第17話 お祝いと次の約束
夢を見る。
そこには必ず誰か傍にいる。
『十六歳になったら、僕と結婚してくれないか?』
特別な年。
夢から醒める時に誰かからの言葉を思い出そうとすると、胸が軋むように痛い。
胸に手を当て心臓がバクバク煩くて、痛くて堪らない。忘れていることが苦しくて、辛い。これは対価。大切な人を守るためであり、生き残るために支払ったもの。
忘れるな、と。浮かんでは消える──を繰り返す、記憶の泡沫。
もう夢の言葉が思い出せない。
その痛みと悪夢があり続ける限り、契約は履行されていると言うことなのだろう。それは私が守ろうとしたモノが守られていることを意味すると思うと、この痛みも少しだけ誇らしく思う。
そう思えるようになった。過去の私、今の私も頑張るよ。
「……っ」
「繝槭Μ繝シ縲■◇李縺??縺具◇?」
ふと重たげな瞼を開けるとミッドナイトブルーのサラサラの髪と、インディゴの瞳が視界に飛び込んでくる。
『マリー』
「!?」
一瞬だけ声が聞こえた気がした。甘くて好いているのがはっきりとわかる声音。どこか懐かしくて、胸がキュッとなる。でもその声もあっという間に霧散してしまった。
「繝槭Μ繝シ縲■◇」
「心配してくれるの?」
男の子は心配そうに私の頭を撫でる。普通は逆だと思うけれど。ほっこりしつつ、ここでふとあることに気づく。
「──って君、ついに私の寝室に侵入を……」
「!?」
ブンブンと顔を横に振って拒否する。往生際が悪いわ──と思ったのだけれど、よく周りを見渡すとサロンのソファでうたた寝していたようだ。その間、男の子は心配そうに私の顔を覗き込む。
「繝槭Μ繝シ縲■◇、螟ァ荳亥、◇縺具シ?」
相変わらずなんて言っているのか分からないけれど、心配してくれているのは伝わってくる。言葉が分からなくても、気持ちというものは通じるのだと実感した。
「ありがとう。私は大丈夫」
「…………」
じい、とインディゴの瞳が私を見つめ返す。「宝石みたいで綺麗だわ」と、思わず口を突いて出た言葉に、男の子が急に泣きだした。また何か琴線に触れることを言ってしまったのだろうか。すっかり泣き虫が板についてきたと思う。こんなに泣いて、大きくなったらもっと大変なんじゃないかしら?
『──から、私がずっと傍にいて、──を支えるから大丈夫』
ふと昔も同じように誰かを慰めていたような?
誰かとの記憶が浮かび上がったが、刹那に薄れて消えていく。まるで今朝見た夢の内容を忘れてしまったような、そんな不思議な気分。
この状態で婚約者様と再会したらどうなるのかしら?
まあ、悩んでもしょうがないけれど。この男の子は精霊と契約関係にはあるらしいけれど、無理矢理この場所に来ているとかで留まる対価として、言語化を失っている。現世で会えば会話は成立するらしいので、そこは安心した。
婚約者様と会話もできなかったら、信頼を築くのは難しい。それに私の事情も話せないと、すれ違いになってしまうもの。
***
誕生日当日といっても、タカマガハラに居て時間の感覚が少し違う。現世に居た頃は肌寒い頃だったけれど、すでに外は冬花祭り当日だと言うのだから驚きだ。タカマガハラは常に四季折々の花々が咲き誇り、常に温かい。そのため季節の感覚が鈍い。
今日は令嬢らしい白と藤色のドレスに着替えて、おじい様が声をかけてくれるのを待っていた。誕生日会場にはおじい様がエスコートするらしい。
「マリー」
その日のおじい様はいつもと違った。法王猊下の正装で、空気も厳かな雰囲気だった。いつもは「ははは~~~マリ~~~☆」という感じで抱きつくのに険しい顔で、いつの間にか私の隣に座り込んで両手をギュッと掴んだ。
「おじい様……? さすがに気合いが入りすぎでは?」
「マリー、生まれてきてくれて、今まで生きていてくれて――本当にありがとう」
「!」
両手を包み込む大きな手。とても温かくて優しい眼差し。お母さんを思い出すジェードグリーンの瞳の色。
「誕生日おめでとう~~~」
「ありがとう、おじい様」
「誕生日プレゼントは日を改めて送るとして、まずは早急に精霊との契約を済ませちゃおうか~~☆」
「はい。………………ん? え!?」
屋敷の薔薇庭園で精霊を呼び出すこととなった。「誕生日パーティーは?」なんて空気じゃないわ。おじい様が予定変更するのはいつものことだけれど、今日はなにか違うような?
