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第20話 ミシェル伯爵の視点1

 生まれた時から邪竜の呪いを受け継いだ英雄の子孫、それが僕だ。

 ゆっくりと母の体を蝕み、その赤黒い呪われた痣は母の死後、僕の体を少しずつ蝕んでいった。このままではいずれ母と同じような死を迎える。


 死ぬのが怖い。

 死にたくない。どうして僕ばかり。気付けば眠ることも、食事を摂ることも出来なくなっていた。見かねた父上は私にある提案をした。


「ミシェル、お前を大聖女様の元に預けようと思う」

「大聖女様?」

「そこなら……何か生きる目的が見いだせるかもしれない……っ、だから、どうか生きることを諦めないでほしい」


 抱きしめられる感覚は温かくて、けれどいつ自分が死ぬか分からない恐怖は拭えなかった。怖くて、辛くて、恐ろしい。

 母が死ぬまでをすぐ傍で見ていたからこそ思う。どうあっても自分は助からないのだと。


「……はい、父上」


 期待せず、ただ父を悲しませたくなくて頷いた。

 父は騎士団長として激務をこなしつつ、幼い自分を連れて《大聖女》のいる屋敷を訪れた。グルナ聖国内でも最も尊き、六大精霊の加護を持つ大聖女。父の遠征中の間だけお世話になることになったのだけれど、本当は父まで捨てられるんじゃないかと悪いことばかり考えてしまう。



 ***



 コフレ都市の郊外。

 伯爵家の屋敷と変わらない立派な屋敷に、薔薇の垣根、白銀に水面が煌めく池。裏庭には深緑色の森とかなり土地が広いようだ。


(………まぶしい)


 僕は自分の体の痣が嫌でいつもフードを被っていたし、髪も伸ばしていて、服もぶかぶかなものを着ていた。そんな僕の前に彼女は――マリーは現れた。金茶の長い髪、鮮やかな蜂蜜色の瞳、愛らしく妖精のような笑顔で微笑んだ。


「初めまして。私はマリアンヌ。マリーって呼んで!」

「……!」


 僕の痣を見ても怯えないし、泣き出さない。

 むしろ「大丈夫?」とか「痛くない?」と声をかけてくれた。


(優しい。いい子すぎる……。それにか、かわいい)


 マリーは大聖女の祖母と共にグルナ聖国で過ごしているという。彼女の両親はエグマリーヌ国に屋敷を構えており、精霊術師育成のため魔法学院で教鞭を執っているという。魔導具に頼る自国の情勢を改善したいなどの目論見があるとかで、エグマリーヌ国国王直々の依頼だった。


「ミシェル様、今日は一緒にふわふわのパンケーキを一緒に焼きましょう!」

「マリー……うん」

「私がミシェル様を守る騎士様になります」

「え、……僕を……?」

「そうです!」


 普通は逆なんじゃないか。僕は男の子だし、騎士の息子だしマリーのことを守りたい気持ちはある。でも、僕はいずれ呪いで死ぬ。

 先のない奴が守るなんて気軽に言えない。なのにどうしてマリーはいつも一生懸命なんだろう。


「私は大きくなったらたくさんの精霊さんと契約をして、強くて、おばあ様やお母様、お父様……おじい様はちょっと怖いけれど、でもみんなを守るぐらい強くなるのです! ミシェル様も私が守りますね」


 マリーは聖騎士に憧れているらしく、精霊騎士になると目をキラキラさせて話す。この場合精霊使いの頂点は聖女なのだけれど、というかお姫様じゃないんだ、とちょっと驚いた。外見はまさしくお姫様みたいなのに。


「えっと、僕は……マリーが危ないことしないでほしい……かな」

「でも……大切な人がいたら、私はたぶん、危ないことすると思う!」


 眩しいほどに誰かのために動くと豪語する。

 マリーは妖精のように可愛らしくて、明るくて、優しくて、誰からも愛されているのが羨ましくて、腹が立った。


(たくさん持っているから、だから僕に同情しているんだ)


