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【完結】英雄小学生アフター~氷の女王と春の歌姫~  作者: 森原ヘキイ
第二章 イベント荒らして、ごめんなさい
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2-2

 開始の合図とともに、参加者たちが一斉に動き出した。氷を削る激しい音を立てながら、ペンギンロボットたちに向かっていく。


 これはペアで参加して、とある対象を捕獲するイベントだ。それなら当然、二人で協力しながらロボットを追い詰めることを選択するだろう。さっきの体育会系先輩後輩ペアはもちろん、ほかの参加者たちも明らかに挟み撃ちを目的として動いているようだった。――ただし、例外が一組。


「二人とも……?」


 エリヤとユウは、ロボットを追いかけるどころか、その場から一歩も動かない。逆に、追われて逃げてきたペンギンたちが、二人の足下にわらわらと集まってきている。

 エリヤの深いため息が、少し離れたマコトの耳にも届いたような気がした。やがて、形のいい指先が、ゆっくりとフードの端をめくり上げていく。

 ひとりの男子中学生が、その素顔をさらけ出す。たった、それだけのことで。


 ――世界が、変わった。


 エリヤを中心とした一定の範囲が、まるで別の空間に切り替わったかのような衝撃が走る。

 目に見えてなにかが変化したわけではない。けれど、空気の圧力が。空気の温度が。空気の色彩が。重く、温かく、美しくなっていく感覚を、マコトは確かに感じていた。


 耳に痛いほどの静寂が、リンクの内外を包み込む。参加者も、観客も。誰も喋らない。誰も動けない。イベント用の音楽だけは止まらずに流れ続けているものの、それを音として認識することを脳が忘れている。


 例えば、目の前に突然オーロラが現れたら、こんな反応をするんじゃないか。

 絶滅したはずの恐竜たちが大群で現れたら、こんなふうに驚くんじゃないか。


 語彙力の乏しいマコトには、そんな表現しか思いつかない。いや、そもそも言葉なんかで説明しようと思うほうが間違いだ。彼を表すのに最適な言語を、人類はまだ見つけられていないのだから。

 黒鐘エリヤとは、そういう存在であり――そしてそれは、人ではないものにも伝わる。


「ギ……、ピ……」


 参加者の追跡や襲撃を難なくかわして、軽やかに氷上を飛び回っていたはずのペンギンたちが、皆一様に機能を停止していた。エリヤの姿を捉えた黒い目のカメラが、明らかに異常な音を立てながら収縮を繰り返している。そんなロボットたちを、無感動な瞳で見下ろすエリヤの姿は、どこかさみしそうにも見えた。


「――怖くないから、大丈夫」


 エリヤの視線を受けて硬直していたペンギンを、後ろからそっと抱え上げた腕がある。ユウだ。よしよしと、まるで赤ん坊をあやすようにロボットを優しく揺らしている。


「誤解されがちだけど、意外に臆病だし偏食だし遅刻はするし寝起きは特に機嫌が悪いし――」

「おいやめろ」


 ユウの優しい声音で並べられる、かっこわるいエピソードの数々。途中から悪口になってきていることに堪りかねたエリヤが、すかさず拗ねたような声で制止をかける。


「本当に、どこにでもいる普通の中学生なんだ。――だから、怖がらないで」


 それはまるで、懇願のようだった。ロボットに語りかけながらも、ほかの人たちに対して、世界そのものに対して呼びかけているように、マコトは聞こえてしまう。

 ずっとエリヤの隣にいるユウは、そこからなにを見てきたのだろう。なにを思って、なにを悲しんで、なにを祈ってきたのだろう。二人がともに過ごした現実世界での半年を想像して、マコトの鼻の奥がつんと痛んだ。


「ということで。ついでに、このまま一緒に来てもらえるとありがたいんだけど、どうかな?」


 ユウは両手で持ち上げていたペンギンを胸に抱き、顔をのぞき込みながら優しく尋ねる。ロボットという無機物に対する態度だとは、とても思えない。実は本物のペンギンだったんじゃないかと、マコトは疑ってしまったくらいだ。


「……ピ、ピピ」


 ペンギンは、今度はユウをそのカメラの瞳で見つめると、やがて小さなヒレを広げてぺたりと胸に貼りついた。甘えるように頭を擦りつけながら、大人しく身を委ねている。


「ありがとう。さ、エリヤ。行くよ」

「ったく。意味わかんねぇイベント」ペンギンを抱えて司会の女性の元へ滑っていくユウの後を、再びフードを被ったエリヤが追う。


「あ、あれあれ? 一瞬、記憶が飛んでいたような……あ、ペンギン! 捕まえてこられたんですね、暴れん坊なのにすごい! おめでとうございまーす! 勝ち抜け第一号です! はい、ではペンギンはこちらでお預かりしますね……って、あれ、どうしたの? ほら、こっちおいで? え、嫌なの? 嫌ってなに? どういうプログラムが働いて、そういうことになってるの? ほら、離れよう、離れてみよう、良い子だから離れなさーい!」


 ユウからロボットを引き剥がそうとするスタッフの叫びと、必死に抵抗するペンギンの鳴き声が、スケートリンクに響き渡る。三人と一体の様子をぽかんと眺めていた参加者たちは、そこでようやく我に返り、未だエリヤの影響で動きを止めているロボットたちの捕獲を再開した。けれど、そこはやはり警備ロボット。飛びかかってくる相手には瞬時に反応して、華麗なジャンプで避けたり、ヒレを器用に使っていなしている。どうやら、二組目の勝者が出る可能性は極めて低そうだ。


