第2話 逆行魔法
「──っ!?」
差し込む日差しの熱が頬に伝わり、重たげな瞼を開けた。
(今のは夢!?)
慌てて飛び起きたが、腹部に痛みもなければ傷口も残っていない。でも夢にしてはあまりにもリアルすぎる。
周りを見渡すと、屋敷の離れにある納屋の中だった。
藁をかき集めただけの簡素な寝床だが、朝の寒さにも耐えられる優れものだ。もっとも秋から冬を納屋で越せるのは、傍にいる精霊の加護のおかげだったりする。
「もしかして……時間が……巻き戻った?」
『マリアンヌ』
「──っ、リュイ!?」
いつも眠そうな顔をしている白蛇が私の前に姿を見せた。白い蛇に背には小さな羽根を持つ時の精霊であり、私の大切な家族だ。
思わず抱きしめたら、私の腕に尾を巻き付けて肌をスリスリして可愛らしい。二年ぶりに見た家族の姿に、視界が歪んだ。
『謝』
「リュイ?」
『……運命が捩れて業からは脱がれられぬ堕天使。砂時計をひっくり返して積もる星屑の結末は変わらない終焉。業の奔流に呑まれても聖なる玉座に助けを求む』
「え!? リュイの魔法で時を戻したけど、因果率の確定後だったから数日前にしか戻れなかった上に、このままだと私が殺される未来は変わらないから、法王猊下を頼れと!?」
『肯』
昔から独特なポエマーな口調なリュイは、冬眠時のように丸くなって寝てしまう。今しがた死にかけた私的には寝ないで欲しかったが、リューは基本的に超マイペースなのを思い出した。
「むにゃ……残酷だが時は有限。堕天使の翼は時を経て舞い戻……」
(寝た! しかもなんか重要なことを言いかけて……。ええっと、死ぬ数日前ってことは、お母様が行方不明になった後だから……)
頭をフル回転させながら思い返す。
二年前。
お母様を含めた魔法学院領地そのものが別空間に呑み込まれて、全員行方不明になった時、私はグルナ聖国で聖女認定試験中だった。その試験を中断して最短でエグマリーヌ国に戻るはずだったのに関所で足止めを食らって、一ヵ月後に戻った時にはお父様は継母と義妹を屋敷に住まわせていたのよね。
教会本部から周辺調査と神樹の管理等は、私が代行する話になったけれど、聖女認定試験の再申請は降りなかった。
(だから精霊見習いとして──ん? そういえば教会から正式な書簡はなかったような? ジェシカが馬鹿にしてきただけで、書面などの確認はしていなかったわ。教会側に状況が伝わっていない?)
ミシェル様が助けてくれるまで教会側は何もしてなかったのは、今考えて見たら違和感しかない。教会でも何かあったといほうがしっくりくる。
『本当はもっと早く迎えに行くつもりだったのだけれど、邪竜教の行動が活発化したことと、各地で魔物が大量発生したせいで教会側の人員が不足していて……』
ミシェル様のことを思い出し、胸が痛んだ。
(ミシェル様……。どうして私を殺そうとしたの? 豹変したわけでもなく、そうあるべきかのように短剣で私の体を貫いた。……教会の指示? 大聖女である母の娘だから?)
数年前に次期枢機卿となる人たちを軒並み殺す事件があった。法王の座を狙っていた一族が暗殺者を雇って殺していったという。教会の権力争いは苛烈を極めて折り、私と母は法王と血縁関係にあるので、狙われやすい。
私もお母様もそういった事件に巻き込まれ易い立場だったから、聖国での活躍は控えて隣国のエグマリーヌ国で精霊信仰の布教に勤しんでいたのだ。エグマリーヌ国での爵位を得たのも、お母様が有能な大聖女だからだった。それゆえ、お父様には当主としての権限は何一つなかったのに──。
「(ミシェル様が私を殺そうとしたのは教会内部の勅命? それとも長年敵対している邪竜教の企み? それともミシェル様の意思? ミシェル様と会えなかった二年の間に何かがあった? ミシェル様が味方かどうか分からない今、私が頼るべき人は──)指揮棒」
寝床から飛び起きると、自分の魔力を使って指揮棒を生み出す。聖女候補は皆、指揮棒を作り出すことができ、精霊の加護の証である紋章が浮かび上がるようになっていた。
思えば精霊術師見習いに降格しようが、それは教会側で決めた資格制度であってすでに精霊と契約していれば指揮棒は生み出せるし、精霊を呼び出すことだってできる。魔力が薄いエグマリーヌ国では難しいが、神樹が傍にあるこの屋敷内ならできるはず。
(どうしてこんな基礎的なことを忘れていたのかしら?)
