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【完結】英雄小学生アフター~氷の女王と春の歌姫~  作者: 森原ヘキイ
第一章 目と目が合って、おひさしぶり
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1-5

「すみませんっ、そこの中学生っぽい人たち! ちょっと顔をのぞき込ませてください! 僕と片っ端から目を合わせてください!」


 ついさっき、どこかで言ったばかりの、あるいは聞いたばかりの内容が、なぜか自分たちの後ろのほうから聞こえてきた。三人はきょとんと顔を見合わせ、こくりと首を傾げ、それから同時にくるりと振り向く。


「あの、ちょっと待ってくださ……あ、すみません通りますごめんなさいっ」


 視線の先に、通行人と通行人の隙間を申し訳なさそうに進んでくる少年がいた。未発達な背格好と薄手のコートの下からのぞくブレザーから察するに、マコトたちと同じくらいの年齢だろう。


 誰かとぶつかりそうになるたび、律儀に頭を下げている。そうまでして必死に走ってくるからには、とても大切な用事があるに違いない。なにより彼の言葉の真意が気になったマコトは、逃げるでも避けるでもなく、真正面から少年を出迎えることにした。


「っ、ありがとう、待っててくれて。実は……」


 息を切らしながらも、まったく爽やかさを損なわない面差し。清潔感と清涼感でできているかのような少年は、その温和そうなイメージに似つかわしくない激しい勢いで、マコトの肩をつかんできた。

「わわっ」弾みで仰け反った体を足で踏ん張って支えている間に、マコトは最初の少年の宣言通り、額がくっつきそうなほど近くで顔をのぞき込まれる。


 ――そうしてやってきた、三度目の異変。思い出した、四人目の記憶。


「ユウくん!?」

「マコト……!!」


 かっちりと合った視線の先。走り寄ってきた少年――青葉ユウの、アクアマリンのような瞳から大粒の涙がぽろりとこぼれた瞬間。目の前から、その彼の姿が消えてしまう。


「だ、大丈夫? ユウくんっ」


 気が抜けたうえに力まで抜けてしまったのだろうか。その場にぺたりと座り込んだまま、ユウは動かなくなってしまった。


「なるほど、理解したわ。ちょうどいいところに来たわね」

「飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこのことだな」


 二人揃って悪役のような台詞を吐くと、ミサキとタイシは地面を見つめたまま放心しているユウの顔を手で強引に上げさせ、順々に視線を合わせていく。


「わっ、ミサキ……タイシも、え、タイシ!?」

「二度見をするな。そこまで変わった覚えはないぞ」

「アンタの家には鏡がないの?」と、タイシには厳しく突っ込むミサキも「久しぶりね、ユウ。アンタは変わってなくて安心したわ」と、ユウ相手には素直に笑顔を向けている。懐かしい光景を微笑ましく見守っていたマコトだったが、ふと気になっていたことを口に出した。


「あの、ユウくん。さっきの呼びかけは、まるでボクたちが仲間だってわかってたみたいだけど……」

「ああ、それは――」


 ユウが三人を見上げながらなにかを言いかけた、そのとき。ざわりと、周囲が色めき立った。


「……?」


 最初は、氷の城にまた光の変化が起こったのだと、マコトは思った。けれど、周りにいた見物客たちは全員、美しく輝くオブジェクトに背中を向けている。その存在すら忘れてしまったかのように、まったく別の方向に熱い視線を送っている。


「もうひとり、来るよ」


 予言めいた言葉だった。座り込んだままのユウが、マコトに向かって微笑んでから、ゆるりと首を巡らせる。


「!」 


 ユウの視線を追った先でマコトが見たものは、自分の前方にあった人の壁が、ゆっくりと二つに割れる光景。そうして生まれた道を、まるで要人や王族のために敷かれたレッドカーペットのように使ってやってくる、ひとりの少年の姿。


 間深く被った黒いフードに隠れてしまっていて、遠目からは口元すら確認できない。けれど、彼の輪郭、色、空気。そのわずかな情報だけで、強烈に視線が惹きつけられた。彼が足を踏み出す、彼が指先を動かす、彼が首を傾ける。そんな他愛もない仕草のひとつひとつを、目で追いかけずにはいられない。

 少年もまた、ユウのようにまっすぐマコトたちのほうへ向かってくる。ユウは『もうひとり来る』と言っていた。それは、つまり。


「……あの男の子が、五人目の仲間? ボクたち、彼と一緒に冒険をしたのっ?」

「おい、この辺りだけ空間が歪んでいるぞ。さっきから鳥肌がひどい」

「仲間だって知らなかったら、絶対に目なんか合わせたくないわね」


 三者三様の反応を目の当たりにしたユウが、小さく声を上げて笑う。「別に、噛みついたりしないから大丈夫。……機嫌が悪くなければ」


 そんなやり取りをしている間にも、少年はゆっくりとこちらへ近づいてくる。彼を遠巻きにしている観衆は、誰ひとりとして言葉を発することもできず、ただただ陶酔し、または戦慄するだけだ。それは、彼のことを異世界で行動をともにした仲間だと確信しているマコトでさえ、例外ではない。どくどくと、心臓が早鐘を打つ。脈が早い。息が苦しい。


