第12話 忘れているものは?
「滅ぼすのはダメです。そんなことをしたらおじい様とローラン様が、捕まってしまうじゃないですか!(何よりこのままでは、私が主犯になってしまう!)」
おじい様に縋り付いて、強行を阻止する。離すものかと意気込んだのだが……反応がない。恐る恐る顔を上げると、おじい様はふるふると震えていた。
「おじい様?(怒った……?)」
「ああ~、本当にぃ~。自分よりも他人を思いやれる良い子に育ったねぇ! どこで芽吹いても、やっぱりマリーは真っ直ぐで優しい子だよぉ!」
「(すみません………全力で自分のためでした。……でもこれで話題が逸れたわ!)」
おじい様のジェードグリーンの瞳はお母様と同じで、思えばお母様も直情型だったわ。それをお父様と私が一緒に止めていたっけ。両親との思い出が浮かび上がる。二年前にお母様が行方不明になってから、昔のことを思い出そうとする頭に霧が掛かったような感覚に陥っていた。あれは王子が用意したハーブの効能の一つだったのだろうか。
「…………?」
時々大事なことをポンと思い出すが、それが誰から聞いたことなのか思い出そうとすると、途端に靄がかかってしまう。
思い出せない誰か。
その人のために私は記憶を対価に支払ったのかしら?
「マリー! これからは飢えることはないから好きな――もちろん好きなものばかりの食事は栄養が偏るけれど、お腹いっぱい食べていいんだよぉ! 私がでれでれに甘やかしちゃうからねぇ!」
「おじい様……(話が戻っている?)」
とりあえずエグマリーヌ国を滅ぼす話が逸れたので、このまま食べ物の話題を続けようと自分の食べたいものを考える。あのティラミスも美味しかったけれど、もし可能なら両親と祖母がいた頃の料理、お菓子が頭の中に思い浮かぶ。
「あのティラミス?」
どうして今、ティラミスが出てきたのだろう。私が一番好きだったお菓子は、ティラミスではなかった。ティラミスは美味しくて好きだけれど。どうして脳裏に浮かんだのかしら?
「おじい様」
「ん?」
「もし希望を言ってもいいのなら、今度ふわふわのホットケーキクリーム付きを食べてみたいです」
おじい様は快諾してくれた。涙ぐみ瞳を揺らしながら何度も頷く。
「うんうん、ホットケーキを三段重ねで焼いてあげようぅ。トッピングはアイスとフルーツも付けちゃおうねぇ」
「はい、約束ですよ!」
約束。
胸の奥がざわついた。
ほんの少しだけ。
何かが心の奥から浮き上がるような気がしたが――すぐに霧散してしまう。
「──そうか。そういう契約だったのだね」
「?」
不意におじい様の顔から表情が削ぎ落とされた。人ならざる美しさの祖父は無表情だと余計に際立つ。唐突な変化に困惑していると、眉を下げて困ったように微笑んだ。
「マリー、先に謝っておくねぇ」
「なにか……あったのですか?」
「ん~、記憶を対価にすることでマリーはね、誰かを守り続けているんだぁ」
「守ろうとした、ではなく守り続けている?」
その違いに現在進行形だというのは分かった。精霊との交渉事で記憶や魂を材料とすることはままある。ただリスクが高いので、当然今の私も理解している以上、当時の私も知っているはずだ。そのリスク覚悟で望んで記憶を明け渡した。
「つまり……その光の精霊とは契約を行っていて、現在私との交渉した約束を守っている状態?」
「その通りだよぉおぉ。マリーは賢いね。君が失った記憶をそのまま君に返すべきか、それとも忘れたままにするか、選ばなきゃいけない」
「選ぶ? ……私が記憶を対価にしてでも、何とかしたいと思っていたのに?」
おじい様は静かに、それでいて間延びした口調が途端に影を潜める。
「いいかい、マリー。感情とは生もので流動的だ。その時はそう思ったかもしれないけれど、時間を置くことや環境や状況が変われば移りゆくもので、ずっと同じではないと私は思っている。記憶を失う前はそう思えたかもしれないが、状況は刻一刻と変わってきているんだ。過去の君よりも、今の君を大切にしてほしい」
「おじい様」
おじい様の言葉は正しい。過去の私の想いも願いも覚悟も思い出せないし、今の私は記憶が虫食い穴のようになっていて、とっても不安定だ。だから過去の自分よりも今の自分を労って、今の私を大切にするのは極々普通の帰結だと思う。
「でも、だからこそ、私は失ってしまった私の気持ちも、思いも、抱えて前に進みたいです。欲張りかもしれませんが、それでも置き去りにしてよいものでは絶対にないですし、過去の私なら絶対に拾っていくでしょうから」
甘くて、偽善で、愚かだと思ってもいい。
それでも私は私の決断を切り捨てないし、見捨てない。私が守り切ったものを全部ひっくるめて守る。何ができるか分からないし、さして強くないけれど、過去の自分に誇れるように歩みを続けると決めた。
「──っ、あははは。そういうところ本当にそっくりだよ」
「お母様に、ですか?」
「うん、というかキアラのほうが近いかな」
「おばあ様……それは光栄です」
なんだか照れくさい。でも凄く嬉しかった。
「君は選んだ。これ以降も記憶が浮かび上がることは多少あっても、すぐに霧散して消える。それはとても辛く悲しいことで、君の婚約者と再会したらより絶望するかもしれない。でもそうなったら、なったで、また考え直せばいい。どの道が正解だったか、近道だったか──なんてよりも、その道を選んで後で良かったと思える生き方をしなさい」
「はい。……って、やっぱり私が忘れているのは、婚約者様なのですね」
「そうだよ。この場所には来られないだろうから、もう少し先かな」
なんでもこのタカマガハラという場所は、精霊と複数契約者以外は入れないらしい。精霊の加護がないと入れない特別空間。だからこそ透明感があって幻想的で、美しいのだろう。精霊や魂、肉体の治癒にはもっともふさわしい場所でもあるとか。
つまりこの場所に来ないといけないぐらい私の体は、傷だらけだったのだろう。今は普通に歩けるし痛みもないけれど。
「ほら、食事を続けようねぇ」
「は、はい」
おじい様は私を抱きかけると椅子に座らせてくれた。割れ物を扱うように丁寧で、なんだかくすぐったい。テーブルの上にあるスイーツの数々の匂いに、お腹の音が空気も読まずに鳴った。
は、恥ずかしいいーーーーー!
「キアラもそうやって美味しいものを見ては、お腹を鳴らしていたよぉ。その時の照れた顔が本当に可愛くてねぇ」
「おばあ様も……」
「うんうん、あんまり可愛いくて、好きだって言おうとしたら『キアラを食べたい』って言葉が出ちゃって、数日間避けられたなぁ。言葉って難しいね。あははは~」
「(ツッコミどころが多すぎる! これはツッコむべきなの!?)えっと?」
「紅茶を淹れましたので、どうぞ」
ローラン様、さすがです!
紅茶独特の香りが食欲を刺激する。紅茶で喉を潤しつつ、スイーツを口にしていく。
「んん~、どれもこれも美味しくて、優しくて甘い!」
サクッとしたパイ生地、甘さ控えめのクリーム、食べやすいサイズのマフィン、バランスのとれた色とりどりのサンドイッチ。
幸せな味。
温かくて、優しい――。
「ねえ、マリー」
「ゔぁい?」
「さっきの答えを選んだのなら、もう一度聖女認定試験を受ける気はあるかい?」
「ふぁ!?」
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