴァイスとリュイの同席も叶った。


「ミシェル様、ありがとうございます」

「マリーが望むのなら、できる限りのことはしたいからね。愛しているよ、マリー」


 さりげなく私の頬にキスをする。擽ったいキスにドギマギしてしまう。殺される前もこうやってたくさんキスをしてくれたわ。その時の違和感は……なかった。まるでスイッチが切り替わったように豹変したような?


「マリー? 考え込むのも良いけれど、空腹だと思考は鈍るからね」

「はい」


 コース料理で運ばれてきた前菜(アンティパスト)は白身魚と香草のテリーヌ、生ハムサラミ(アフェッタ)の盛り合わせ(トーミスト)で、ちょっとの量だけれど、食べやすくとっても美味しい。スープ(ズッパ)は里芋のポタージュで、体が温かくなる。


「んん! ミシェル様。凄く美味しいです」

「うん、マリーは超絶可愛いな。君が美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。ああ、私のテリーヌも一口食べるかい?」

「はい──んん、美味しい」

「それはよかった」


 婚約者として甘々な雰囲気に浮かれていたが、「違う!」と心の中で叫んだ。逆行前の記憶をできるだけ思い返していると、ヴァイスが声をかけた。


「お嬢様、不安なことほど共有すべきです。この方に協力を仰ぐのはどうでしょう?」

「肯。思考の迷宮、不」


 リュイとヴァイスの言葉に、何かを察したのかミシェル様は真面目な顔になって、私を真っ直ぐに見つめる。


「マリアンヌ。君に神樹の管理を押し付けられたこと、君の父君が当主を名乗っているのも、後妻と連れ子を屋敷に住まわせているのも報告に上がっている」

「……!」


 祖国に情報が伝わっていた?

 だから真偽を確かめるために騎士団が派遣された?


「ミシェル様、その定期連絡は本部に届いていたのですか?」

「ああ、エグマリーヌ国王家経由で神樹の管理報告が届いていた。それはマリーが聖女認定試験を放棄して、エグマリーヌ国に戻って一ヵ月経った頃だったか」

「え」

「私が送った手紙や贈物は?」

「……私の手元には届いてません」

「やはり、そうか。一年以上、手紙と贈物、面会の打診をしても、マリーの精神が安定しておらず、母親の代わりに神樹の管理を心の寄りどころにしているため面会はもちろん、我が国に迎え入れることを拒絶されたんだ。……だから秘密裏にこの国の、君のことを調べるため国境周辺に拠点を置いて動いていたってわけさ」


 ミシェル様はミシェル様なりに動いてくれていた。それが嬉しくて、ちょっとだけ目が潤んでしまった。普段なら精霊を使って連絡を取り合うことができただろうが、その時の私は精霊の姿が見えなくなってしまっていたのを思い出す。

 そのせいでミシェル様や教会との連絡が絶たれてしまったのだ。まさか聖女候補である私が精霊が見えなくなることなど、誰も想定していなかったのだろう。


「手紙を……。それに会おうとしてくださっていたのですね」

「そんなの当たり前だろう。私の愛しい婚約者なのだから」

(愛しの……)


 逆行前もそのようなことを言っていたのをぼんやりと思い出す。それ以外にも邪竜教が各地で騒ぎを起こして低級魔物を召喚したことや、時空の歪みで魔物が大量発生したことで騎士団たちはその処理に追われていたと話してくれた。


「時空の歪み……。お母様が行方不明になったのも、その影響だとは聞いていましたけれど……」

「マリーは【邪竜教】のことは、どのぐらい知っている?」


 邪竜教。

 そもそも邪竜とは神々がこの世界を去った後に、世界に恩恵を与えるために芽吹いた神樹と、世界を滅ぼすために泥の中から生まれた邪竜。この二つは常に光と影と対立する形で神話に出てくるけれど、実際は少し異なる。


 邪竜は、人の持つ邪念や怨念が泥となって形を得た人災だ。時代の節目に復活するのは人間の持つ不満や邪念、怨念などの吹きだまりが一定数を超えることで派生するようになっていた。

