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【完結】英雄小学生アフター~氷の女王と春の歌姫~  作者: 森原ヘキイ
第一章 目と目が合って、おひさしぶり
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1-4

「わ!」

「きゃっ」


 がさっと、真後ろで葉っぱが揺れたかと思えば、同じ方向から落ち着き払った声が飛んできた。マコトは飛び跳ねるようにベンチから立ち上がり、ミサキでさえ思わず小さな悲鳴を上げる。


 慌てて振り向くと、そこには眼鏡を指で押さえたひとりの少年がいた。正確に言えば、少年の顔が。ベンチの後ろにあった植え込みの向こう側から、首の上だけ突っ込んでいるのだろう。たくさん咲いている大きな赤い花に紛れてはいるが、どうしても生首が浮かんでいるようにしか見えない。とにもかくにも、不気味だった。


「ど、どうしてそんなところに……え、いつから? どちらさまですか?」

「適格な質問だな。いいだろう、ひとつずつ答えてやる。まず、なぜここにいるかだが。俺はもともと、このポインセチアの植え込みを挟んで逆側にある雪だるま型のベンチで気持ちよくうたたねをしていた。そこへ、後からやってきたお前たちが真剣な調子で話を始めるものだから、俺の性能の良すぎる耳は、俺の意思とは関係なく情報を拾い始めてしまったというわけだ」


「ね、寝てたの? ここで? 風邪ひくよ?」

「つまり、盗み聞きしてたってことね。で、いつから聞いてたの?」

「ふむ、二つ目の質問か。『さっきまで確かに忘れていたはずのミサキちゃんのことを、ボクはいきなり思い出したんだ』辺りからだな」

「だいたい最初から、ほとんど全部だねっ!?」


 聞かれて困るような内容ではない。そもそも、聞かれたところで普通の人に信じてもらえるような話でもない。けれど、だからこその恥ずかしさというものがある。赤くなったり青くなったりと忙しいマコトの様子を気にすることもなく、眼鏡の少年はマイペースに続けた。


「三つ目の質問だが、俺は――」


 ふと、なにげなく視線を巡らせた少年の視線とマコトの視線が交錯する。ばちり。見えない火花が散ったと思った、その瞬間。


「タイシくん!?」

「……マコト?」


 ミサキのときと、まったく同じ現象。まだ空白が残っていた心のアルバムに、新しい思い出が次々と貼られていく。かと思えば、マコトとミサキしかいなかったはずの写真の中にも、眼鏡の少年の幼い姿がインクの染みのようにじわりと映り込んだ。


「タイシくん! タイシくんだ、やっと会えた!」

「待て。どういうことだ、これは……」


 二回目のマコトとは違って、眼鏡の少年――緑木タイシには、おそらく初めての経験だろう。さっきまでの変人然とした態度を一時的に引っ込めて、まるで普通の人間のように混乱している。そんなタイシに、まずはきちんと説明をしようと、再会の喜びを抑えながらマコトが口を開く。ところが。


「この変な奴、マコトの知り合いなの?」

「え――?」


 すぐ隣からの思いがけない言葉に、マコトの動きがぴたりと止まった。ゆっくりとミサキを見下ろせば、向かい合うマコトとタイシを不思議そうな面持ちで見比べている。

 まるで、タイシのことなど知らないといったミサキの様子に、マコトは混乱した。一体どういうことだろう。マコトが思い出せて、ミサキが思い出せないはずがないのに。


「タイシくんだよ、ミサキちゃん! ボクたちの仲間の! あの、物知りの!」

「……タイシ?」


 焦燥に駆られたマコトは思わず両手を伸ばし、植え込みに埋もれていたタイシの顔を勢いよく挟み込む。「ほら、よく見て!」

 「ぐぬっ」と、痛そうな呻き声を上げる生首を、まるで扇風機の角度を調整するようにミサキのほうへ振った――数秒後。


「アンタ、ぜんっぜん顔が違うじゃないの!」


 眼鏡の少年をびしっと指差しながら立ち上がったミサキの叫びが、冷たい空気を震わせながら辺りに響き渡った。


 そう。確かにそうなのだ。小学生のタイシは、はち切れそうなほどふっくらとした頬と、その頬に埋もれるような糸目が印象的だった。目の前にいる少年の細い顎の線と、フレームのない眼鏡からでは、どう頑張ってもそのイメージに結びつかない。それでも彼が正真正銘のタイシであるということは、異世界の記憶を思い出したという事実ではっきりしている。


「確かに、ギャップが大きすぎるかな? でも、よかった。ミサキちゃんもタイシくんのことを思い出せて」

「おかげさまで! 別に忘れたままでもよかったのにね!」


 そういえば、二人は異世界でも喧嘩ばかりしていた。マコトは早速、昔の記憶を引っ張り出して笑ってしまう。タイシのほうはといえば、すでに冷静さを取り戻したのか、今にも噛みつきそうなミサキのことなどまったく気にしていない様子だ。そのうえ、さらに。


「三つ目の質問の答えがまだだったが、俺は――」

「あれ? それ、まだ続けるの?」

「もうわかってるのよ! いらないのよ!」という二人のことなどお構いなしで、タイシは一度、すっと息を吸い込んだ。


「俺は、緑木タイシ。中学一年生。お前たちというかけがえのない仲間とともに、異世界を救った英雄のひとりだ」


 あまりにも堂々と言ってのける姿に、マコトとミサキは揃って口をぽかんと開けてしまう。タイシは基本的に変わり者だが、そんな自分をまったく偽らない。その堂々とした姿が、ときどき無性にかっこよかったということも、マコトは思い出した。