思っていた以上に切羽詰まっていて、周りが見えていなかったのかもしれない。お母様が行方不明で、お父様が私とお母様を裏切ったことがショックだった。リュイたちも見えなくなった原因、あれは私の心の問題だったのだ。
精霊と精霊術師は魂で繋がっているから、私が動揺しすぎると精霊の姿が不安定になる。基本中の基本だったのに……そんな簡単な答えに逆行前の私は気づけなかった。
(本当にダメね)
落ち込みつつも、気持ちを切り替えた。
歴代で六属性の精霊と契約したのは、私の祖母とお母様だけだ。私は六つの属性から加護を得ているが、現在の仮契約は三属性とだけ。十六歳に教会で正式な儀式を行えば、正式契約がなされる。
まあ、これも教会の方針なだけでやろうと思えば、精霊との契約はお互いの同意があれば可能あのだ。聖女認定されるのは三属性以上の精霊との正式契約を結んだ者のみとされているけれど。
「アルノト、貴方の力を貸して」
『はいはーい♪ マリアンヌの頼りになるアルノト様ですよぉ』
炎を纏った雀が姿を見せる。この愛らしいフォルム、お腹の部分はモフモフしていてもいつ頬ずりしても最高だわ。私の契約している中で最速なのはアルノトだ。
すぐさま青い蝶の栞をアルトに差し出す。
「アルノト、今すぐにこれを法王猊下に届けて」
『そ、それって緊急時に使う奴じゃない!』
私の差し出した栞にアルノトが羽根を羽ばたかせて驚いた。精霊使いであれば緊急時の知らせとして、幾つか色分けされた栞を持っておく。
その中でもっとも緊急性の高い色が青なのだ。赤はすでに最悪の事態、黒は手遅れ、青は危険性の高い緊急救難要請、緑は怪我人が出る可能性がある救難要請、黄色は通常の救援要請となっている。
これはおじい様がいざという時に持たせてくれたもので、教会の物とはやや異なる特別製だ。おばあ様が邪竜教との死闘で命を落とした後に開発したもの。おじい様は多分、おばあ様を助けられなかったことを未だに悔いている。だからこそ同じ轍を踏まないように、と作ったのだと思う。
『え、ちょ、一大事じゃない。カサンドラたちが行方不明になった以上のことがあるってこと?』
「このままでいくと、数日後に私は殺される──可能性が高い」
『数秒で届けるわ!! だから絶対にマリアンヌは死なないように!!』
ぼぼぼっ、と緋色の炎がアルノトの愛くるしい翼に点火する。炎を纏う鳥の精霊――羽根を広げて飛び出した。
炎と共にアルノトは一瞬で転移し、遙か彼方へと移動するのが魔力を通してわかる。
(法王猊下に届いたとして間に合うかは勝負。あと、今の私にできることは……)
いつもなら屋敷の裏にある神樹の森で、《精霊の朝露》を集めている時間だった。このままミシェル様たち聖騎士団が訪れるのを待つか、それともその前に屋敷から出てしまうべきか。
少し考えたが、家を出るにしても準備ができていない。逆行前は神樹の世話をする以外、誰とも会話をしていなかった。それなら今日一日は仕事をしつつ、家を出る準備をして明日の真夜中に聖国に戻る。
(真夜中ならあの子が呼べるし、神樹の前で──うん、これならミシェル様に会わずに済むわ)
あの時、どうしてミシェル様は私を殺そうとしたのか。それがミシェル様の意思なのか、命令なのか分かるまでは会わないほうが良いのかもしれない。
(ううん、気持ちの整理がつくまでは会いたくない。どうして私を殺そうとしたのか……。好きだと、愛していると言ったのは嘘だったの?)
胸がツキンと痛んだ。
(信じたいけれど、アレは間違いなくミシェル様だったわ)
ミシェル様のことを思うと体から力が抜けて、その場に蹲ってしまいそうになる。耳を閉じて、目を塞いで、口を噤んで、やり過ごせたらどんなに楽だろうか。
「ううん……それじゃあダメね」
現実逃避をしても、状況が良くなることはない。今は手を動かして、お父様と継母と義妹たちに怪しまれないようにしよう。そう心に決めたのだけれど、そう人生は上手くはいかないらしい。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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