第15話 邪竜教教祖の視点
あと少しで世界を暗き闇に沈められると思っていたのに、あの男が出しゃばってくるとは思わなかった。妻の死、娘の危機ですらタカマガハラから動かなかったと言うのに、孫のためには動くというのだから、相変わらず価値基準が分からない奴だ。
ユウエナリス・ガブリエル・イングリス。
お前ごと神樹を一つ残らず滅ぼせるのなら、邪竜復活でなくても良かった。邪竜の呪いはお前には効果はなかったけれど、お前を信じて戦った者たちに呪いが伝播して早々に死んでいく。今も邪竜は、お前を怨んでいるようですよ。
「兄さん」
私が愛したのに、あの女は兄を選び、兄が拒絶したことで、呪いの権化となった愚かな宵闇の女神。次の器は、かつて友に戦った戦友の子孫で、贄が孫に選んだ。
「兄さんの無表情が崩れる瞬間……。泣き喚くさまが見られる」
***
エグマリーヌ国。
かつて邪竜を倒した土地でもある。
玉座の間には臣下とは別に、黒い外套を羽織った術者たちが揃っていた。黒の外套にはみな一様に竜の紋章が描かれており、一瞥しただけで邪竜教の象徴だと分かる。
思った以上に邪竜教はねずみ算式に増えていった。世界を呪い、破滅を願う者が多いらしい。神樹の恩恵、平和で穏やかな世界では満たされなかったのだろう。
私のように兄の幸福を、いや全てを壊そうと願う者も多い。どれだけ幸福を説き、精霊と神樹との共存が素晴らしいものだったとしても受け入れられない者もいるのだ。
「世界に復讐をしましょう」
そう私が声をかければ、数百以上の賛同者ができるのだから。私の言葉に理解し、受け入れた瞬間、洗脳状態は維持したまま完了する。邪竜の呪いを参考に作り出した洗脳紋は便利だが、神樹や聖なる場所、精霊の力が強い場所には入れないのが難点ではあるが。
「教祖様、わざわざお越し頂きありがとうございます」
「あええ」
玉座の傍には王子エドワードもおり、その瞳は仄暗く、人間らしさが欠如した能面な顔をして佇んでいた。玉座に座るのは国王陛下ではなく私、邪竜教教祖サリュマニクス・ガブリエル・イングリスだ。
灰色の長い髪、赤銅色の瞳、褐色の肌と変わったところはあるが、尖った耳、容姿は法王猊下と瓜二つのまま。
それなのに世界は兄に祝福を与え、私には何も与えてはくれなかったのだ。その瞬間から私は世界の敵になろうと決め──長い時を懸けて、邪竜教教祖を創り上げた。
定期報告を受けたのち、本題に入る。
「それで贄が消えてから二ヵ月以上経っているようですが、まだ見つかりませんか?」
「ハッ、国境付近及び他国を虱潰しに探しても、そのようなご令嬢の姿はありません。可能性があるとすればグルナ聖国かと……。しかし隣国の出入りは難しく、内部情報を知るにも難しいようです」
「まあ、あの国は精霊の加護が強い上に、忌々しい神樹の力が強いのでしょうがないでしょう。さて……」
そこで控えていた下級貴族の装いの夫婦に、尋ねた。名前は──忘れたが、確か兄の孫でマリアンヌにとっての父親だったか。二十年以上前に洗脳し続けているというのに、誰も気づかないのだから、やはり人間は愚かだ。
さて、この男には別に娘がいた。洗脳紋を刻むとグルナ聖国には入国できないので、一任させていた。どう仕上がっただろう。
「騎士公爵のほうは、どうです?」
夫婦とも王子と同じく目が虚ろのまま、男のほうが聞かれたことに答える。
「はい。娘を誘導して送り込んでいますが、あまり成果は上げられていないそうです」
「それでも君の娘が四六時中付き纏っていれば、それはそれで騎士公爵に精神的負荷を与えられる。継続して君のご令嬢には動くように手紙を送るように」
「はい……かしこまり……ました」
騎士公爵の精神をズタズタにするのに、少しは役に立つだろう。その後、兄の孫の死体でも見れば準備は整う。
「サリュマニクス様、発言してもよろしいでしょうか」
唐突に王子が話しかけてきた。
「なにかな?」
「贄となるマリー嬢ですが、必要なのは魂であり死体となった肉体は僕が貰ってもよろしいでしょうか?」
死体愛好家それもまた、この世界では受け入れがたい趣向であり欲求でもある。そんな王子がいたからこそ、あの傑物で面倒だった王を牢に閉じ込めることができた。その報償は与えなければね。それに騎士公爵の心を壊す材料にもなるだろう。
「好きにすると良い」
「ありがとうございます」
さてここまで探して贄が居ないとなると、グルナ聖国かあるいはタカマガハラか。グルナ聖国はさすがに入り込むのに骨が折れるし、私もただでは済まない。その分、タカマガハラは古巣だ。数千年ぶりの里帰りと行こうか。
楽しみだ。少しでも兄さんの表情が崩れれば嬉しいのだけれど。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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