3-1
ビュッフェスタイルの食べ放題は、それぞれの個性が見えて面白い。デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグを食べながら、マコトはしみじみと思う。
シーフードドリア。フレッシュサラダ。クラムチャウダー。握り寿司。マコトの目の前には馴染み深いメニューが並んでいるのに対して、正面にあるタイシの皿の上では、どこの国のどんな味の料理なのか想像もできないメンバーたちが礼儀正しくお座りしていた。
「それ、おいしいの?」
「わからんから食べる」
「そっか、そうだよね」
好奇心の塊であるタイシの言葉に、マコトは感心しながらうなずいた。確かに折角の機会なのだから、まったく知らない料理に挑戦してみるのもいいかもしれない。そう思いながら視線をタイシの隣へとずらし、フードを被ったまま水を飲んでいるエリヤへ声をかける。
「エリヤくんは、なにも食べないの?」
「いらねぇ。ってか、めんどくせぇ」
「面倒? 食べることが?」確かに異世界で一緒に冒険をしていたときも、エリヤはあまり食事に積極的ではなかった。今でもそうなのだろうかと、マコトは眉を下げる。
「それもあるけど、単純に料理を取りに行くことが面倒なんだと思うよ。――ほら、これなら食べられるだろ?」
両手に皿を持ってやって来たユウが、その皿を二つともエリヤの前に置いた。そうして、エリヤがなにか反論しようと口を開くよりも先に、さっさとビュッフェコーナーへ戻ってしまう。
「ますますオカンに磨きがかかっているな、ユウは。三年前よりも、お前の扱いがうまくなっている」と、ガランティーヌという不思議な肉料理を食べ終えたタイシが笑う。
「お節介なんだよ。いらねえっつってんのに、わざわざ学校に弁当まで作ってきやがる」
ぶつぶつと文句を言いながらも、エリヤは目の前の料理に手をつけ始めた。ユウのことだ。エリヤの好みと栄養価を考えて選んだメニューなのだろう。きっとエリヤにも、それがわかっている。
「……なにニヤニヤしてんだ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」エリヤに睨まれても、それが照れ隠しだとわかっているマコトは、緩む頬を抑えたりはしない。
「ごめんね。ただ、二人が先に再会してくれていて本当によかったなって思って」
言葉に詰まる音が聞こえたので、マコトはとっさに自分の皿に視線を向けながら立ち上がった。戸惑っている顔を、きっとエリヤは誰にも見られたくないに違いない。
「ちょっとミサキちゃんを探してくるね」と言い残して、マコトは逃げるようにソファ席を立ち去った。
広いレストランの半分以上を使って設置されたビュッフェコーナーには、数えきれないほどの料理が並べられている。クリスマスのイルミネーションの下で輝くメニューは、まるで海賊の財宝のようだ。案の定、その中でも最も美しい場所に、ミサキはいた。
「マコト、見てよこれ! キラキラなスイーツが、こんなにたくさん! どれから食べればいいと思う?」と、いつものしっかり者のお姉さんな顔をどこかに投げ捨てて、子どものように無邪気にはしゃいでいる。
「まあ、どうせ全部食べるんだけど」
「ぜ、全部っ? スイーツだけでも二十種類くらいあるみたいだよ?」
「あら、余裕」と、マコトと話したことが最初の一歩を踏み出すきっかけとなったのか、ミサキは自分の大皿に次々とスイーツを乗せていく。雑誌や画像でしかお目にかかったことのない、宝石のようなケーキやゼリーが詰み上がっていく光景に、マコトは思わずため息をこぼした。
「すごいお店だよね。中学生だけで来ていい場所じゃない気がして、ちょっと気後れする」
「なに言ってるのよ。正々堂々と勝ち取った景品なんだから、胸を張って楽しみ尽くしなさいよ」
