第6話 ディナーと状況整理
高級リストランテの門構えに、思わず身が竦んでしまう。ここ二年は社交界ももちろん、煌びやかな世界からはかけ離れた生活をしていたので、どうしても気後れしてしまう。
そんな私に、ミシェル様は「可愛いマリーと食事ができる」とめちゃくちゃ浮かれていた。それでも甲冑を亜空間格納にしまって貴族服にするあたり、抜かりはない。
ヴァイスとリュイは使用人として同席せずにいると言い出したのだが、私はみんなでテーブルを囲みたいと引かなかった。
ミシェル様が個室を押さえてくれたので、ヴァイスとリュイの同席も叶った。
「ミシェル様、ありがとうございます」
「マリーが望むのなら、できる限りのことはしたいからね。愛しているよ、マリー」
さりげなく私の頬にキスをする。擽ったいキスにドギマギしてしまう。殺される前もこうやってたくさんキスをしてくれたわ。その時の違和感は……なかった。まるでスイッチが切り替わったように豹変したような?
「マリー? 考え込むのも良いけれど、空腹だと思考は鈍るからね」
「はい」
コース料理で運ばれてきた前菜は白身魚と香草のテリーヌ、生ハムサラミの盛り合わせで、ちょっとの量だけれど、食べやすくとっても美味しい。スープは里芋のポタージュで、体が温かくなる。
「んん! ミシェル様。凄く美味しいです」
「うん、マリーは超絶可愛いな。君が美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。ああ、私のテリーヌも一口食べるかい?」
「はい──んん、美味しい」
「それはよかった」
婚約者として甘々な雰囲気に浮かれていたが、「違う!」と心の中で叫んだ。逆行前の記憶をできるだけ思い返していると、ヴァイスが声をかけた。
「お嬢様、不安なことほど共有すべきです。この方に協力を仰ぐのはどうでしょう?」
「肯。思考の迷宮、不」
リュイとヴァイスの言葉に、何かを察したのかミシェル様は真面目な顔になって、私を真っ直ぐに見つめる。
「マリアンヌ。君に神樹の管理を押し付けられたこと、君の父君が当主を名乗っているのも、後妻と連れ子を屋敷に住まわせているのも報告に上がっている」
「……!」
祖国に情報が伝わっていた?
だから真偽を確かめるために騎士団が派遣された?
「ミシェル様、その定期連絡は本部に届いていたのですか?」
「ああ、エグマリーヌ国王家経由で神樹の管理報告が届いていた。それはマリーが聖女認定試験を放棄して、エグマリーヌ国に戻って一ヵ月経った頃だったか」
「え」
「私が送った手紙や贈物は?」
「……私の手元には届いてません」
「やはり、そうか。一年以上、手紙と贈物、面会の打診をしても、マリーの精神が安定しておらず、母親の代わりに神樹の管理を心の寄りどころにしているため面会はもちろん、我が国に迎え入れることを拒絶されたんだ。……だから秘密裏にこの国の、君のことを調べるため国境周辺に拠点を置いて動いていたってわけさ」
ミシェル様はミシェル様なりに動いてくれていた。それが嬉しくて、ちょっとだけ目が潤んでしまった。普段なら精霊を使って連絡を取り合うことができただろうが、その時の私は精霊の姿が見えなくなってしまっていたのを思い出す。
そのせいでミシェル様や教会との連絡が絶たれてしまったのだ。まさか聖女候補である私が精霊が見えなくなることなど、誰も想定していなかったのだろう。
「手紙を……。それに会おうとしてくださっていたのですね」
「そんなの当たり前だろう。私の愛しい婚約者なのだから」
(愛しの……)
逆行前もそのようなことを言っていたのをぼんやりと思い出す。それ以外にも邪竜教が各地で騒ぎを起こして低級魔物を召喚したことや、時空の歪みで魔物が大量発生したことで騎士団たちはその処理に追われていたと話してくれた。
「時空の歪み……。お母様が行方不明になったのも、その影響だとは聞いていましたけれど……」
「マリーは【邪竜教】のことは、どのぐらい知っている?」
邪竜教。
そもそも邪竜とは神々がこの世界を去った後に、世界に恩恵を与えるために芽吹いた神樹と、世界を滅ぼすために泥の中から生まれた邪竜。この二つは常に光と影と対立する形で神話に出てくるけれど、実際は少し異なる。
邪竜は、人の持つ邪念や怨念が泥となって形を得た人災だ。時代の節目に復活するのは人間の持つ不満や邪念、怨念などの吹きだまりが一定数を超えることで派生するようになっていた。
邪竜が復活すると世界は汚泥と毒霧に汚染され自然界はもちろん、ありとあらゆる生命体が病にかかり死に至る。まさに死をまき散らす厄災そのもの。
その終末こそ救済だと唱えているのが【邪竜教】で、その教祖がサリュマニクスだ。おばあ様が【邪竜教】と戦い殲滅したはずだったけれど、教祖は生き延びて今も各国で活動をしている──とミシェル様に覚えていること答えた。
「さすが聖女候補筆頭。知識も二年前と変わらず建材なようで嬉しいよ。それに凜々しいマリーも素敵だ」
「それには同意」
「肯」
「み、みんな……大袈裟すぎるわ」
ヴァイスとリュイもサラッと褒めてくるので照れくさい。一番目の皿は、ジャガイモのニョッキ、トマトとバジルのリゾットだ。この店はパスタが美味しいらしいが、私があまりお腹に入れていないことも考えて、消化のしやすいリゾットに変更してくれたらしい。
「んんー! 美味しい。ミシェル様が勧めるだけあって食材一つ一つもそうですけれど、味に深みがあってお口の中が幸せです」
「喜んで食べるマリーが可愛いな。小動物みたいに一生懸命食べているところもいい」
「ミシェル様だって、食べる所作が格好いいですよ」
褒め殺しをするので私もミシェル様の素敵なところを口にしたら、ミシェル様は顔を真っ赤にして「心も天使すぎる。天界に返ったりしないよね?」と口走っていた。
リュイとヴァイスは黙々と食べながらも「真理、可愛」とか「本当に天使並の愛らしさです」と頷いて話が進まない。
(神格化しないていただきたい……)
二番目の皿ではハーブのポルケッタが出てきた。国境周辺では二角豚が特産品で、特別なハーブを食べて育つのでお肉も柔らかいだけではなく、香辛料が利いてとっても美味しいのだ。
「……と、話が脱線してしまったか。その【邪竜教】が時空を歪める術式を開発したらしく、別次元から邪竜ではないけれど、邪獣を召喚している。二年前、マリーの母君と学院ごと空間が消えたのも、その術式の応用版の可能性が極めて高い。教会でも行方を追っていて、そのことについてマリーはどこまで王家から話を聞いているのかな?」
「初耳です。王家……エドワード様は月に一度訪問していましたが、調査中としか──」
あれ?