 誰も見ていないときに、足を引っ張るようなことを言って困らせてやろうと――したのに、マリーは僕の手を引いて傍に居てくれる。僕を一人にしない。


「あ。ここにいた!」


 いつだって僕が隠れて縮こまっているのに、マリーは見つけてしまう。泥だらけや埃だらけになりながらも、諦めない。服が汚れるのも気にしない。


 精霊を呼び出すなんて子供のマリーにはできないと言ったのに、彼女は精霊と契約をして「友達になって」と告げた。その瞬間、マリーの中で僕以外の友達ができる、いやマリーとより仲良くなる存在に激しく嫉妬したのを覚えている。


「病める時も健やかなる時も共に生きて、共に死ぬ」

「重い。でもそれって結婚の台詞名ような?」

「ダメ、マリーと結婚するのは僕だから!」

「え!?」


 結婚。

 そう自然と言葉に出ていた。

 顔を真っ赤にするマリーに、自分の気持ちにようやく気付く。


(マリーと結婚!? 僕、マリーのことが……!)


 自分の気持ちを認めるのが怖くて、悔しくて――それでもマリーとの時間は幸福だった。穏やかな日々がずっと続くと、隣にマリーがいるのが当たり前だと――僕は勘違いしていた。



 ***



 大聖女は邪竜教から贄として狙われやすい。

 だからこそ大聖女である彼女は辺鄙な場所に屋敷を構え、少数精鋭で邪竜教の信者たちを追い払ってきた。


(これがマリーの憧れる強さ)


 そしてあの日、僕は大聖女の強さを目の当たりにした。

 精霊と共に戦う彼女の祖母キアラ・ラヴァルは、齢六十を超えているというのに恐ろしく強い。

 六属性全ての精霊を呼び出し、邪竜族の暗黒騎士たちを圧倒していた。


「おばあちゃん……」


 僕とマリーは窓に張り付きながら、大聖女と聖騎士たちの戦いを見守っていた。その過激な戦いぶりに目を逸らして、その場に座り込む。


(怖いっ……)

「大丈夫。大丈夫だから」

(どうしてマリーも大聖女も、本当は怖くて震えているのに、笑顔で頑張るのだろう)


 血塗れで、怪我を負いながらも戦い、勝機が見えないと悟った大聖女──キアラ様は、数十の暗黒騎士を体内に封じ自ら命を絶った。


「おばあちゃん……っ」

(マリー。悲しむのも、苦しいのも当然だ。大好きな人がいなくなったら、悲しい……!)


 マリーは涙を堪えながら震えて、僕はそんなマリーを抱きしめることしかできなかった。キアラ様は僕とマリーを守って亡くなったのだ。もし、あの時、足手まとい(僕たちがい)なければ、逃げるという選択肢だって選べたはずだ。

 そう思わずにはいられなかった。

 全焼した屋敷、荒れた庭を前に僕とマリーは手を繋ぎながら、たくさん泣いた。


「マリー、ぼ、僕が聖騎士になる……そしてマリーを守るよ」

「ミシェル様」


 ギュッと手を繋ぐ力を強めた。


「うん……私、おばあ様みたいな聖女になる。そして……ミシェル様を守る」

「……お互いに守り合おう」


 僕とマリーはお互いに誓い合った。

 その思いが愛情に変わるまでそう時間はかからなかったし、マリーも僕を──私を好いてくれていた。だから誰かに横取りされる前に婚約者の枠を押さえた。


(私が生きたい理由が出来た。呪いで死ぬものか!)

 

 それからマリーは私の痣を消すため薬学を学び、聖女認定試験に向けて両親のいるエグマリーヌ国に旅だった。私は聖騎士団に入団して父と同じ場所で稽古の日々を送る。

 マリーとは定期的に文通をして、グルナ聖国で何度か会った。大人になるたびに美しく成長する彼女がより愛おしくて、愛する気持ちが膨れ上がる。


 キアラ様の墓参りに毎年訪れ、屋敷の奥にある白銀の大樹へ二人で向かう。

 私とマリーだけの秘密の場所で、マリーは微笑んだ。


「いつかミシェル様の呪いを解けるように、たくさん勉強をしますわ」


 そう笑ったマリーを、私は何度失えば気が済むのだろう。

 何度、その手を離してしまったのか。

 何度、一人にしてしまっただろうか。

 マリーが泣いている時に、私はいつだって間に合わないのだから。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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