『豪華レストランビュッフェ五名様ご招待』を当てたマコトたちは、ちょうどお腹も空いたということで、そのまま公園内にあった高級料理店までやって来た。壁がほとんどガラス窓になっているお洒落なフロアからは、クリスマスマーケットのにぎやかな様子が楽しめる。制服姿の自分は場違いなのではとうろたえる小心者のマコトと違って、頼もしい仲間たちは平常通り。隣にいるミサキなど、ついには小さな声で軽やかに歌いながらスイーツを選んでいる。ふと、その曲調と歌詞に聞き覚えがある――ような気がした。
「……ミサキちゃん、その曲って」
「曲? え、アタシ歌ってた? うそ、やだっ」
無意識に歌を口ずさんでしまうほど上機嫌だったのだろう。珍しく素直に驚きながら首を振るミサキを、マコトは笑うでもフォローするでもなく、ただただ真剣な眼差しで見つめる。
「その曲、ボクもどこかで聞いたことがある気がするんだ」
なぜだろう。なにが、こんなにも気になるのだろう。自分でも不思議に思ったが、そんなマコト以上に不思議そうな表情を浮かべながら、ミサキが首を傾げる。
「この曲、マコトから教えてもらったのよ?」
「え?」マコトが、ミサキに。そんな記憶は、なかったはずだ。
「異世界で――その、色々あって、ほんのちょこっとだけ落ち込んでたアタシに、マコトが教えてくれたじゃない。『これを歌うと元気が出るんだよ』って」
「ボクが……?」
その言葉がトリガーとなったのか、白く煙っていた霧が少しずつ晴れていくように、頭の中でだんだんと記憶が鮮明になっていく。そう、自分はこの曲を知っている。ミサキに教えたことも思い出した。
「そういえばマコトもこの曲を『教えてもらったばかりなんだ』って言ってたわね。誰にって聞いても『絶対に秘密だって約束したから言えない』って、首をぶんぶん振ってたけど」
そうだ。誰に教えてもらったかは隠しつつ、ミサキにその曲を教えた。けれどマコトは、自分が誰に教わったのかまでは思い出せない。
「もう三年もたったんだから時効でしょ? そろそろ白状しなさいよ。エリヤは有り得ないとして、妥当なところでユウかしら。タイシだったら最高に笑えるけど、でもやっぱり――」再びスイーツの物色を始めようとしたミサキの手が、そこでぴたりと止まる。
「やっぱり……? ちょっと待って、マコト。アタシは今、確かに誰かの見当がついてたわ。でも、名前が出てこない。顔も思い出せないの」
皿の上のゼリーやプリンが、ミサキの動揺に合わせてぷるぷると震える。床に落としそうになる前にと、マコトはスイーツ山盛りの皿をミサキの手からそっと受け取った。
「あのね、ミサキちゃん。ボクに曲を教えてくれたのは、エリヤくんでもユウくんでもタイシくんでもないんだ。もちろん、あっちの世界に住んでいた人でもない」
「え……? それって、おかしくない? だって、その曲――」明らかな違和感に気づいたミサキの声が、細く途切れる。
「うん。歌詞の中に『横断歩道』と『ランドセル』って言葉が出てくるよね。……あの氷の世界には、そんなのなかったはずなのに」
心臓が、どきどきと騒ぎ出す。もう少しで、なにかがつながりそうだった。五人の仲間が勢揃いしたはずなのに、まだ足りないと思っていたこと。六という数字が、妙に気になってしまったこと。思わず、皿を持った手に力が入る。
「こっちの世界の誰かに、異世界で教えてもらったことは間違いないと思う。でもボクは、誰に教えてもらったのか思い出せない。――きっとまだ、その人と目が合っていないから」
「それって……」ミサキもマコトと同じ結論にたどり着いたのだろう。向けられた強い眼差しをしっかりと受け止めながら、マコトは大きくうなずいた。
「ボクたちには、六人目の仲間がいるのかもしれない」