厳かな礼拝堂で、複雑な幾何学模様の魔法陣を書き出して儀式を行うのをイメージしていたが、実際は全く違ってなんというかシンプルだった。
万物の満ちている場所であること。
精霊を呼ぶための触媒として水晶の欠片を持っていること。
時間や方角などの細かなものはあるが、おじい様の話では今回は不要とのこと。この庭は何というか草木の一つ一つに至るまで淡い光を放ち発光している。生命力が溢れていると言うべきなのか、何もかも輝いて美しい。
「さあ、マリー。教えたとおりに」
「はい」
私はカットされていない原石の水晶を両手で掴み、言葉を紡ぐ。
「我、血と盟約により共に歩むことを望む。我の言葉に耳を傾け、言葉を交わし、約束を結ぶことを望む者よ、我が前に顕現し契りを結ばん――ウト・ワレース・アミークス」
私の手の中にあった結晶から突風が吹き荒れ、そのエネルギーの奔流に自分の体が浮かびそうになる。
幻想的な蛍火が宙を舞い、形をなす。
精霊との契約。
万物の化身であり、様々な特性と属性、性格を持ち、《精霊術師》の素質のある者は精霊に好かれやすい。通常、十五歳の誕生日に大人として精霊との契約儀式を行うことが可能となるらしい。
精霊との正式契約は一人につき一精霊であることが殆どだ。
三属性以上の正式契約をすれば聖女認定となるのだけれど、まさか六属性全てが契約に応じてくれるとは思わなかった。
白銀の狼、炎を纏った小鳥、コウモリの翼を持つ蛇、額に角のある子犬、二叉の猫、羽根のある魚――六精霊がふわふわと浮遊している。
モフモフがいっぱいだわ。あれ、天国じゃない。これが誕生日プレゼントなら最高すぎる。
「さすが、私の孫! まさかとは思ったけれど、六属性全ての正式契約、おめでとう~~~☆」
「ありがとう、おじい様」
ふわふわと浮いていた精霊たちは、私の肩や頭など様々な場所に引っ付いて離れない。それぞれ特徴的な色を持ち、自分が選ばれるのは当然という感じだ。
「ルクス、改めて契約してくれてありがとうございます」
『いいさ。正式に契約をしても、仮契約の時に交わした対価は取り戻せない。もし戻したいというのなら──』
「いいえ。私が選び取った結果です。だから過去の私の願いはそのまま続行してください」
モフモフの子犬はとっても愛くるしいけれど、その眼差しは冷ややかで精霊らしいガラスめいた温度をしていた。
『ふうん。心と記憶は密接な関係にあるし、記憶は経験でありその人物を作り上げる土台だ。今の君はそれが欠けて不安定な状態に近い。だから今後も悪夢を見るかもしれないし、思い出そうと記憶の片鱗が浮かび、そして何も思い出せず霧散することを繰り返す。それでも?』
「それでもです」
私の返事に満足したのか、モフモフの毛並みで私の右肩に乗ると頬をすり寄せてきた。可愛い。それに対抗してかヴァイスたちも私にすり寄り、最終的にモフモフまみれになった。羽根のある魚の羽根はとっても柔らかいのね!
