第18話 その手を離さないように
男の子に待ってもらって踵を返す。おじい様に抱きついた。いつもおじい様が抱きつくように、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「マリー」
「約束です。絶対に約束を破ったら、お母様とおばあ様に言いつけますからね」
「はははっ、それは怖いな」
「大好きです、おじい様。……いってきます」
「──っ、ああ。いってらっしゃい」
今度は振り返らなかった。おじい様が大丈夫と言ったのだから、大丈夫。
そう信じると決めたのだ。
***
美しく幻想的な世界、タカマガハラ。
藤色の花も、淡い桃色の花畑も、素晴らしい本の数々も、おじい様とお茶会をしたガゼボも、与えられた自室もいつも通り美しいまま。
改めてこの空間は時が緩やかに動いているのだと思った。
男の子の手を強く握りながら、私たちは白亜の回廊を駆け抜けて奥の扉へと向かう。男の子は迷わず一直線に先へ先へと進んでいく。その後ろ姿が逞しく見えた。
いつもはすぐに泣いてしまうのに。
廻廊の奥に進むにつれて燭台の明かりが届かず、薄暗い暗闇を走る。どうしてこの子は迷わずに進めるのだろう。
暗がりの中、私は怖くて足が竦みそうになるのに。ううん、暗闇だけじゃ無い。足下の黒い靄がどんどん色濃くなっている。歩くたびに足が重い。
男の子は私の手をギュッと掴んで、時々心配そうに振り返る。そのインディゴの瞳は「大丈夫か?」と気遣ってくれていた。
しばらく走っていると扉のようなものが薄らと見えてきた。現世に戻る扉かしら?
あと少しだと思った瞬間、背後から肩を掴まれる。
『マリー、君は僕の花嫁になるのだろう?』
「──っ」
ゾッとするような甘い声に振り返ると、エドワード王子がすぐ傍にあった。さらさらの金髪、翠色の瞳が酷く濁って見えるのは、気のせいだろうか。
どうして殿下がここに!?
そう思った瞬間、肩に痛みが走る。
「痛っ」
「繝槭◆□シ??シ──っ」
『ほら、大人しくして。帰ろう』
「──、マリーから手を離せ」
途端に男の子の声が耳に届く。現世が近いからだろうか、思ったよりも低い声。子供っぽく無い、声変わりした男の人のものだ。
『冗談、これは僕のものだ』
「──っ、私は殿下のものだった時なんて、一時もありませんでしたわ。私の婚約者は今も、昔もミシェル様だけです!」
「マリー」
男の子は自分のことのように喜び目を潤ませていた。将来義理の姉になるかもしれないから、そう思ってくれているのかもしれない。
ほっこりしている場面では無いのだけれど、なんだか少し照れくさくなった。その雰囲気にエドワード王子が激高する。
『ふざけるな。それなら無理矢理奪うまでだ』
「──っ、ヴァイス、リュイ力を貸して」
『無論でございます』
『肯』
蛇と狼の姿のまま二人が私の傍に顕現し、それだけで周囲の黒い靄が霧散する。聖女となったことで精霊術士の能力が更に底上げされているのを感じた。
リュイの尻尾がエドワード王子の手の甲を叩き、わずかに私から手が離れた刹那──。
「氷の捕縛」
『ぁあああああ、僕の指が!』
ヴァイスの咆哮がエドワード王子の手を凍らせる。この隙に男の子と一緒に扉へと駆け込む──はずだった。
『マリー』
「──え」
それは別の時空、あるいは次元の切れ目に、お母様の姿を見つけて思考が鈍る。幻あるいは見間違いだったのかもしれない。それでも二年ぶりのお母様の姿がちらついたらダメだった。
急に立ち止まったため、男の子との手を離してしまう。
「あ」
「マリー!!」
お母様に声をかけることもできず、黒い靄によってかき消えてしまう。何より男の子と手を離してしまったせいで、出口の扉が見えなくなってしまった。
しまっ……。男の子の姿も黒い靄のせいで見えない。
『まったく、しょうがないな。こっちだぜ』
「アルノト!」
緋色の小鳥は翼を広げて、私に新たな出口を指し示す。男の子を探そうとしたけれど、様々な声や叫びが酷くなっていく。この場所に長く居すぎるのは良くないのだと直感的に悟った。
きっと現世に戻れば会えるわよね。今は現世に──。
アルノトを追いかけて別の扉へと飛び込んだ。
***
飛び込んだ先はグルナ聖国教会本部、ローラン様の執務室だった。アルノトは「ユウエナリス様から迷ったらここだと言われていたからな」とドヤ顔で教えてくれた。おじい様は本当になんでもお見通しなのね。
「それは大変でしたね」
「はい……突然押しかけて申し訳ありません」
ローラン様に保護してもらい、ソファに座らせて貰ったがまだ落ち着かない。あの男の子は無事だろうか。手を離してしまったことに罪悪感が募る。
あの子は無事かしら?