「タイシくんは、ユウくんとエリヤくんならクリアできるという確信があったの?」

「アニマルロンドが、ペンギン型の警備ロボットを完成させたということは知っていたからな。美術品を認識できるセンサーがあるということは、エリヤのあのよくわからんオーラを感じ取ることもできるだろうと踏んだ。そこで動けなくなったところを、ユウが捕獲する。だが見た目はペンギンだろうと、警備を目的としているロボットだ。捕まえるという明確な害意を持って接触すれば、向こうは反射的に抵抗してくるだろう。その点――」

「ユウならロボットが相手でも、子どもや本物の動物のように優しく抱き上げるだろうから大丈夫だと思った、ってことね? なるほど?」


 タイシの言葉を引き継いだミサキが、納得したように首を縦に振った。そうこうしているうちに、靴を履き替えてリンク外に出たユウとエリヤが三人の後ろからやって来る。


「二人とも、お疲れさま! ユウくん、あのペンギンは?」

「鳴き疲れたのか自動的にシャットダウンしちゃったみたいで……ちょっと可哀想だったけど、そのままお別れしてきたよ」名残惜しそうにリンクを見つめながら、ユウが小さく笑う。


「おい、ミドリ。作戦があるなら事前に詳しく説明しやがれ」

「必要があればな。さて、これで最初の目的は達成したわけだが」


 ユウから受け取った二つを加え、全部で六つになったギザギザした葉っぱのような形をしたオーナメントが、タイシの手のひらの上で誇らしげに輝いている。


「あれ? 待って、これって……」


 刺々しい奇抜なデザインだと思っていたオーナメントが、数を増やすことで別の何かに見えてきた。タイシの手を作業台のように使いながら、マコトが六つのオーナメントの先端をくっつけるように組み合わせる。ぱちりぱちりと、正解の音を響かせながら、徐々にできあがっていくひとつの形。


 ――それは、小さな雪の結晶だった。






「超豪華景品が当たるかもしれない特別ゲームに挑戦される方は、こちらへどうぞ」


 サンタの格好をした男性が笑顔で出迎えてくれたブースは、まるで巨大なスノードームだった。デコレージョンという立体映像なのだということはわかっているが、辺り一帯を真っ白に覆い尽くすように舞い降り、または舞い上がる雪は本物そっくりで、マコトは思わず手を伸ばしてしまう。


「集めたオーナメントを回収しますね。あ、もう鍵の形に組み合わせていただいている。どうもありがとうございます」


 スタッフは、スノードームの中心で光り輝く円錐型のクリスマスツリーまで移動すると、タイシから受け取った雪の結晶を先端の窪みにはめ込む。文字通り、それが鍵となって周囲の映像が一変した。雪の大群がはじけ飛ぶように消え去ると、代わりに現れたのは、たくさんの数字。ざっと見た限り、一から五十までありそうだ。


「それでは代表しておひとりの方に、この中のひとつの数字に触れていただきます。その数字と連動した景品をお渡ししますので、どうぞゲーム感覚でお楽しみください」


 スタッフの説明を受けて、仲間の視線がマコトに集中した。「ほら、マコト」と、いつものようにミサキが背中を押す。


「え、ボク?」

「こういうことは、いつもマコトの役目だっただろう?」


 ユウの言葉に反論するものは、誰もいない。異世界でも、そうだった。仲間たちは、なぜか最終的に自分に結論を任せてくれる。大した意見も出さないマコトのことを、どうして頼ってくれるのかはわからない。それでも信頼できる仲間の期待には全力で応えたいと、マコトは大きくうなずいた。


 十二が魚のように泳ぎ、四十五がカエルのように跳ねている。ひょっとしたら、この数字の動きにも意味があって、景品へと結びつく何らかのヒントが隠されているのかもしれない。タイシなら、きっと法則性を発見して最適な答えを導き出すのだろう。けれど、もうすでにマコトは数字を決めてしまっていた。じっと目を凝らして、対象を探す。


 ――いた。上空で鳥のようにホバリングをしている五の数字を見つけると、マコトは一目散に駆け出した。十分に助走をつけて、思いっきりジャンプする。伸ばした指先がギリギリのところで触れようとした、そのとき。マコトの目が、五の向こう側で重なるように浮いていた別の数字を捉える。


「……っ!」


 五に触りかけた手を寸前で握りしめ、そのまま何事もなかったかのように通りすぎたマコトは、勢い余ってぶつかりそうになった壁に垂直で着地し、その反動を利用してさらに高く飛び上がった。そうして掴み取った数字は、六。


「お、おめでとうございます! 豪華レストランビュッフェ五名様ご招待! 大当たりです!」


 スタッフの驚きの声と連動するように、再びドーム内の情報が書き換わった。五十までの数字たちが、祝福の文字やカラフルな紙吹雪へと姿を変えて元気に踊り出す。


「引きの強いマコトなら当然の結果だな」

「本当に直感が冴えてるのよね」

「相変わらず、猿みてぇな動きをしやがる」


 遠くから聞こえる仲間たちの感想がおかしくて、無事に着地を決めたマコトはへらりと笑ってしまう。ひとりやってきたユウが「足は大丈夫?」と心配そうに声をかけた。


「平気だよ、ありがとう」

「よかった。やっぱりすごいな、マコトは。でも、どうして目標を変えたんだ?」


 てっきりそのまま五を選ぶと思っていた、というユウの言葉に、マコトもうなずく。「最初はそうしようと思ったんだよ。だって、ボクたちは五人だから。……でも」


 漠然とした感覚を、言葉にすることは難しい。けれど、なにも言わずにじっと待ってくれるユウの優しい瞳に励まされて、マコトはそのままの気持ちを外に押し出した。


「なんでかな。六じゃなきゃ駄目だと思ったんだ」

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