第4話 エグマリーヌ国側の思惑
「マリーは知っていると思うけれど、エグマリーヌ国は、他国と比べて精霊からの恩恵が薄い。それはこの地がかつて邪竜を滅ぼした土地であり、精霊信仰が廃れつつあるからだ。エグマリーヌ国として建国して百年と少し、魔道具開発に勤しんだ結果でもある」
まるで演説のように語る。
他国では精霊教会と神樹が多く存在し、それによって精霊と契約する精霊術師が多い。その最上位を務めるのが聖女、聖人であり、人と精霊の架け橋となって、五穀豊穣、魔物を寄せ付けないなど国に齎してくれる。自然豊かで、実りも多く、不作になることもないけどエグマリーヌ国は例外だった。
「エグマリーヌ国は邪竜を滅ぼした地として、邪気が溜まりやすい。そのため農作物が難しい土地柄なため、神樹の木々を増やし、産業物としては鉱石や加工技術、魔道具開発に力を入れた。……しかし魔道具の発明したことが、衰退の始まりだったと思う。何せ魔導具の原動力となった鉱石は、ただの鉱石ではなく精霊の作り出した特別なものだったのだからね」
(そう。そこでこの国の者たちは、他国の精霊術師や聖女に頭を下げず、派遣依頼をしなくとも自立できると勝手に解釈して、神樹の世話役や精霊との関わりをやめた。そうなったら、当然鉱石なんてただの石になる。特別な鉱石に精霊が関わっているとは発想できなかった……ううん、精霊をどこか下に見ていた結果だわ)
この国は信仰があまりない。生活に基づいた習慣があれば違ったのかもしれない。例えば桃の日は穢れを祓う儀式を行い、春迎えは甘いワインを飲み精霊や万物に感謝する。夏は太陽や月と星に感謝して、丸いパンを添える。秋は枯れ葉を集めて収穫物と共に焼き、豊穣祭を行って妖精たちと和になって踊る。冬は温かいワインと木の実の入ったケーキを捧げ、冬の厳しさと、今年の振り返りと来年の実りを祈る。
そうやって季節ごとに精霊たちと神樹に感謝をする。そうすることで、彼らはその土地に恩恵や加護を与えてくれるのだ。一方的ではなく互いに思い合い力を借りる関係。
それを理解しなければを、土地が潤うのは難しい。精霊は気に入った者には寛容で、過保護だが、それ以外には冷徹で残忍な部分がある。
(……こういう知識も逆光前に霞んで忘れつつあった。それもリュイやヴァイスたちが見えなくなってしまった要因の一つかもしれないわね)
そう思考を巡らせている間にも、エドワード様は話を続ける。それはまるで決まりごとかのよう。
「国王はマリーたち教会経由で、精霊術師に頼ることになった。そうして聖女がこの国に輿入れしてくれて、君も生まれた。順調だった……それなのに二年前、君の母上を含めた有能な精霊術師の卵たちまで行方不明という痛ましい事件が起こってしまった」
「──っ」
「だから僕は君が、この地から逃げないようにしなければ──と考えた」
(……!?)
嬉しそうに弾んだ声を聞いてゾッとした。本気でこの王子の、王族の考えが恐ろしい。
「君を王妃にしようって、そうすれば精霊も今まで以上にこの国に留まってくれる。そう思ったんだ」
(え?)
ふと思い出すのはミシェル様の姿だ。王家が私とミシェル様との婚約に気付かないわけはない。
(もしかして王家が圧力をかけて、ミシェル様との婚約を解消に動いていた? ミシェル様は私が王子に乗り換えたと思って、激高した? ……それとも別の何かがあった?)