 邪竜が復活すると世界は汚泥と毒霧に汚染され自然界はもちろん、ありとあらゆる生命体が病にかかり死に至る。まさに死をまき散らす厄災そのもの。

 その終末こそ救済だと唱えているのが【邪竜教】で、その教祖がサリュマニクスだ。おばあ様が【邪竜教】と戦い殲滅したはずだったけれど、教祖は生き延びて今も各国で活動をしている──とミシェル様に覚えていること答えた。


「さすが聖女候補筆頭。知識も二年前と変わらず建材なようで嬉しいよ。それに凜々しいマリーも素敵だ」

「それには同意」

「肯」

「み、みんな……大袈裟すぎるわ」


 ヴァイスとリュイもサラッと褒めてくるので照れくさい。一番目の皿(プリモピアット)は、ジャガイモのニョッキ、トマトとバジルのリゾットだ。この店はパスタが美味しいらしいが、私があまりお腹に入れていないことも考えて、消化のしやすいリゾットに変更してくれたらしい。


「んんー! 美味しい。ミシェル様が勧めるだけあって食材一つ一つもそうですけれど、味に深みがあってお口の中が幸せです」

「喜んで食べるマリーが可愛いな。小動物みたいに一生懸命食べているところもいい」

「ミシェル様だって、食べる所作が格好いいですよ」


 褒め殺しをするので私もミシェル様の素敵なところを口にしたら、ミシェル様は顔を真っ赤にして「心も天使すぎる。天界に返ったりしないよね?」と口走っていた。

 リュイとヴァイスは黙々と食べながらも「真理、可愛」とか「本当に天使並の愛らしさです」と頷いて話が進まない。


(神格化しないていただきたい……)


 二番目の皿(セコンドピアット)ではハーブのポルケッタが出てきた。国境周辺では二角豚が特産品で、特別なハーブを食べて育つのでお肉も柔らかいだけではなく、香辛料が利いてとっても美味しいのだ。


「……と、話が脱線してしまったか。その【邪竜教】が時空を歪める術式を開発したらしく、別次元から邪竜ではないけれど、邪獣を召喚している。二年前、マリーの母君と学院ごと空間が消えたのも、その術式の応用版の可能性が極めて高い。教会でも行方を追っていて、そのことについてマリーはどこまで王家から話を聞いているのかな?」

「初耳です。王家……エドワード様は月に一度訪問していましたが、調査中としか──」


 あれ?

 正直、エドワード様に言われたことを思い出し、途端に背筋が震えた。あのままハーブティーを飲み続けていたら、ミシェル様が助け出してくれるまで操り人形になっていた。今更だが、その事実にぞぞぞっと背筋が凍り付く。

 今更だが、お父様や継母の様子がおかしかった。もし私と同じくあのハーブティーを飲んでいたのだとしたら──。


「──っ」

「マリアンヌ?」

「お嬢様はエドワード王子によって軽い洗脳状態にありました。おそらく特殊なハーブティーを要いて少しずつ懐柔していこうと目論んだのでしょう」

「なっ!?」

「思考がうまく働かない、気怠さ、精霊が見えなくなった要因の一つもあるかも」

「マリー」

「王子の目的はお嬢様を王妃にすること。ここ数日なんとかその呪縛に打ち勝ち、グルナ聖国に向かう途中だったのです」

「は?」


 ヴァイスがサラッと言っちゃった。案の定、ミシェル様は烈火の如く激昂し今にも王家を襲撃しそうな雰囲気だ。綺麗なご尊顔が大変なことに。


「み、ミシェル様。お、落ち着いてください」

「マリー、その下種が君に触れるなどしたかな?」

「な、ない。ヴァイスとリュイが怒ってくれていたから!」


 全力で否定をした。記憶を思い返しても触れることはなかった──はず。うん、ない。


「くっ、どおりで私の面会が降りないわけだ。すまないマリー、君から手紙が来なくなった段階で、手を打っていれば……!」


 ミシェル様は激しく後悔して今にも皿の上に突っ伏しそうだ。まあ、婚約者が他国の王族に見初められて奪われ掛けたらそうなるわ。私自身、そもそも思考力が鈍っていて、正常な判断も行動もできなかったのもいけなかったのだ。