「アルノト様が言うように、ユウエナリス様からいざという時の避難場所として、いくつか拠点を用意しておいたので問題ありません」
「そう……だったのですね」
「はい。しかし正規ルートでの道を通ってこなかったので、少々時間のずれがあったようです」
ローラン様は顎に手を当てて、少し何か考えているようだった。
「時間のずれ?」
「実は邪竜教教祖がタカマガハラを襲撃したのは、今から二週間前なのです」
「え」
「そしてタカマガハラは今、外からの強力な結界が張られているため、中に入ることができません」
「タカマガハラに邪竜教の教祖が?」
「ええ。教祖の名はサリュマニクス、ダークエルフであり闇の精霊と契約を結んだ──ユウエナリス様の弟君であられます」
「おじい様の……弟……?」
ローラン様は温かなミルクティーを淹れながら頷いた。
「ええ、このことは上層部でも私と法王猊下、そしてカサンドラ様しか知りません。あの方は長年、ユウエナリス様に対して強い恨みを抱いておりました。それ故に邪竜教を作り上げ、神樹とユウエナリス様を滅ぼすつもりだとか」
「そんな……。もしかして私が今回狙われていたのは……」
「ユウエナリス様に少しでもダメージを与えるため、というのは一理あると思います。しかしそれよりも貴女様の婚約者、ミシェル聖騎士公爵殿を邪竜の新たな器にするためのトリガーとして、マリー様が狙われているのかと」
「……聞いてないです」
ミルクティーの温かさにほっとしたのもつかぬ間、とんでもない新事実をぶち込んできた。え、ええ。おじい様の弟、叔祖父様が邪竜教の教祖!?
ううん、それも衝撃だけれど私の婚約者様が邪竜復活するための新たな器!?
え、と言うことは、邪竜を倒したという英雄の子孫が私の婚約者様と言うことになる。そんなすごい方と婚約していたの……。
「ちなみにユウエナリス様から聞いていると思いますけれど、貴女様の婚約者はミシェル・ハリソン・カレント。聖騎士公爵です」
「ひゅっ、き、聖騎士……公爵様って……枢機卿の次に権力の持ち主じゃないですか!」
「ユウエナリス様から聞いてない」
「聞いていません」
ローラン様は眼鏡に亀裂が入る。相変わらず心が動揺すると、精霊が反応して眼鏡が割れるのね……。
「あの方はあれだけ時間があったのに、何の話もしていなかったのですね。一応、聖女認定は行っていたので安心していたのですが……」
「婚約者様のことになると口が重かったのです」
「いい歳をして嫉妬でもしていたのでしょう。まったくいつまでも子供のような方なのですから」
ローラン様は深々とため息を落とした。それは私も同じ気持ちだわ。せめて重要なことは話しておいてほしかった。心の準備もあるし……。
「本来はマリー様が完治してから、お話しする予定だったのかもしれません。ああ見えて……いえ、見たとおり溺愛しておりましたからね。あの方にとって守りたいのは、ご自身の家族であり、貴女様たちが一番なのですから」
「ローラン様」
なんだかんだ言って、おじい様の人望があるからこそローラン様のような有能な方が傍にいるのだわ。
「それではユウエナリス様から預かっていましたベールをお渡ししておきます。認識阻害のもので、これで貴女様がここに居ることを隠せます。とは言っても教会本部では人の出入りが多い以上、マリー様ご自身の安全を考えるとやはり婚約者様のいる領地にいるほうが良いでしょう。あそこには聖騎士団寮もありますし……」
「婚約者様の領地!」
ドキリとする。ミッドナイトブルーの髪の男の子が案内してくれていたのに、あんなことになって心配しているわよね。また泣いてないと良いのだけれど。
「特別任務として、聖女マリー。これからウェザ領公爵家内にある神樹の管理の任を与えます。そこで婚約者と会ってしっかりと話をすると良いでしょう。ああ、ベールは人前で取らないように気をつけてくださいね」
「はい」
私の傍に居る精霊たちは、モフモフな体で私に引っ付いていて可愛らしい。一角子犬と二叉の猫の姿がないのは気になるけれど、契約が切れた感じはないので不用意に出てこないだけなのかもしれない。
こうして教会本部に到着早々、聖女として初任務に向かうことに。
ウェザ領の現状はもちろん公爵家の事情など全く知らなかった私は、この後とんでもない目に遭うのだった。
本日は2話分更新です( ´艸`)
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