第5話 偶然の再会
私の髪は目立つので茶色にしてもらい、ヴァイスは老紳士姿。リュイは東洋のカンフクという民族衣装姿で商人という設定らしい。二人とも事前に容姿や職業設定を話していたのに、なぜこうなった!? めちゃくちゃ怪しくないだろうか。
「肯。我らの主人を花よ、蝶よの尊き方に偽装。白銀紳士はその一翼を担う番犬、我は深淵深き物事を営むの業した残虐非道な悪魔……」
「うんうん、私は他国の令嬢で旅行中、ヴァイスは私の護衛兼執事設定で、リュイは異国の商い人って設定なのね」
「肯」
「精霊の我らですらリュイの独特の単語はよく分からないのに、さすがお嬢様です。すごいコミュニケーション能力!」
「ありがとう、ヴァイス(そして精霊同士でもリュイの言っている意味は、分かってないのね)」
老紳士の姿であっても、私よりも何百年以上年上で、いつものモフモフの白銀の狼だと思うと、自然と頭を撫でてしまう。
「あ」
せっかくオールバックにしたのに、くしゃくしゃにしてしまったわ。手を引っ込めたら、ヴァイスはあからさまにしょんぼりとする。なにそれあざとい。
抱きついてモフモフしたいけど、今やったら確実に淑女失格になるので堪えた。この人混みなら移動が楽だわ。
「……ごほん、まずはホテルを押さえましょう」
「あまり良いホテルだと王子たちに気取られない?」
「お嬢様は無一文ですし、髪や瞳も変えているのでむしろ人攫いや面倒事に巻き込まれないように、高級ホテルのほうが何かと安全でしょう」
「でもお金は?」
「無。金貨なら星の数はある」
「リュイも頼もしいわ(人の姿だと語彙力が分かりやすいのは嬉しいわ)」
「……撫」
長身のリュイは私に頭を差し出す。うん、ヴァイスが羨ましかったのね。黒髪をわしゃわしゃと撫でる。蛇に姿だとツルツルひんやりするけれど、人の姿と髪はふわふわで柔らかい。
張り合うヴァイスとリュイだったけれど、いつもの光景だったので、早くもホッとしてしまった。まだ休む場所やこれからのことを考えていないのに……この時の私はかなり呑気だった。
***
「全室満室……」
「申し訳ございません……。急な国境封鎖に当ホテルも対応が追い付いておらず……」
「そうですか……」
「参りましたね。これで3軒目……。斯くなる上はホテル一つ丸ごと買い取ってしまいますか」
「やめなさい」
「もちろん、これは最後の案でございます」
(そこまでしてホテルにこだわる必要はない気がするのだけれど、ここを拠点にするつもりはないし……)
最悪、野宿でもいい気がしてきた。今まで野宿みたいな生活だったもの。一日増えたところで大して変わらないわ。そうホテルロビーの傍で二人に話したのだが、ヴァイスは滂沱の涙を流しておいたわしいと嘆き、リュイは「衣、住、料、沢」と語彙力が途端に失う発言をしているわ。
「これからは何不自由なく支える」って言ってくれていて、二人には二年間傍にいて介入できなかったことを悔やんでいるのね。でも一日ぐらい大袈裟だわ。うん。資金もできるだけ無駄に使わないようにしたい。
「とりあえず食事を摂りましょう。ね」
「姫様との食事! 豊穣祝福会ですか。そうですね、お嬢様の縁を強めるためにも同席しましょう。行きましょう!」
「元に食、幸」
(唐突に食事会が神事になったわ)
三人でホテルから出ようとしたところ、完全武装した騎士団たちが受付ロビーに訪れた。すでにホテルは手配しているようで甲冑音を鳴らしながら部屋に戻ろうとしている。なるほど、団体さんが──。その騎士団の紋章を見ようとして固まった。
(あの紋章は……!)
盾と双剣、そして白銀のグリフィン。
グルナ聖国、法王猊下直下第一聖騎士団の紋章だ。
聖騎士には全部で四つ。第二聖騎士団はオレンジの獅子が象徴となっていて神殿に基本在中。第三聖騎士団は水色の人魚が象徴で、魔法特科部隊、最後に第四聖騎士団は赤い薔薇が象徴で女性のみで構成されている。
法王猊下直下の聖騎士団。普通ならおじい様が緊急で手配したと思ったのだけれど、逆光前の記憶が蘇り、身が竦む。
今気付かれたら、またミシェル様に殺されてしまうだろうか。
「──っ(大丈夫。髪の色も違うし、バレるわけないわ)」
聖騎士団とすれ違う。
中央にいるのは見知った人物だ。上から下まで黒い服の上に白銀の甲冑を纏い、目元は黒の仮面を付けている。ミッドナイトブルーの長い髪、仮面を付けているもののインディゴの瞳に整った顔立ちで華奢だが背丈はけっこうある。
(やっぱりいつ見ても素敵だわ──じゃない!)
ミシェル様に殺されそうになったけれど、そもそも私を溺愛してくれていたミシェル様が殺そうとするのかしら?
でも二年間会えない間に、心変わりしてしまったとしたら?
立場的に命じられた?
