表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/16

第12話 忘れているものは?


「滅ぼすのはダメです。そんなことをしたらおじい様とローラン様が、捕まってしまうじゃないですか!(何よりこのままでは、私が主犯になってしまう!)」


 おじい様に縋り付いて、強行を阻止する。離すものかと意気込んだのだが……反応がない。恐る恐る顔を上げると、おじい様はふるふると震えていた。


「おじい様?(怒った……?)」

「ああ~、本当にぃ~。自分よりも他人を思いやれる良い子に育ったねぇ! どこで芽吹いても、やっぱりマリーは真っ直ぐで優しい子だよぉ!」

「(すみません………全力で自分のためでした。……でもこれで話題が逸れたわ!)」


 おじい様のジェードグリーンの瞳はお母様と同じで、思えばお母様も直情型だったわ。それをお父様と私が一緒に止めていたっけ。両親との思い出が浮かび上がる。二年前にお母様が行方不明になってから、昔のことを思い出そうとする頭に霧が掛かったような感覚に陥っていた。あれは王子が用意したハーブの効能の一つだったのだろうか。


「…………?」


 時々大事なことをポンと思い出すが、それが誰から聞いたことなのか思い出そうとすると、途端に靄がかかってしまう。

 思い出せない誰か。

 その人のために私は記憶を対価に支払ったのかしら?


「マリー! これからは飢えることはないから好きな――もちろん好きなものばかりの食事は栄養が偏るけれど、お腹いっぱい食べていいんだよぉ! 私がでれでれに甘やかしちゃうからねぇ!」

「おじい様……(話が戻っている?)」


 とりあえずエグマリーヌ国を滅ぼす話が逸れたので、このまま食べ物の話題を続けようと自分の食べたいものを考える。()()()()()()()()()()()()()()()()()、もし可能なら両親と祖母がいた頃の料理、お菓子が頭の中に思い浮かぶ。


「あのティラミス?」


 どうして今、ティラミスが出てきたのだろう。私が一番好きだったお菓子は、ティラミスではなかった。ティラミスは美味しくて好きだけれど。どうして脳裏に浮かんだのかしら?


「おじい様」

「ん?」

「もし希望を言ってもいいのなら、今度ふわふわのホットケーキクリーム付きを食べてみたいです」


 おじい様は快諾してくれた。涙ぐみ瞳を揺らしながら何度も頷く。


「うんうん、ホットケーキを三段重ねで焼いてあげようぅ。トッピングはアイスとフルーツも付けちゃおうねぇ」

「はい、約束ですよ!」


 ()()

 胸の奥がざわついた。

 ほんの少しだけ。

 何かが心の奥から浮き上がるような気がしたが――すぐに霧散してしまう。


「──そうか。そういう契約だったのだね」

「?」


 不意におじい様の顔から表情が削ぎ落とされた。人ならざる美しさの祖父は無表情だと余計に際立つ。唐突な変化に困惑していると、眉を下げて困ったように微笑んだ。


「マリー、先に謝っておくねぇ」

「なにか……あったのですか?」

「ん~、記憶を対価にすることでマリーはね、誰かを守り続けているんだぁ」

「守ろうとした、ではなく守り続けている?」


 その違いに現在進行形だというのは分かった。精霊との交渉事で記憶や魂を材料とすることはままある。ただリスクが高いので、当然今の私も理解している以上、当時の私も知っているはずだ。そのリスク覚悟で望んで記憶を明け渡した。


「つまり……その光の精霊(ルクス)とは契約を行っていて、現在私との交渉した約束を守っている状態?」

「その通りだよぉおぉ。マリーは賢いね。君が失った記憶をそのまま君に返すべきか、それとも忘れたままにするか、選ばなきゃいけない」

「選ぶ? ……私が記憶を対価にしてでも、何とかしたいと思っていたのに?」


 おじい様は静かに、それでいて間延びした口調が途端に影を潜める。


「いいかい、マリー。感情とは生もので流動的だ。その時はそう思ったかもしれないけれど、時間を置くことや環境や状況が変われば移りゆくもので、ずっと同じではないと私は思っている。記憶を失う前はそう思えたかもしれないが、状況は刻一刻と変わってきているんだ。過去の君よりも、今の君を大切にしてほしい」

「おじい様」


 おじい様の言葉は正しい。過去の私の想いも願いも覚悟も思い出せないし、今の私は記憶が虫食い穴のようになっていて、とっても不安定だ。だから過去の自分よりも今の自分を労って、今の私を大切にするのは極々普通の帰結だと思う。


