第13話 聖女認定試験と再会
聖女認定試験の再試験。
そう言えばお母様も脈略もなく唐突なことを言い出す人だったわ。あれは1000パーセントおじい様の影響ね。うん、身内だと改めて実感する。
硬直する私に、ローラン様は助け船を出してくれた。
「ユウエナリス様、唐突すぎでは……? 聖女認定試験の前に、諸々のご事情をお話ししてからでないと、脈略がなさすぎます」
うんうん、もっと言ってやってください。ローラン様の言葉に深々と頷いた。おじい様は「えええー」と不満気たらたらだったけれど、私を見るなりニコリと表情を変える。目を細めて微笑む姿は、慈愛に満ちていた。
「マリーは二年前に聖女認定試験の途中で事態しただろう。だから現在は精霊使いとしての身分があるけれど、今後のことを考えるとマリー自身でも自衛できるだけの立場と地位、そして戦力を整えたほうがいいと思うんだ。もちろん、この区域内なら安全だけれど、元の空間内に戻る気なら考えておいたほうがいい」
「おじい様」
間延びしない口調になっただけで、急に説得力が増したわ。すごい。じゃなくて、そうよね。ずっとおじい様の所で、厄介になるわけにもいかないもの。
私が聖女になろうと思った理由。
おばあ様やお母様の影響もあるだろうけれど、もっと別の決意に誓いを胸に宿して聖女になろうと決めたような?
それは婚約者様のことと関係している……わよね。以前の私は婚約者を支えようとしていた、あるいは隣に立てる存在になろうとしていたのかも。きっと大切な人だったのなら、私も好きになれるかな。ううん、それ以前に自分の記憶だけがなくなった婚約者を好きでいてくれるのかしら?
うーん、これは会ってみないとわからないし、保留だわ。
まずは聖女になって何がしたいのか、それを考えよう。お母様のため、おじい様の手助けになりたい。それだけでも十分な理由になるかもだけれど、まだしっくりと腹落ちしていない。
もっと強い思いと覚悟が必要だわ。
「……おじい様、聖女認定試験なのだけれど、もう少しだけ気持ちの整理が付いてからでもいい? 聖女になって私が何をしたいのか、まだそこがぼんやりしているうちは……」
「勿論だよ。急かすようなことを言ってごめんね~☆でも今のマリーには、何か目標とか目的があったほうがいいのかなって思ってね~」
あ。私が前を向けるように、そう言ってくれたのね。
おじい様なりの気遣いに胸が温かくなる。前を向くために、この先、なにかある時に足手まといにならないように強くなる。それなら十分な理由になるし、私自身弱いままじゃまたリュイやヴァイスたちに心配をかけちゃうもの。
私は私のことを好いてくれている人たちのために強くなる。聖女になりたい。
「おじい様、前言撤回です。私は私を守るために、ヴァイス、リュイ、アルノトたちが心配しないように強くなりたい。だから、聖女認定試験を受けます」
「うん。そういう即断即決なところは、本当に痺れるねぇ~☆ すぐに手配するよ。これで邪竜教に狙われたとしても、聖女の称号持ちなら精霊たちが君を守ってくれる」
「あ」
すっかりと失念していた。ここに来る前、邪竜教の襲撃を受けて命を狙われていたのだ。婚約者様の記憶が消えたことで印象が薄かったため、すっかり存在を忘れていたわ。色々あったのもある。
現世に戻った時に狙われないという保証はない。うっかりし過ぎていたわ。
おじい様は私がそう答えることを想定していたのだろう。雰囲気がガラリと変わったとしても、法王猊下の顔を持つだけのことはあって、きっと数手先を常に見通しているのだわ。おじい様ご自身は、立場や制限から動けないこともある。
「それと、おじい様……」
「なんだい?」
「知識をたたき込みたいので本を借りてもいいですか?」
「勿論だよ~☆図書室があるから好きに使って良いよ」
「図書室! それっておじい様の集めた本なのですか?」
「目をキラキラさせて、可愛いなぁ~」
おじい様は私をギュッと抱きしめる。本当のおじい様はこんな風に家族を思ってくださっていたのね。それなのに私、全然気付かなかった。
だって教会にいたころは無愛想で、表情が削ぎ落とされた瞳は怖かった印象が強い。会話をしても淡々として今のように抑揚もなくて……。おじい様の事情も知らなかった。
このタカマガハラにいる間はできるだけ、おじい様との時間を作っておじい様のことを知ろう。私の中で小さな目標ができた瞬間だった。
***
聖女認定試験。
筆記試験もあるので復習も含めて、図書室で本を借りるのもいいだろう。それに気分転換もあるけれど、ここ二年間ほど本を読む時間も暇もなかったのだ。元々本を読むのは好きだったから、この機に読もうと思った──そのぐらいの気軽さだったと思う。
「わあ。思っていたよりも広いわね!」
『肯』
『ここは特別な図書室ですので、大抵の書物は揃っております』
「リュイ、ヴァイス。……二人とも、今日は甘えん坊さんなのね。でもアルノトは?」
『アルノトは別任務なのです』
「そうなの。アルノトのおかげでおじい様を呼んでくれたのだから、次に会ったらたくさん撫でて、ブラッシングしてあげないと」
『それがいいかと』
『同』
二人が目覚めてから片時も私から離れようとせず、リュイは私の首元に巻き付いて頬に擦り寄って擽ったい。いつも大人で紳士的なヴァイスもよっぽど怖いことがあったのか、私の肩に乗っかって微妙に震えている。とっても可愛いので、背中を撫でたら少しは落ち着いたようだった。
思った以上に私の状態が危なかったのね。包帯を一日に三回取り替えるし、痛みが軽減されているとはいえ相当無茶をしたのだと分かる。
満身創痍。自分でも相当無茶したのだと思う。でも生きていた。きっと記憶を失う前の私も頑張ったのだろう。
『マリー様、くれぐれも本は八冊、いえ五冊までにしてください』
「え」
『それ以上になったら……』
「なったら?」
『私が運びます』
「ふふ、じゃあ厳選して選ばないとダメね」
フロア全体が吹き抜けて全部で五階まであるらしく、螺旋階段がとても芸術的で美しい。全体的に白を基調として、白銀の蔦や浮遊するクリスタルが幻想的だった。
半透明の魚や蝶が浮遊し、本棚の隙間や本の周りを動き回っている。
「ねえ、ヴァイス。あれは何をしているの?」
『あれらの魚や蝶の精霊は、本に湧く虫を食べているのですよ。それと稀に良くないモノが憑くこともあるので、それらを分解して正常化しているのです』
「そうなのね。このタカマガハラという場所は、何もかも私が居た場所とは違うわ」
壁面には本棚がギッシリと並べられていている。どれも興味深い本ばかりで、ウキウキしてきた。
そういえば昔、おばあ様の屋敷にも書庫があったような……?
書庫。少し薄暗くて、本の匂いと埃っぽさ。
端っこで蹲る誰か。
ふと視界に黒い影が映る。最初は気のせいか、浮遊していた半透明の光る魚たちかと思ったけれど、違う。
黒い塊? ううん、これは外套?
ヴァイスやリュイが無反応と言うことは、害はないのだろう。恐る恐る近づくと六歳ぐらいのミッドナイトブルーの髪の男の子が、声を押し殺して泣いていた。慟哭よりもずっと辛そうで、胸がズキンと痛んだ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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