今ここで正体を明かして聞いてしまいたい。
でも──。
「……」
体調も万全じゃないし、判断材料も少ないのに結論を急いではダメ……。
何事もなくホテルを出てホッとする。まだ日が傾き始めているが、あっという間に夜になるわね。それでも昨日とは違って自由だと思うと胸が弾んだ。
「それじゃあ、食事に」
「そこのご令嬢、ハンカチを落としたよ」
「ありが──ひゅっ」
ホテルに向かう途中、呼び止められて振り返るとミシェル様が大股で私に歩み寄る。
そもそも私はハンカチを落としただろうか、と背筋に汗が噴き出す。私を守るような形で一歩前にヴァイスとリュイが出た。
「お嬢様が落としたのでしょう、心より御礼を申し上げます」
「いえいえ、騎士として当然のことをしただけです」
クスリと口元を緩めて、インディゴの瞳が和らいだ。それを見て胸がドキドキと煩い。私を殺したのはミシェル様なのに、今目の前に居るミシェル様は私の知っている優しいままのミシェル様だわ。
どうして私を殺そうとしたの?
そう声にしようとしてグッと堪えた。ヴァイスは何気なく疑問を投げかける。
「しかし隣国の聖騎士団の方々がどうして、国境周辺に? なにかあったのですか?」
「大切な幼馴染であり婚約者に会うこと機会を得られたので、急いで向かうところだったのです。しかし王家から許可が下りていないので、この地で数日滞在を余儀なくされまして……。国境封鎖話を聞きまして、私たち騎士団はこれから拠点を別に移すつもりです。もしまだ泊まる場所が確保していないのなら、私たちが部屋を譲りますので使ってください」
「それは助かります」
「騎士として当然です」
ミシェル様は紳士的な態度で声をかけた後、踵を返した。
幼馴染であり婚約者──つまり私に会いに行くつもりなのだろう。逆光前の記憶でもミシェル様はお父様の暴挙から私を助けてくださった。でも、ここからラフェド子爵邸までは関所が続くので馬で一週間はかかる。
私が殺されるとされる数日後には待ち合わない。
私が逆行したことで、何かが変わった?
だとしたらここでミシェル様と会えば未来が変わるかもしれない?
「……ミシェル様」
か細くて周囲の雑踏のあるなかでその声が届くはずなんていないのに、ミシェル様の足が止まった。振り向きざまに彼はインディゴの瞳を震わせ、私と目が合う。
「……」
「!?」
愛している人に殺されそうになった──そのトラウマはまだある。でも逆光する寸前、私の名前を呼んでいたミシェル様の声がまだ耳に残っていた。
あの切羽詰まった絶望に近い声音は、私を刺した時と別の人格だったとしたら?
あるいはミシェル様が何者かに乗っ取られてしまったとしたら?
答えはでない。
「マリー?」
「え、あ」
「ああ、やっぱり! 雰囲気が似ていると思っていたけれど、その困った時の仕草、表情、瞬きの数。間違いない、私のマリーだ」
人違いと言おうとしたが、もう遅い。ミシェル様は私の傍に駆け寄り、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「マリー。やっと会えたぁああ。愛している、愛しているよ」
「ひゃっ、ミシェル様。私は──」
「ずっと手紙を書いたのに返事もなくて、会いに行きたいと申請を出してもエグマリーヌ国から丁重に断れるし、もう圧倒的なマリー不足で死ぬかと思った。私のマリー、マリアンヌ!」
「み、ミシェル様」
頬をすり寄せてキスの雨に、私は心臓がバクバクしてなされるがままだ。ヴァイスとリュイは苦笑しつつも、ミシェル様との再会に警戒はしていなかった。二人とも逆光前の記憶があるのに、警戒していないということは安全ってこと?
唐突すぎて頭が上手く回らない。まだハーブの香りが抜け切れていないのか思考が鈍ってしまう。
「あの……っ」
ぐうう、とお腹の音が空気を読まずに鳴った。ひゃあああ……、恥ずかしさで死にたくなる。顔が熱くなって、ミシェル様を見ることができなかった。
「もしかして何も食べていないのかい?」
「朝にちょっとだけ……」
「正確にはサンドイッチ二つとスコーン、ハーブティーを少々です」
「なんてことだ! すぐ傍に美味しいリストランテがある。そこに行って食べながら話を聞こう」
「ひゃう」
そう言うとミシェル様は私を軽々と抱き上げてしまう。
ヴァイスとリュイは恥ずかしがる私を余所に「嬉しそうでなにより」とか「心拍、上。喜」と温かな眼差しを向ける。違う、そうじゃないのだけれど!
白銀の聖騎士様に抱き上げられて運ばれる姿は目を引いただろう。「恥ずかしいし、目立つから降ろしてほしい」と耳打ちしたが、「どこでそんな煽る方法を覚えていたんだい?」と斜め上の感想が返ってきた。なんだかいつも通りのミシェル様すぎて、私が脱力したのは言うまでもない。
本当に私を殺そうとした人と同一人物?
逆行前のあの時のミシェル様は偽物?
……うう、だめだわ。お腹が空きすぎて判断できない。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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