「でも、だからこそ、私は失ってしまった私の気持ちも、思いも、抱えて前に進みたいです。欲張りかもしれませんが、それでも置き去りにしてよいものでは絶対にないですし、過去の私なら絶対に拾っていくでしょうから」


 甘くて、偽善で、愚かだと思ってもいい。

 それでも私は私の決断を切り捨てないし、見捨てない。私が守り切ったものを全部ひっくるめて守る。何ができるか分からないし、さして強くないけれど、過去の自分に誇れるように歩みを続けると決めた。


「──っ、あははは。そういうところ本当にそっくりだよ」

「お母様に、ですか?」

「うん、というかキアラのほうが近いかな」

「おばあ様……それは光栄です」


 なんだか照れくさい。でも凄く嬉しかった。


()()()()()。これ以降も記憶が浮かび上がることは多少あっても、すぐに霧散して消える。それはとても辛く悲しいことで、君の婚約者と再会したらより絶望するかもしれない。でもそうなったら、なったで、また考え直せばいい。どの道が正解だったか、近道だったか──なんてよりも、その道を選んで後で良かったと思える生き方をしなさい」

「はい。……って、やっぱり私が忘れているのは、婚約者様なのですね」

「そうだよ。この場所には来られないだろうから、もう少し先かな」


 なんでもこのタカマガハラという場所は、精霊と複数契約者以外は入れないらしい。精霊の加護がないと入れない特別空間。だからこそ透明感があって幻想的で、美しいのだろう。精霊や魂、肉体の治癒にはもっともふさわしい場所でもあるとか。


 つまりこの場所に来ないといけないぐらい私の体は、傷だらけだったのだろう。今は普通に歩けるし痛みもないけれど。


「ほら、食事を続けようねぇ」

「は、はい」


 おじい様は私を抱きかけると椅子に座らせてくれた。割れ物を扱うように丁寧で、なんだかくすぐったい。テーブルの上にあるスイーツの数々の匂いに、お腹の音が空気も読まずに鳴った。

 は、恥ずかしいいーーーーー!


「キアラもそうやって美味しいものを見ては、お腹を鳴らしていたよぉ。その時の照れた顔が本当に可愛くてねぇ」

「おばあ様も……」

「うんうん、あんまり可愛いくて、好きだって言おうとしたら『キアラを食べたい』って言葉が出ちゃって、数日間避けられたなぁ。言葉って難しいね。あははは~」

「(ツッコミどころが多すぎる! これはツッコむべきなの!?)えっと?」

「紅茶を淹れましたので、どうぞ」


 ローラン様、さすがです!

 紅茶独特の香りが食欲を刺激する。紅茶で喉を潤しつつ、スイーツを口にしていく。


「んん~、どれもこれも美味しくて、優しくて甘い!」


 サクッとしたパイ生地、甘さ控えめのクリーム、食べやすいサイズのマフィン、バランスのとれた色とりどりのサンドイッチ。

 幸せな味。

 温かくて、優しい――。


「ねえ、マリー」

「ゔぁい?」

「さっきの答えを選んだのなら、もう一度聖女認定試験を受ける気はあるかい?」

「ふぁ!?」


楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!


新作連載のお知らせ

深淵書庫の主人、 鵺は不遇巫女姫を溺愛する

時代は大正⸜(●˙꒳˙●)⸝

今回は異類婚姻譚、和シンデレラです。

https://ncode.syosetu.com/n0100ks/1/ #narou #narouN0100KS


同じく新連載

ノラ聖女は巡礼という名の異世界グルメ旅行を楽しみたい

https://ncode.syosetu.com/n2443ks/4/ #narou #narouN2443KS


リメイク版

最愛の聖騎士公爵が私を殺そうとした理由

https://ncode.syosetu.com/n3516ks/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

平凡な令嬢ですが、旦那様は溺愛です!?~地味なんて言わせません!~アンソロジーコミック
「婚約破棄したので、もう毎日卵かけご飯は食べられませんよ?」 漫画:鈴よひ 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

【単行本】コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック 7巻 (ZERO-SUMコミックス) コミック – 2024/10/31
「初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~」 漫画:九十九万里 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

攫われ姫は、拗らせ騎士の偏愛に悩む
アマゾナイトノベルズ(イラスト:孫之手ランプ様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

『バッドエンド確定したけど悪役令嬢はオネエ系魔王に愛されながら悠々自適を満喫します』
エンジェライト文庫(イラスト:史歩先生様)

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