表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/9

第3話 違和感だらけの日常

 この屋敷の森では、魔道具に使われる朝露が手に入る。精霊術師が触れると、朝露が固まって鉱石になるのだ。


 日の出から一時間と言う限られた時間内に、カゴいっぱいに朝露の鉱石が取れれば、食事にありつける。それが終わったら神樹の世話をしつつ、森の奥で鉱石と薬草探しだ。午後は薬草を作る仕事でお昼が出るかどうかは不明だが、三日に一度ありつければいい。

 それでも私が餓死しないのは、運良く森で果物や木の実を見つけることができるから。


(よく二年もこれで耐えし逃げたわ。……訂正。月に一度、王家が神樹の視察に来るからその日一日はまともな食事が出るのよね)


 思考を巡らせるうちに、違和感が増していく。退路があるのに、どうして私はこの屋敷から離れずに、使用人のような生活に甘んじているのか。

 考えれば考えるほど変だ。深く考えようとするほど霧が掛かっていた意識が晴れていく感覚。


(今までそのことにも気付いていなかった?)

「マリアンヌ! ああ、全くもう! 今日はエドワード様が来訪するって言うのに、なんて格好をしているの!?」

「(逆行前は、エドワード様が来訪するなんてなかったはず……)本当に王子が?」

「そうよ! ついさっき先触れがやってきたのだから!」


 いつになく機嫌の悪い声で、屋敷から出てきたのは義妹のジェシカだ。義妹のピンクの髪、陶器のような肌に、白とオレンジ色の愛らしいドレス姿で声をかけてきた。

 お母様が行方不明になってから、後妻と義妹として家に住み着いて二年。


 いつの間にか我が物顔で、屋敷に居座り私の日課が義務になり扱いは使用人に変わった。

 抵抗したけれど、その頃には家に仕えてくれた使用人たちは居なくなって、あっという間に使用人のようなことをさせられた。


(……これも今考えたら、()()()()()()()()()()()?)


 弱みを握られた訳じゃないし、従う理由も、教会への報告を制限されているのも変だわ。

 一度疑念を持ったら全てが怪しく思えてきた。


(本当は私を追い出したいのだろうけれど、世間体と森を管理する人間がいなくなることを危惧しているからと言うのはわかるけれど、私自身の行動が私らしくない?)

「エドワード様が来る前に、お風呂と私にドレスを使っていいから、さっさと用意して」

「(元は全て私だったのだけれど……)わかったわ」


 ジェシカは私の返答が気に食わなかったのか、私の髪を引っ張って倒そうとした。派手に転んで泥だらけになったけど、地面にぶつかる前に見えないクッションのようなもののお陰で痛みはなかった。


(もしかしてリュイ? それとも──)

「ほんとぉーにトロくさいわね。ああ、カゴは私が持ってあげるわ!」

「あっ……」


 強引にカゴをひったくると、そのまま屋敷に戻ってしまった。エドワード様に自分が収集したのだと自慢するためだろう。


(それにしてもこのタイミングで、王家の来訪って……何がどうなっているのだろう。本当に数日前に戻っただけなのかしら?)


 何もかもが数日前とは異なっている。王子の来訪も嫌な予感がしていて、考えすぎかもしれないが、不安は拭えなかった。



 ***



 急いで髪や体を洗って、身なりを整えた。服は一年前にミシェル様が贈ってくれた白と藍色のドレスに袖を通した。ジェシカが嫉妬に狂ってハサミで切り刻もうとしたのを、何とか守った一枚だ。お父様も外行きの服がなければ社交界で噂されると思ったのか、助けてくれた。


 お父様も継母も外面がいい。ジェシカもエドワード様前では借りてきた猫のように別人だ。金髪碧眼の美青年が供回りを連れて馬車から降りた瞬間、私を見て嬉しそうに微笑む。長身で王子様らしい爽やかさと気品に満ちていた。

 勘違いしそうなほど柔らかな笑顔だが、私の心は全くもって動かない。


「やあ、マリー。急に訪問して悪かったね」

「(愛称呼び!?)い、いえ……未来の太陽であられる王子に──」

「そういうのは良いって。僕と君の仲だろう?」


 朗らかに微笑むエドワード様だが、どう考えても深い仲でも、まして婚約者でもないのだけれど、ジェシカが殺意の籠もった視線を向けてくるのも面倒くさい。

 挨拶を交えつつ客間に通す。


 ジェシカはエドワード様と二人きりにさせまいと、同席を強請って王子の隣に陣取った。勝ち誇った顔をしているが、私にはどうでもいい。

 エドワード様は部下に持たせていたバケットをテーブルの上に出した。どれも高級食材を使ったサンドイッチやスコーン、タルトなどがある。


「朝食もまだだろうと思ってね」


 また違和感を覚えた。

 よく考えるとこれもおかしなことだ。どうして王族の彼から、食事を提供されなければならないのか。


「……まあ、よろしいのですか?」

「もちろん。君の好きそうなものを用意してみたんだ」

「私のことを? ……嬉しいですわ」

「マリー。さあ、食べてくれ」

「………」

(いつもは残り物やクズ野菜スープだったから嬉しい。なんてどうして考えていたのかしら……。いろいろ可笑しすぎるわ)

