8-4
中央の大きな噴水を、たくさんの細い噴水が丸く取り囲んでいる広場は、普段なら多くの人たちの憩いの場として、静かな喧騒に包まれているのだろう。けれどタイシの言ったとおり、今はまったく人気がない。マーケットの中心部から少し離れた位置にあるため、イベントやイルミネーションが展開されるスペースの外に該当していることが、その最たる理由だろうか。何はともあれ、ユウにとっては好都合だ。
かしゃ、かしゃ、と。氷が削れるような音を響かせながら、小走りで行進をする兵士たち。五人全員がはぐれることなく揃っていることを確認して、ユウは噴水の近くまで急いだ。
細い噴水と細い噴水の間は、人がひとり渡れるような短い橋で細かく区切られている。それをうまく使って兵士を撒き、一体ずつ撃破できないかとユウは考えた。『噴水が利用できる』というタイシの指示とも合致する。試してみる価値はあるはずだ。
大きく息を吸って気合いを入れ直すと、ユウはスピードを上げて兵士たちから距離を取る。体力にも運動能力にも、それほど自信があるわけではないが、やる前から『できない』と決めつける選択肢はユウの中に存在しない。自分を追い掛けてくる兵士たちの、実に四倍もの数を引き連れて去っていったエリヤの背中を思い出して、さらに自分自身に発破をかけた。
十数本の噴水は、時間の経過によりランダムで大きく吹き上がる。噴水で行く手を遮られ、あるいは噴水でユウの姿を見失い、統率がとれていたはずの兵士たちは、次第にバラバラになっていく。
「よし……っ」
これならいける、と。年相応にテンションを上げたユウは、完全に孤立した一体の背後から、身を屈めてゆっくりと近づく。振り返った兵士が覆い被さるように突進してきたところを紙一重でかわし、なにかを殴った経験など殆どない拳を後頭部に叩き込んだ。兵士の全身が氷の粒となって細かく消えていく様子を見て、ユウがホッと息を吐く。
――その隙を、狙われた。
「え……?」
すぐ隣で吹き上がった細い噴水が壁の役目をしてくれていると、完全に安心しきっていた。水はあくまでも水であり、そこを通り抜けて来ることなど誰にでもできるはずなのに。だから、空に向かって高く伸びる水の中から白い花が咲き、そのまま大きく開いて自分の頭を飲み込もうとしている光景も、ユウは当然のこととして受け入れるしかなかった。
異世界で尖兵の手に触れられたことを、走馬燈さながらに思い出していく。凍りついたように動けなくなり、痺れるように意識が消えていった。再び目を開けて最初に見たものは、今にも壊れてしまいそうなほど青白く、それでも涙が出るほどに美しいエリヤの顔。
もう絶対に、あんな表情はさせないと、自分自身に約束したはずなのに。
ごめん。エリヤ。
ごめん。みんな。
大きく目を見開くことしかできないユウの視界が、真っ白に染まる――その、最後の刹那。
「ピギャ!」
不思議な音を立てながら弾丸のように飛んできた黒いなにかが、まさにユウの額を掴もうとしていた兵士の手を真横から粉砕した。目の前で欠片がパラパラと降っていく様子を、ユウは呆然としながら見つめる。黒いなにかは、そのまま地面を勢いよくバウンドして、今度は噴水の裏にいるだろう兵士の本体へと飛んで行った。少し遅れて、からんという乾いた音だけがユウの耳に届く。
「っ、キミは……」
噴水が消えた向こう側に残っていたものは、自分を襲った氷の兵士の残骸。そして、その傍らには、まるでユウを助けてくれたかのような軌道を描いた、黒いなにかの姿。
「ピ! ピ!」
スケートリンクイベントで出会った、あのロボット型のペンギンが、ユウを見上げて嬉しそうに鳴いていた。