正直、エドワード様に言われたことを思い出し、途端に背筋が震えた。あのままハーブティーを飲み続けていたら、ミシェル様が助け出してくれるまで操り人形になっていた。今更だが、その事実にぞぞぞっと背筋が凍り付く。
今更だが、お父様や継母の様子がおかしかった。もし私と同じくあのハーブティーを飲んでいたのだとしたら──。
「──っ」
「マリアンヌ?」
「お嬢様はエドワード王子によって軽い洗脳状態にありました。おそらく特殊なハーブティーを要いて少しずつ懐柔していこうと目論んだのでしょう」
「なっ!?」
「思考がうまく働かない、気怠さ、精霊が見えなくなった要因の一つもあるかも」
「マリー」
「王子の目的はお嬢様を王妃にすること。ここ数日なんとかその呪縛に打ち勝ち、グルナ聖国に向かう途中だったのです」
「は?」
ヴァイスがサラッと言っちゃった。案の定、ミシェル様は烈火の如く激昂し今にも王家を襲撃しそうな雰囲気だ。綺麗なご尊顔が大変なことに。
「み、ミシェル様。お、落ち着いてください」
「マリー、その下種が君に触れるなどしたかな?」
「な、ない。ヴァイスとリュイが怒ってくれていたから!」
全力で否定をした。記憶を思い返しても触れることはなかった──はず。うん、ない。
「くっ、どおりで私の面会が降りないわけだ。すまないマリー、君から手紙が来なくなった段階で、手を打っていれば……!」
ミシェル様は激しく後悔して今にも皿の上に突っ伏しそうだ。まあ、婚約者が他国の王族に見初められて奪われ掛けたらそうなるわ。私自身、そもそも思考力が鈍っていて、正常な判断も行動もできなかったのもいけなかったのだ。
教会側も私の状況を正確に把握していなかったし、リュイやヴァイスたちは私が見えていなくても傍に居て、守ることに専念しなければならず助けに出るのも難しかったのだろう。精霊と契約者の絆が弱まると力も半減してしまうから。
私が至らないばかりに、と思ったが、私以上に落ち込むミシェル様を見て落ち込んでいる場合ではないと気持ちを切り替える。
「ミシェル様。このポルケッタ、とっても美味しいです。一口どうぞ(ちょっと強引だったかな?)」
「マリー! なんて優しいのだろう。やっぱり天使? 女神? 天界には絶対に返さないからね」
あ、杞憂だった。
幸せそうに食べるミシェル様は、二年前と変わらない──ちょっと溺愛度合いが重くなったような気がしなくもないけれど、やっぱり私のよく知っているミシェル様だわ。
最後にデザートはティラミスと紅茶を頂いて、お腹は満たされていた。幸せ。
「またこんな風に大切な人たちと食事を囲めて嬉しいわ」
「マリー」
ミシェル様はコーヒーを口にしながら、目を潤ませていた。そういえば幼い頃のミシェル様は──。
「それでマリーが私に対してどこか余所余所しいのは、洗脳の影響なのかな? それとも別の理由が?」
「へ」
思わず間抜けな声が漏れた。インディゴの瞳が私を映す。驚くほど真っ直ぐな眼差しにドキリとしてしまう。
気付いていたのですね。
「……それとも二年も放っておいたと思われて嫌われていたのだとしたら、言い訳のしようがない」
「そ、それは違います。そうじゃ……ないのです」
どう言うべきか困っていると、私の頬に圧倒的な狼のモフモフが押し付けられた。それだけではなく腕にはリュイが蛇の姿に戻っている。二人とも私の味方だ、というように傍にいて支えてくれた。
私が精霊の姿が見えなかった時も、きっとこうやって傍にいてくれたのだわ。怖くても、いずれ向き合わないといけないもの。
「予知夢のようなものなのだけれど、……ミシェル様が……私を迎えに来てくれたあと……豹変して……その、奪おうと……したの」
「──っ!?」
その瞬間、ミシェル様から笑顔が消えた。ゾッとする仄暗い瞳が私を貫く。
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