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先陣を切ったのはタイシだ。マコト以外の三人が参加するイベントを一方的に指示すると、自分はさっさとリアル脱出ゲームのブースへ向かってしまう。そして、応援担当のマコトが追いかけ、参加者しか入れない大きなテントのような建物の外でルールを確認している間に、ひょっこり出口から現れた。三つ目のオーナメントを、指先で弄びながら。
「おかえり、タイシくん! すごいね、早かったね!」
「そうでもない。俺の計算では二問でクリアできるはずだった」
「? 五問正解しないと脱出できないシステムなのに?」
「タイシの言うことを真面目に聞いたらだめよ、マコト」
別のイベントに参加しているはずのミサキの声が、すぐ後ろから聞こえてきたことに驚いて、マコトは振り返る。
「ミサキちゃん! あれ、もう終わっちゃったの? ごめんね、タイシくんを待って一緒に応援に行こうと思ってたんだけど……」
「ふふん。フタバのメニュー当てゲームなんて、簡単すぎて速攻でクリアしてやったわ」
ミサキは得意げににやりと笑うと、おしゃれなコーヒーチェーン店として名高いフタバボックスのロゴが書かれた紙カップを掲げながら、茶目っ気たっぷりにウインクする。「参加賞の割引クーポンをもらったから、クリスマス限定のホットチョコレートを買ってきちゃった」
「あ、ホイップクリームがクリスマスツリーみたいになってる! すごい!」
「ねっ! ねっ! かわいいわよね! ――あ、タイシこれ」
急上昇したテンションを急下降させて、ミサキがついでのように差し出したのは、イベントをクリアした証であるオーナメントだ。これで四つ目。残りは二つ。
「ご苦労。派手に暴れてきたようだな、ミサキ」
「メニュー当てゲームだって言ってるでしょ。どこに暴れる要素があるのよ」と、ぷりぷり怒りながらも、ホットチョコを一口飲めば、ふにゃりと笑顔になるのが可愛らしい。ミサキの甘いもの好きは、本人だけでなく周りまで幸せにするとマコトは思っている。
「さて、残るはあの二人だが」
「ユウくんとエリヤくんはペアで参加するんだよね? 大丈夫かな」
「任せろ。俺の采配に狂いはない」
そこは即席のスケートリンクだった。普段は芝生広場として使われている広い空間を、冬の限られた期間だけ銀盤に変えて遊べるようにしているらしい。マコトたち三人がやって来たときには、すでに四角いリンクの周りをたくさんの観客が取り囲んでいた。
人と人の隙間から氷上の様子をのぞき見ると、スケート靴を履いた参加者ペアが十組ほど、あちこちでイベント開始の合図を待っている。華麗なスピンをしているフィギュアスケーターらしき子どもたちから、仕事帰りにふらっと遊びに来たようなスーツ姿の男性たちまで、実にバリエーションに富んでいるが、そんな参加者の中でも圧倒的に目を惹くのは、もちろん――。
「あ、エリヤくんとユウくん。あんな遠い所にいる」
「どこにいても目立つわね、ホント。まあ、探しているこちらとしてはありがたいわ」
スケートリンクの端の、さらに奥。できるだけ人目につかないところを選んだ結果なのだろう。日が落ちてナイトモードに移行しているが、その青白い照明すら届かないような場所で、エリヤとユウが待機している。ほとんどシルエットしか認識できない状態なのに、なぜエリヤだとはっきりわかってしまうのか。三年前からの疑問に、マコトは未だ答えを出せない。
「お集まりいただいた皆さん、お待たせいたしました! それでは、お待ちかね! ロボットたちの入場です!」
「ロボット?」と、イベント概要をまったく知らないマコトは、聞こえてきた単語に首を傾げてしまった。
リンク内に現れた女性スタッフが、片手を大きく伸ばして、ある一角を指し示す。そこから現れたのは、なにやら小さくて細長い物体。その数、十、二十……三十。