 教会側も私の状況を正確に把握していなかったし、リュイやヴァイスたちは私が見えていなくても傍に居て、守ることに専念しなければならず助けに出るのも難しかったのだろう。精霊と契約者の絆が弱まると力も半減してしまうから。


 私が至らないばかりに、と思ったが、私以上に落ち込むミシェル様を見て落ち込んでいる場合ではないと気持ちを切り替える。


「ミシェル様。このポルケッタ、とっても美味しいです。一口どうぞ(ちょっと強引だったかな?)」

「マリー! なんて優しいのだろう。やっぱり天使? 女神? 天界には絶対に返さないからね」


 あ、杞憂だった。

 幸せそうに食べるミシェル様は、二年前と変わらない──ちょっと溺愛度合いが重くなったような気がしなくもないけれど、やっぱり私のよく知っているミシェル様だわ。

 最後にデザート(ドルチェ)はティラミスと紅茶を頂いて、お腹は満たされていた。幸せ。


「またこんな風に大切な人たちと食事を囲めて嬉しいわ」

「マリー」


 ミシェル様はコーヒーを口にしながら、目を潤ませていた。そういえば幼い頃のミシェル様は──。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、洗脳の影響なのかな? それとも別の理由が?」

「へ」


 思わず間抜けな声が漏れた。インディゴの瞳が私を映す。驚くほど真っ直ぐな眼差しにドキリとしてしまう。

 気付いていたのですね。


「……それとも二年も放っておいたと思われて嫌われていたのだとしたら、言い訳のしようがない」

「そ、それは違います。そうじゃ……ないのです」


 どう言うべきか困っていると、私の頬に圧倒的な狼のモフモフが押し付けられた。それだけではなく腕にはリュイが蛇の姿に戻っている。二人とも私の味方だ、というように傍にいて支えてくれた。

 私が精霊の姿が見えなかった時も、きっとこうやって傍にいてくれたのだわ。怖くても、いずれ向き合わないといけないもの。


「予知夢のようなものなのだけれど、……ミシェル様が……私を迎えに来てくれたあと……豹変して……その、()()()()……()()()

「──っ!?」


 その瞬間、ミシェル様から笑顔が消えた。ゾッとする仄暗い瞳が私を貫く。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡


お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!


最近の短編。全て1万前後

【短編】私悪役令嬢。死に戻りしたのに、断罪開始まであと5秒!?

http://ncode.syosetu.com/n0205kr/ #narou #narouN0205KR


【短編】

初夜で白い結婚を提案されたので、明日から離縁に向けてしっかり準備しますわ

http://ncode.syosetu.com/n3685kr/


【短編】え?誰が王子の味方なんて言いました?

http://ncode.syosetu.com/n7670kr/


新作連載のお知らせ

深淵書庫の主人、 鵺は不遇巫女姫を溺愛する

時代は大正⸜(●˙꒳˙●)⸝

今回は異類婚姻譚、和シンデレラです。

https://ncode.syosetu.com/n0100ks/1/ #narou #narouN0100KS


同じく新連載

ノラ聖女は巡礼という名の異世界グルメ旅行を楽しみたい

https://ncode.syosetu.com/n2443ks/4/ #narou #narouN2443KS



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

平凡な令嬢ですが、旦那様は溺愛です!?~地味なんて言わせません!~アンソロジーコミック
「婚約破棄したので、もう毎日卵かけご飯は食べられませんよ?」 漫画:鈴よひ 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

【単行本】コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック 7巻 (ZERO-SUMコミックス) コミック – 2024/10/31
「初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~」 漫画:九十九万里 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

攫われ姫は、拗らせ騎士の偏愛に悩む
アマゾナイトノベルズ(イラスト:孫之手ランプ様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

『バッドエンド確定したけど悪役令嬢はオネエ系魔王に愛されながら悠々自適を満喫します』
エンジェライト文庫(イラスト:史歩先生様)

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