「……相変わらず、恥ずかしい変人ね」

「やっぱり、タイシくんはタイシくんだ」


 マコトとミサキの温度差のあるリアクションを公平に受け止めながら、タイシは満足げに唇の端を引き上げる。


「お前たちも変わらんな。……ふむ。ということは、デコレージョンの機関車から子どもを救った中学生というのは、マコトのことだったか」

「なによ、それ。マコトすぎて笑っちゃう」

「どうしてタイシくんが知ってるの!?」

「現場を目撃した連中が流した噂が、会場中に広まっている。加えて、マーケットの各地点を中継していたライブカメラにも映り込んでいたようでな。その部分だけ切り抜かれた動画が、公式サイトのリアルタイムニュースで紹介されていた」

「なんでっ!?」


 マコトの脳天から発射された疑問符に押し出されるように、眼鏡の少年が首を引っ込める。ポインセチアの向こう側に消えて完全に見えなくなってしまったタイシだったが、やがて植え込みをぐるりと迂回してベンチの脇のほうから姿を現した。

 改めて全身を眺めてみても、やはり昔の面影はどこにもない。すらりと縦に伸びた長身を、細身のロングコートが包んでいる。何事にも動じないという本人の性格もあって、とても同い年とは思えない大人びた雰囲気を放っていた。


「百聞は一見に如かず、だ」


 タイシはマコトと同じケータイフォン型デバイスを取り出して、軽快に操作を始める。ほかの二人にも見えるように、デバイスを地面と平行になるように上向けてかざすと、画面の映像が中空に浮かび上がるように表示された。やがて、音のないまま時間が動き出す。確かにそこには、マコトらしき人物が蒸気機関車の前に飛び込む様子が、俯瞰からの構図ではっきりと映っていた。


「ああ、これはマコトだわ。こんなにまっすぐなのは、マコト以外あり得ないわ」

「ウルトラリアルを打ち出しているファントムカンパニーにとって、デコレージョンの蒸気機関車を本物だと思って人助けに走る一般人がいたという事実は、自社製品のいい宣伝になるだろうな」

「二人とも、おもしろがってるでしょ! ど、どどどうしよう……なんだか不安になってきた……っ」

「なにキョロキョロしてるのよ。別に悪いことをしたわけじゃないんだから、堂々としていればいいじゃないの」


 急に周囲の視線が気になり出して縮こまってしまったマコトの背中を、ミサキの平手がばちんと叩く。元気づけてくれているのはわかるが、もう少しだけ力を抑えてほしいと思わなくもない。


「だが、これはこれで使えるかもしれんぞ」

「? どういうこと?」

「気にするな、独り言だ。……さて、お前たちの話はすべて聞かせてもらっていたが、改めて聞こう。これからどうするつもりだ?」

「残りの仲間を探したい。だって、まだいるんだよね?」気持ちを切り替えたマコトの力を込めた提案に、ミサキとタイシは大きく頷く。

「いるわね」

「いるだろうな」


 それは、根拠のない確信だった。三人目の仲間であるタイシとの記憶を取り戻しても、まだなにかが足りないと感じてしまう。マコトだけではなく、ほかの二人も同じように思っているのなら、きっとその予感は正しい。


「それと、記憶を思い出す手順というか、法則みたいなものがわかった気がするんだ。多分なんだけど――」マコトと同時にタイシと出会っていたはずのミサキが、自分より少し遅れて記憶を取り戻したという違和感。そこから導き出したマコトなりの答えを、二人と共有する。


「なるほど。つまり、仲間同士は目が合えばお互いの記憶を取り戻す。そしてそれは、目が合った相手の記憶だけに限られる。……そういうことだな?」

「うん。じゃないと、ボクがミサキちゃんより先にタイシくんのことを思い出したことや、ボクの異世界での記憶がミサキちゃんとタイシくんに関わることだけだということの説明がつかないよね」

「つまり?」ぽんと、ミサキの号令のような声が飛んでくる。「理屈はわかったわ。それで? その推論を使って、どうやってほかの仲間を探すの?」

「あいかわらず結論を急ぐ奴だな。もう少し過程を楽しめ」

「アタシは、さっさと行動したいだけよ」


 隙あらばバチバチと火花を散らせる二人はそのままに、マコトはぐるぐると頭を悩ませる。


「えっと……、氷の城を見て泣いている中学生っぽい人たちの顔をのぞき込んで片っ端から目を合わせる、とか?」


 今までに得た情報を、単純につなぎ合わせただけの提案。なかなか勇気の必要な行動だとは思うが、それで残りの仲間を見つけられるなら、マコトはどんな手段でも試してみるつもりでいた。


「俺は見てもいなければ泣いてもいないが、まあいいだろう」

「アタシだって泣いてないわよ。でも、それしかないわね」


 基本的に相性の悪い二人だが、意見が一致すれば即座に協力できてしまうのが流石だった。


「それじゃあ、善は急げだね」と。三人が氷の城に向かって別々に動き出そうとしたとき。

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