第10話 忘れてしまったこと
「──っ」
「ごめんね。……じゃあ、質問を変えよう。君が意識を失う前のことを、教えてくれるかな?」
「国境付近の街で、関所が封じられていた時に邪竜教の……襲撃があって……痛っ」
体を動かそうとして、腹部と腕に痛みが走った。遅まきながら、今自分が大怪我をしていることに衝撃を受けた。
「え?」
自分の体に視線を向けると、腹部と腕には包帯が巻かれていた。この部屋に来る前の記憶を遡ろうとしても記憶が曖昧で思い出せない。
なにこれ?
この傷は夫人とジェシカによって負わされたもの?
たまに社交界やサロンに参加した帰りなどは「注目を浴びて生意気なのよ」と罵声や暴力を振って嫌がらせを受けていた気がする。
ううん、違う。邪竜教と交戦したのだわ。……でもどうして、戦おうとしたのかしら?
私は聖騎士でもない。ヴァイスの背に乗って戦略撤退が良いはずなのに? ……逃げられない状況だった?
それとも他の枢機卿から命を狙われた?
「……逃げられない状況だったので、応戦するしかなくて……。ごめんなさい、おじい様。この辺は、あんまり思い出せないの」
「そうか、そう言う風に辻褄を合わせたかぁ☆。なるほどね」
「?」
おじい様の瞳がゾクリとするほど鋭くなった。瞬きの間にふわりと優しい眼差しに変わっていたので、もしかしたら気のせいだったかも?
いつも無愛想なおじい様を見てきたから、そう見えたとしても不思議じゃないわ。
「マリー、君は未契約だった光の上位精霊であるルクスに力を借りる代わりに対価を払ったんだ。魔法名は《忘却の鉛白》で、君の一番大切な記憶を奪う」
「あ、もしかして私の記憶がぼんやりしているのは、その対価のせい?」
「そうだよぉ☆。ルクスを捕縛して説得しようとしたんだけど、別次元逃げてしまったのか行方不明で、すぐに記憶を戻すことができないんだ」
しょんぼりと項垂れるおじい様があまりにも痛々しいので、頭を撫でてしまった。立場上、普通逆な気がする。おじい様の髪はサラサラと手触りの良い髪質は撫でていて心地よい。
そういえば昔、誰かの頭を撫でたような?
ヴァイスやリュイだった?
「ルクスが戻らなければ、記憶は失ったままなの?」
「ん〜〜〜、自力で解除もできるけど、記憶をまるっと失っているし、思い出そうとすると頭に痛みが入るんだ。数百年前に聖女公認試験で試してみては? と精霊たちが提案したのだけれど、廃人や記憶が欠けてしまって別人格になり、精神的負荷が多すぎるから禁止となった術式でね」
「怖っ」
「ああ、怖がらせちゃったね。大丈夫、ボクがルクスを説得して解除させるから。それよりも、マリーは自分の体を癒すことを第一に考えること。本当に危なかったからね」
一瞬、副音声で「脅し」って聞こえた気がするけれど、大丈夫かしら?
でも記憶がないと私も何だか気持ち悪いし、早いほうが良いわね。うん。
「兎にも角にも、しばらくは我が家で暮らすといい~~。どちらにしてもマリーは傷を癒さないといけないからね! そしてマリーが望むなら、このままボクの屋敷で暮らしてもいいんだよ☆」
「ずっと……」
なぜだか分からないけれど、ずっとこの場所にいてはいけないような、忘れているなにかが分からないことが悲しくて、苦しくて、自分の心が大声で泣いていて胸が締め付けられる。いったいどんな理由があったら、記憶を対価にするなんて思うのだろう。
大事な記憶を失ってでも守りたかった何か。
だからずっとここに居ることが嫌だって、本能的に思った?
「おじい様、ずっとは難しいと思うわ。私はどうして記憶を失ったのか、なにがあったのか……何より、戻らないと行けない気がするの」
「うん、それを決めるのはマリーだよ〜〜〜。でも傷が完全に癒えたらね〜〜。君の無茶に君の契約した精霊たちも疲弊している。すご〜~~く、無茶をさせたのだろうね」
「ヴァイス、リュイ……。二人ともごめん……」
グッタリと眠っている二人を抱きしめると、少しだけ表情が良くなったように見える。
この二年間、私が不甲斐ないばかりに心配をかけてしまった。まさかエグマリーヌ国の王子が私を王妃に迎えるため、怪しげなハーブを使う手に出るなんて……。いくら婚約者がいないからって、やり方が陰湿すぎるわ。
「とりあえずエグマリーヌ国から逃げられてよかった……」
記憶を失う前に、なにがあったのか。どうして国境付近の街にいたのかを思い出してきた。そのことにホッとしつつ、おじい様に共有しておこうと、王家のやり口を話す。
「そ、そんなことに、なっていたなんてぇ〜〜〜」
「おじい様、痛いわ」
「ああ、ごめんごめん☆」
ぎゅうぎゅうに私を抱きしめて、子供のようになくおじい様の姿に困惑しながらも、涙を拭う。これも普通逆なんじゃ? でも眼前で子供顔負けのガチ泣きをされたら、放って置けない気がする。
「おじい様、泣かないで」
「マリーはいい子に育ったねぇ〜〜〜。カサンドラも優しい子だったから、似たんだね〜〜〜」
「ユウエナリス様、過度なスキンシップは嫌われる要因ですよ」
「ローラン、孫との再会に喜ばない祖父がいると思うかい~~!? いないね! あとマリーの境遇を聞いたら誰だって泣くね! 泣くだろうとも!」
ローラン……様?
部屋に現れた男は、黒縁の眼鏡を掛けた男性だった。外見はおじい様と同じくらいの年齢に見える。金髪で鳶色の瞳、きっちりと法衣を身に纏っていて凜々しい。何というか真面目な人という印象を受けた。
「お初にお目にかかります、マリー嬢。私はローラン・エル・モロー、法王猊下のお目付役を仰せつかっております」
「は、初めまして。私はマリー・ラヴァルと申します」
ベッドの上なので頭を下げると、おじい様は「礼儀正しい、良い子だなあ、かわいいな」と頭を撫でて──いや撫で回してくる。なんだか恥ずかしくて照れくさい。
おばあ様と両親とは違って、撫で慣れていないらしく、髪の毛がぐちゃぐちゃになる。それでも何だか擽ったくて、怖々していた気持ちが緩んだ。
でも、ちょっと恥ずかしい。
「ほら、見て。子猫のように可愛い。どうしよう、ボクの孫、すっごく可愛いんだけれど~~☆マリーあとで写真も撮ろうね〜〜〜!」
「落ち着いてください。それで事情などはお話が終わったのですか?」
「あ、それは……」
胡乱な目で視線を逸らすおじい様の、私は口元が緩んだ。今のおじい様は人間味が溢れていて、親しみやすい。空気が緩やかで……そうだ、おばあ様の雰囲気に似ているのだわ。
「マリー様がお目覚めになったのでしたらお茶をなさってはどうです。庭園はちょうど藤の花が咲き誇って綺麗ですし」
「あ、うん! それだ! マリー、お茶をしよう☆」
陽だまりのような笑顔で私に声をかけるおじい様は何処までも優しい。おじい様が気を失った私を助けてくれて、傍にいてくれて本当に良かった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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