リュイは首に巻き付いているし、二叉の猫は膝の上、ヴァイスは背中と好き放題だ。
「うんうん、精霊との仲も良いみたいだし、君を聖女として認めることができる」
おじい様はそう言うと、私の手の甲にキスをする。これは聖女認定式の──。法王猊下から手の甲に接吻を受けた瞬間、左手の甲に光の紋章が浮かび上がる。
私の紋章は、マリーゴールドの花と杖と三日月だった。これが私の紋章……。聖女の証。
おじい様は精霊ごと私をぎゅうぎゅうに抱きしめた。いつも私を抱きしめるけれど、今日は痛いほど強く腕の中に閉じ込める。
「お、おじい様?」
「マリー。これからちょーーーっと、面倒な客人が来そうだから、精霊たちと一緒に行動をして……そしてあの子と一緒にタカマガハラを出るんだ」
あの子、おじい様が視線を向けた先には、いつものミッドナイトブルーの髪の少年がたたずんでいた。彼は緊張しているのか、いつもよりも体がこわばっているように見える。
「彼と? おじい様は?」
「私はここに残る。出迎える人間は必要だからね。本当ならこの後、マリーの大好きなケーキとプレゼントを渡して、記念撮影まで予定していたのにごめんね」
「おじい様、私も残って──」
「ダメだよ」
優しい声音だけれど、それはハッキリとした拒絶だった。いつもの間延びした口調もなくて、だからこそ余計に『面倒な客人』の存在は脅威なのだろう。邪竜教が?
でもここに入るのは難しいんじゃ?
「マリー、全部終わったらパーティーのやり直しをしよう。君が気に入っていた藤の花が咲く場所で、君の好きなケーキと、紅茶を用意して……しょうがないから婚約者くんも呼んで、カサンドラたちと一緒に」
おじい様は強い。
法王猊下で、精霊と森人族の末裔で、すごい力を秘めている。だから絶対に大丈夫。そう思っているのに、胸騒ぎがする。
「絶対、絶対約束ですよ」
「うん。可愛い孫のためなら、絶対に叶えないとね」
「私、もっとおじい様と一緒の時間を作りたいです。もっといろんなことを教えてもらって、色んなところにも行きたい。おばあ様との馴れ初めや、お母様の昔の話だって、もっと早くおじい様と話す機会を作ればよかった。ずっとおじい様が怖い人だって、私に興味が無いんだって思い込んで……会おうとしなかったから」
今頃になって後悔が溢れて止まらない。タカマガハラに居る時は、おじい様と一緒に居る時が多かったけれど、全然足りない。もっと一緒にいたい。だから次の、未来の予定を約束する。
「おじい様の誕生日だってまだやってないのですから、絶対に約束です」
「うん、うん。わかったよ。……だから、ね、泣かないでほしいな」
指摘されるまで自分が泣いていることに気づかなかった。どうしてか、いつも通りのおじい様なのに、間延びした口調じゃないからかどうしても悲しくて、苦しい。
全然、危ない状況じゃ無いのに、どうして?
「マリーは本当に勘が鋭い」
「え?」
「何でもないよ。……ほら、君が彼女を現世に引っ張っていくんだ。いいね」
「繧上◇◆縺」縺溘?ゅ?繝◆□繝シ縺ッ邨カ蟇セ縺◆◆遘√′螳医k」
「うん、良い覚悟だ。癪だけれどマリーを頼むよ。マリー、君の婚約者の名前はミシェル・ハリソン・カレントだ。彼を頼るように」
「おじい様」
男の子は私の手を掴むと、強く引っ張って歩き出す。おじい様は私の背中を押して送り出した。おじい様はニコニコしていて、いつものように軽く手を振る。「また後で」と、気軽さが不安になるけれど、私が居ることでおじい様の邪魔にしかならないのから、私は足を進めなければならない。
でも──。
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