「君も教会の手駒でいるよりも、ずっとそのほうがいい。大丈夫、僕に任せてくれれば君を幸せにしてあげる」
「私も幸せにしてくださいませ。エドワード様!」
ジェシカの言葉に、エドワード様は冷ややかな視線を向ける。空気が一瞬でピリ付いた。
「君たちの協力は助かっているけれど、側室の地位だ。それ以上を望めば……わかるよね?」
「そんな……」
「だって君は精霊が見えないのだろう。なら君の価値は、マリーの義妹という一点だけだ」
低く鋭い声音に、ジェシカが息を呑むのが聞こえた。空気も一瞬でピリつく。
(ジェシカたちも含めて、みんな王家側についていたのね……。なんだか納得してしまったわ)
「ジェシカ。僕はね、分を弁えた者が好きなんだ」
「も、申し訳ありません……」
「うん。さて……どこまで話したかな。マリー、君の耳にしっかり伝えないと、この薬は効果が薄いらしいからね。術式とはなんとも面倒なものだよ」
お父様や継母、義妹の嫌がらせや食事制限は全て王家が指示を出し、月一で出すハーブ茶に、薬を混ぜていた。
(どおりで思考が鈍る訳だわ)
私自身の言動の違和感も、これで納得した。術式も恐らく呪術的なものだとしたら、精霊術師とは相性が悪い。怨念や邪気を使った魔法などは精霊が嫌う。
呪術に掛けられていたから、精霊との接触や具現化が一時的に落ちる。私が精霊の姿を見られなくなった原因は、精神的な部分だけじゃなかった。意図的に接触できないように仕向けたのだ。原因がわかって、ちょっぴりとだけホッとした。
「君が王妃となれば、聖国との結びつきも強固となる。なにより君は、一時期聖女候補にもなった程の精霊術師だからね。君との子供ができれば、きっとこの国の未来は明るいだろう」
まるで確定したかのような妄想話に、寒気がした。そこには私の意見や感情など含まれていない。システムとして必要な存在だから組み込んだのだろうと思うと、ムカムカしてしまう。しかしここで動いたら、監視や動向が制限される可能性が高い。軟禁あるいは監禁されたら脱出するのだって、時間が掛かってしまうわ。
(ここは我慢。我慢……)
「それにしてもマリー嬢はなんて綺麗な金茶の長い髪なのだろう。鮮やかな蜂蜜色の瞳も僕に見せて──」
そうエドワード様が私に近づき、手を伸ばした直後──テーブルにあったティーカップが音を立てて砕け散った。それだけではない。調度品、壁に飾れた絵画が同じように、音を立てて壊れていく。
「──っ!?」
「きゃあああ!」
(こ、これはリュイの仕業ね)
先ほどの話が余程腹立たしかったのか、リュイは時魔法を使って特定の物の時間を吸い取り、砕いていった。傍から見たら勝手に音を立てて壊れていくから、ホラーにしか見えない。
(リュイだけじゃない。周囲の微精霊が……怒っている)
いつも物静かかつ冷静なヴァイスまでもが行動を起こしたのだ。私の影を使って、ふかふかな絨毯を氷漬けにしてく。そしてそれは部屋中に広がり、巨大な氷の塊が、私の体を包み込んでいるかのように錯覚させた。
「マリー嬢!?」
「エドワード様、このままでは私たちも凍結してしまいますわ!」
「くっ」
あれだけ私を王妃とか言いながら、すぐさま王子とジェシカは逃げ出してしまった。お父様と継母はずっと黙ったまま、同じく部屋を出て行った。
(ジェシカと違って、お父様も継母も目が虚ろだった……。私と同じように、何か飲まされている?)
私が色々考えている間に、屋敷全体を氷で閉じ込めるように展開した。いつ見ても氷の檻は、幻想的かつ広範囲でとても綺麗だ。私はヴァイスと契約を結んでいるので氷漬けされているように見えるが、その中を自由に擦り抜けることができる。凍傷の心配もない。
「ヴァイス。いつも冷静なのに、貴方らしくないわね」
『すみません。今回はさすがに我慢ができませんでしたので……我らの愛し子を道具のように扱うなど、どうしても許せませんでした。しかし、これで普通に夜逃げするより時間がかせげるのでは?』
白銀の美しい狼が私の前にちょこんと座っている。全長五メートルもあるのに、ちょこんとしているのが何だか可愛らしい。この姿になったのも私を運ぶつもりだからだろう。
本当にヴァイスは昔からしっかりしている。おばあ様の代から家名契約している精霊なだけはあるわ。
久し振りに顕現したヴァイスの毛並みは少しだけくすんでいて、それだけ心労をかけてしまったのだと申し訳なく思う。モフモフさは健在だけれど、落ち着いたらしっかりブラッシングしてあげないと、と心の中で誓った。
彼の背に乗ると、氷を擦り抜けて一気に夜空に躍り出る。
「わあ」
あっという間に屋敷と神樹が小さくなる。屋敷中が凍結していて、少し離れても白亜の氷が目立っていた。真っ青な青空、頬を当たる風が心地よくて、口元が綻んだ。
「この家もヴァイスが魔法を解かない限り氷漬けになっているし、これ以上屋敷の物品を好き勝手されなくて済むと嬉しいわ」
『そうでございますな。もっとも屋敷で値の張る物は精霊たちの結界を強固にしておりますので、ほとんど何もできていないでしょう』
「そうだったの?」
お母様がいなくなって、自分のことばかりだった私は本当に周りがよく見えていなかったのね。
(これは、反省しなければ……)
『さて国境周辺まで一気に向かいましょう。今ならば、国境封鎖もされていませんでしょうし』
「ええ」
そう思っていたが、予想に反して国境はすでに封鎖されており、周辺都市では人でごった返していたのだった。
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