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「ん~、いいカンジにお客さんたちが温まってきてるねぇ。このままガンガンいっちゃおうかっ」
元気にぴょこぴょこ飛び跳ねているウララの言う通り、クリスマスライブは順調に進んでいた。客の入りも盛り上がりも、申し分がない。ヒカリもメンバーも、ここまで楽しく歌えている。気がかりがあるとすれば、この後の天気だ。予報では、夕方から雪が降るかもしれないと言っていた。野外でのパフォーマンスやファンの体調に悪い影響が出なければいいと願いながら、ヒカリは厚い雲で覆われた空を見上げる。
「ウララさんは本当に能天気ですわね。今日のライブ中に、ひょっとしたらカナエさんになにかあるかもしれないということを、ヒカリさんからお聞きになったでしょう? もうお忘れになったの?」
呆れたようなツヅルの声が、しなやかな茨のようにウララをぴしぴし打った。けれど、打たれた本人は何処吹く風で、にししししと呑気に笑いながらストレッチに励んでいる。
そう。次はいよいよ、カナエのソロ曲だ。ヒカリを含めた残りの三人は、舞台袖に引っ込んで様子を窺っている。独特の緊張感の中、ヒカリは今は手元にないデバイスを使ったエリヤとの昨日のやり取りを、頭の中で慌ただしく反復した。
『そんな脅迫なんかしなくても、要件があるならちゃんと聞きますよ!』
きっと誰かに頼みごとをするのが物凄く下手な人なんだろうなと、いっそ微笑ましく思いながらヒカリが返事を返すと、今度は雰囲気の異なるメッセージが戻ってきた。ひょっとしたらエリヤではなく、仲間の誰かが代わりに送ってきたのかもしれない。それがマコトである可能性を考えるだけで、ヒカリの胸が軽く踊った。
何度か続けられた、会話のキャッチボール。その球心には、カナエの存在があった。
カナエを助けたい。カナエに心から笑ってほしい。カナエに心から歌ってほしい。そのためにヒカリの協力が必要だと、無機質な文字が切々と訴えかけてくる。
カナエが常に何かに耐えるように顔を俯け、目を逸らし、胸を抑えていたことは、ヒカリも知っていた。その何かに踏み込むことを許してもらえるほどの関係性が構築できているという確証と自信が持てないまま、今に至っている。カナエの仲間である彼らが、カナエに対してヒカリと同じ違和感を覚えているのだとしたら。この提案はヒカリにとって、願ってもないことなのではないのか。
『カナエが自分のソロ曲の前に少しでも迷う素振りをしたら、そのときは――』
カナエの仲間たちからの要求は、自分ひとりの手には余るものだった。すぐにカナエ以外のメンバーとマネージャーを集めて相談すると、意外にもすんなりとした了承が返ってくる。
「お客さんを悲しませること以外だったら、なんでもいいよぉ」椅子に腰掛けたまま、幼い子どものように足をぷらぷらさせてウララが笑った。
「わたくしも構いませんわ。カナエさんのパフォーマンスに、直接的な影響が出ないのであれば」
豪奢に束ねた長い髪を、さらに指先で優雅にくるくるさせながら、ツヅルも同意を示す。「もっとも、カナエさんがミスをするなんて有り得ませんけど」
「ツヅルンってば、ホントにカナエンが好きだよねぇ。なのに、なぁんでファンの前では不仲営業してるのかなぁ?」
「好きでも営業でもありませんわよっ。単純に、あの方のアイドルとしての矜持を信頼しているだけですわ」
「ま、冗談はさておきだよ?」ぽんっと勢いをつけて椅子から遠く飛び上がると、ウララはそのままお正月の独楽のようにくるくる回る。
「初めて会ったときから、なぁんか呼吸がしづらそうな子だにゃあとは思ってたけどねぇ。これをきっかけに、カナエンの中で何かが変わるんだとしたら、それはウララも嬉しいよぉ」
「そうですわね。誰だって、大事な人には心の底から笑っていてほしいですもの。ファンの皆様だって、きっと同じ気持ちに違いありませんわ」
ウララとツヅルの言葉に感激したヒカリが、二人をまとめて抱き締めるために両手を広げて飛びかかっていったのは言うまでもない。
そうして、カナエには何も告げぬまま迎えたクリスマスライブ。直前リハでも、ライブが始まった今になっても、カナエにおかしな様子はない。いつも通りの完璧なパフォーマンスでファンを魅了している。特に体調が悪いということも、なさそうだった。
けれど、エリヤたちは『カナエのソロ曲の前』と、ピンポイントで言及してきた。そのころには何かが起こるのかもしれないと、ヒカリも舞台袖から客席のほうを注視する。マコトが来ている可能性に胸を躍らせている暇もない。すると。
「あれれぇ? カナエンの様子、なんだかホントにおかしくないかい?」
緊迫感のないウララの言葉で、急いでカナエに視線を戻した。確かに、客席の一点を見つめて、驚いたように目を見開いている。
これが合図なのか。これが異変なのか。ほんの僅かな逡巡の後、ヒカリは待機していたスタッフのほうへ振り返った。
「っ、マネージャーさん! 頼んでいたこと、お願いします!」