「マリー?」

「ありがとうございます……」


 一瞬、空腹に負けて本音をこぼすが、どうにも目の前のものが美味しそうに映らない。


「私も頂きますわ!」


 ジェシカは不貞腐れながらさっさとサンドイッチに手を伸ばして食べ始めた。うん、この子の淑女マナーは欠片も覚えていないのね。義妹のマナーの悪さに頭が痛くなったが、今はもっと考えるべきことが山積している。


(……どうして神樹視察に来るだけなのに、料理を提供するのかしら? 好意で持ってきているとしたら余計に不可解だわ)


 でも数日前までは王子が来れば、まともな食事を出してもらえた記憶はある。それは単に王子が食事に同席する際に、私だけいつもの料理を出すのは、外面の良いお父様と継母的にあり得ないからだ。


(でも今日は()()()()()()()()()……)


 お腹が鳴りそうだったけれど、話を済ませてしまおうとエドワード様に向き直る。真剣な表情を見せた私に、彼は困ったように微笑んだ。


「……それで本日はどうしたのですか?」

「マリーの顔を見たかったから……っていっても、納得してくれなさそうだね」

「はい。私はエドワード様とは、神樹の育成管理についての報告をする程度の関わり合いです。親しい間柄でもないのに急な来訪に困惑しておりますし、正直迷惑でもあります。何より料理を持参するなどの関係でもありませんので、周囲から変な誤解を受ける可能性もありますので、今後は控えて頂けまいでしょうか?」

「まあ、なんて失礼な!」


 ジェシカがここぞとばかりに声を荒げたが、睨み返したら「きゃあ、怖いわ」とエドワード様の腕に抱きつく。私としては王族にこうも簡単に接触するジェシカの精神構造のほうが怖いわ。


「はあ、当然でしょう。私にはミシェル様という婚約者がいるのですから、他の殿方と親しくなろうと考えることがありえませんわ」

 

 そもそも婚約者がいるのを知っていて、エドワード様の言動は非常識なのだ。

 ジェシカは顔を歪め、エドワード様は苦笑する。


「……神殿が勝手に決めた婚約者なのだろう? それこそ政略結婚のための婚約だと聞いている。君はこれまでずっと教会のために尽くしてきた。……いや、利用されてきた被害者だ。魔道具があるこの国なら、君は聖女になって神々の贄になる必要はない。……僕が嫌なんだ」

(神々の贄? ミシェル様との婚約が政略結婚? 被害者?)


 この人は、何を言っているのだろう。

 あまりにもエドワード様が真剣に話すので、頭が痛くなる。


(こんな大事な時に──っ)

「マリー、もしかしてまた頭痛が? ほら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なにを……(ハーブ?)」


 そういえばエドワード様がきた時は、いつも出して貰っていたわ。ハーブの香りが部屋に漂いなんとも甘ったるい感じが、脳を痺れさせた。


 思考が鈍るような、妙な感覚。そのお茶を飲んではいけないのに、朝から喉が渇いていたのを思い出す。体が水分を欲している。おかしいと分かっているのに、体は水分を求めてカップを手に取った。口にする直前、白い狼の尻尾が見えた気がした。


(ヴァイス?)

『マリアンヌ様に無害となるよう様々な成分を取り除きましたので、ご安心ください』


 ブンブンと尻尾を振るヴァイスが見えた。リュイに続いて、ずっと傍にいてくれたのね。急に精霊が見えなくて動揺していた私は、怖くなって彼らを呼ぶことができなくなってしまっていた。


 ()()()()()()()()()。それすら私は忘れていた、いや歪められていたようだ。

 カップを口に付けて、それから食事を撮り始めた。

 空腹状態が続けば思考も鈍るし、判断力も低下する。多忙な仕事と衛生的に最悪な生活環境で、彼ら──この国は私を利用したいのだと分かってきた。


 私がサンドイッチを口にした途端、エドワード様は嬉しそうに語り出した。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡


お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!


最近の短編。全て1万前後

【短編】私悪役令嬢。死に戻りしたのに、断罪開始まであと5秒!?

http://ncode.syosetu.com/n0205kr/ #narou #narouN0205KR


【短編】

初夜で白い結婚を提案されたので、明日から離縁に向けてしっかり準備しますわ

http://ncode.syosetu.com/n3685kr/


【短編】え?誰が王子の味方なんて言いました?

http://ncode.syosetu.com/n7670kr/


新作連載のお知らせ

深淵書庫の主人、 鵺は不遇巫女姫を溺愛する

時代は大正⸜(●˙꒳˙●)⸝

今回は異類婚姻譚、和シンデレラです。

https://ncode.syosetu.com/n0100ks/1/ #narou #narouN0100KS


同じく新連載

ノラ聖女は巡礼という名の異世界グルメ旅行を楽しみたい

https://ncode.syosetu.com/n2443ks/4/ #narou #narouN2443KS


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

平凡な令嬢ですが、旦那様は溺愛です!?~地味なんて言わせません!~アンソロジーコミック
「婚約破棄したので、もう毎日卵かけご飯は食べられませんよ?」 漫画:鈴よひ 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

【単行本】コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック 7巻 (ZERO-SUMコミックス) コミック – 2024/10/31
「初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~」 漫画:九十九万里 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

攫われ姫は、拗らせ騎士の偏愛に悩む
アマゾナイトノベルズ(イラスト:孫之手ランプ様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

『バッドエンド確定したけど悪役令嬢はオネエ系魔王に愛されながら悠々自適を満喫します』
エンジェライト文庫(イラスト:史歩先生様)

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