 少年はもう、フードの下の素顔が確認できる位置にまで来ている。非の打ち所のない、完璧に整ったバランス。だからといって、人形のように作り物めいた中性的な容姿なのかといえば、絶対にそんなことはない。確かな命と強かな野性味が、内側からあふれ出している。

 面倒くさそうで、気だるげな表情すら絵になってしまう。その中心でほのかに光る、未知の鉱石のような瞳を見れば、思い出すのは彼――黒鐘エリヤとの異世界の記憶。その瞬間、マコトの呼吸がふっと楽になり、口の端がぐにゃりと上がった。


「元気そうでよかった、エリヤくん」

「……アカか」


 名字の最初の二文字を取り上げた、エリヤ特有の呼び方が懐かしい。四回目の異変の直後。それも短時間で二人分まとめて思い出したので、マコトの心の中にあるアルバムも写真を貼りつけるのに忙しそうだ。エリヤの強烈な存在感にあてられたこともあり、マコトはどこか夢見心地のまま、へらりと笑った。

 マコトの後ろにいたミサキとタイシとも、エリヤは淡々と目を合わせていく。記憶が一気に蘇って、頭の中はマコトより大変なことになっているだろうに、そんな様子はまったく表に出さないのがエリヤらしい。


「そっちがモモにミドリか。オマエらも生きてたんだな」

「ちゃんとタイシで驚きなさいよ、つまらないわね。このビフォーアフターを、なんとも思わないの?」

「はあ? 外側なんか、いちいち気にしてねぇよ」

「お前が言うと説得力があるのかないのか、よくわからんな」


 まるで空白の三年間など存在しなかったかのように、すっかりくだけた雰囲気で話し始める三人を見て、マコトは心がくすぐったくなる。けれど、そんなやり取りもすぐに飽きてしまったのか、エリヤはまだ座り込んでいるユウの胸倉をつかむと、そのまま力ずくで引き上げた。


「おい、ユウ。なにひとりで勝手にいなくなってんだ。オマエが隣で地味オーラ出してねぇと、フードがあっても周りの視線がうるせぇって、いつも言ってんだろ」

「ごめん、つい。動画で見た中学生が近くにいると思ったら、いても立ってもいられなくて」


 どうやら、さっきまで二人一緒に行動していたらしい。ユウとエリヤは昔から仲が良かったので、その構図はなにも不思議ではないが、そうなると新しい疑問が増える。


「二人は以前から、お互いのことを仲間だって知っていたってこと?」

「ああ、そうそう。さっきのマコトの質問の答えにもなるんだけど、僕たちは中学校がたまたま同じだったから、今年の夏くらいには異世界の記憶を思い出していたんだ。どうやら目を合わせることがきっかけになるらしいということも、そのときには知っていた」

「そっか。だから、ボクたちと同じようなことをしようとしていたんだね? それと、ユウくんの言っていた動画って、ひょっとして……」

「大活躍だったじゃねぇか、アカ。こっちの世界でも英雄やってんのかよ」

「うわあ、やっぱり!」にやりと笑うエリヤを見て、予想が当たってしまったマコトは頭を抱える。


「氷の城の存在を知ったときから、このクリスマスマーケットに二人で来て仲間を探そうと決めていたんだけど、正直どこから探そうか途方に暮れていたんだ。そんなとき、マーケットの公式サイトで取り上げられていた動画を見て『この子だ!』って思って……いや、違うか」


 ユウはそこで一度、言葉を切ると、目を細めて、はにかむように微笑んだ。


「こんな、まっすぐでかっこいい子が仲間だったらいいな、って思ったんだ」


 じん、と。胸の奥が熱くなる。マコトにとっては今すぐこの世界から消し去りたいほどの恥ずかしい出来事でも、それをかっこいいと言ってくれる人がいる。マコトらしいと笑ってくれる人がいる。そんなかけがえのない仲間たちが、マコトにはいたのだ。三年前から、ずっと。


「……ユウくん、エリヤくん」新しく再会できた二人の名前を呼ぶ。

「ミサキちゃん、タイシくん」先に出会っていた二人の名前を呼ぶ。


 この名前を思い出せたことが、うれしい。この名前を呼べることが、うれしい。


「また会えて、本当にうれしい」 


 四人の顔をひとりひとり見つめながら、マコトは泣きたいのか笑いたいのか自分でもわからないような顔をしてしまう。そんなマコトに、仲間たちはそれぞれの笑顔を返してくれた。


「さて、これで五人が集まったわけだが……仲間は、これで全員か?」

「わからない。でも、はっきりしていることはあるよ」


 タイシの言葉に答えながら、マコトはうなずいた。四人分の記憶が戻っても、異世界での思い出を最初から最後まで思い出したわけではない。そもそも、人間の記憶は曖昧だ。都合のいいことだけを覚えていて、都合の悪いことは忘れてしまったままかもしれない。それでも。


「ボクたちは三年前、必ずまた五人で集まろうって決めていたんだ」


 まるで決意のようなマコトの言葉に、仲間たちは思い思いの表情で応えてくれる。その中に、否定の意志は感じられない。全員が同じ気持ちを抱いていたのだという確信を得て、マコトも自然と笑みが零れた。

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