「え、あれは……?」
「なんだ? なにが始まるんだ?」
「ペンギンさん! ママ、ペンギンさんがいるよ!」
観客たちのざわめきを入場行進曲にして、ペンギンたちが氷上を優雅に歩いてくる。正しくは、ペンギンそっくりのロボットなのだろうが、遠目からでは本物にしか見えない。
「ルールは簡単! このロボットを捕まえて、私のところに連れてきてください! 勝ち抜け制となっていますが、もちろん制限時間がございます! ご注意くださいませ!」
「やはりな。イベントの詳細は伏せられていたが、アニマルロンドとスケートリンクという組み合わせから、こうなることは読めていた」ぼそりと呟いたタイシが、勝ち誇ったように笑う。
「タイシくん? どういうこと?」
「説明は後だ。二人の近くまで急ぐぞ」
とてもタイシの口から出たとは思えない、いたって普通の真面目な指示。さすがのミサキも文句を挟む隙がなかったので、そのままスムーズに移動を始めることができた。
「おいおい、捕まえるだけでいいとか簡単すぎだろ! あんな動きの鈍そうなペンギンもどき、スケートの得意な俺らが二手に分かれて前後から一気に襲いかかれば楽勝よ!」
「かっけえっす、先輩! アメフト部の底力を見せてやるっす!」
いかにも体育会系の先輩と後輩っぽいペアが、参加者全員に聞こえてもおかしくないレベルの音量で叫んでいる。ボリュームの調整は間違っているものの、作戦自体は間違ってないと、マコトも思った。
「腹立たしいほど何でもできるエリヤはともかく、ユウってばスケートなんてできたかしら?」
「えっと、どうだったっけ」
異世界でも氷の道を歩いたことはあったが、きちんとしたスケート靴を履いてのスポーツとなると、マコトにも覚えはない。思案するマコトの隣で、タイシが笑いの形の息をはき出した。
「まあ、スケートのできるできないなど関係ないがな。――エリヤ!」
リンク内にいる二人の仲間がはっきりと確認できる位置にたどり着くと、すぐにタイシが呼びかける。さらに、フードの隙間から面倒くさそうに視線を向けてくるエリヤに対して、自信満々に一言。
「お前は立っているだけでいい」
「は?」
「えっ?」
驚きの声を上げたのは、リンク外にいるミサキとマコトのほうだった。参加者の二人は、タイシの思惑を探るように、黙って次の言葉を待っている。
「あのロボットは、おそらくアニマルロンド製の警備ロボだ。正式稼働前で情報は少ないが、ほぼ間違いない」
「……警備?」と、エリヤの不審げな声。
「マコト。アニマルロンドって、動物型のロボットをたくさん作っている会社よね?」
「うん。さっきもウサギのロボットたちが、迷子を捜しているのを見たよ」
ミサキと二人で確認しながら、氷の上をよたよたと歩いているロボットを観察する。水族館では、あまり見たことがないタイプのペンギンだ。顔が白くて、頭の上に金色の飾り羽が乗っている。まるで髪の毛のようだが、あれがセンサーの役割を果たしているのだろうか。
「イベント会場から博物館や美術館まで、幅広く使われている。機材や美術品には絶対に危害を加えないとプログラムされた、安心安全の最新モデルだ」
その言葉に、あからさまにエリヤが目を細めて嫌そうな顔をする。「……そういうことかよ」
なにかを察したエリヤと、そのエリヤの反応を見て満足そうに眼鏡を上げるタイシとを見比べながら、マコトは軽く首を傾げた。マコトにはわからないが、二人には伝わっているようなので、余計な口は挟まない。それよりも、ユウが浮かない顔をしているほうが気になってしまった。
「ユウく――」
「さてさてさて! 皆様、準備はよろしいですか? 本日デビューのキュートでパワフルなペンギンちゃんたちを、頑張ってキャッチしてくださいね!」
マコトの言葉を遮るようなタイミングで、スタッフが元気な声を張り上げる。「それではー! レディー! ゴー!」