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「ちょっと! 第二波が来るなんて聞いてないわよ!」
「慌てるな。所詮は尖兵だ。掴まっても、怪我をするわけではない」
「それでも、触られたらしばらく動けなくなるだろ? そうなったら、カナエさんのソロ曲に間に合わない」
エリヤが二十体の尖兵を引き連れて駆け出し、マコトがファンちゃんに変身して後に続いてから、僅か数分後。ミサキとタイシとユウの三人は、新たに出現した五体の兵士に追い掛け回されていた。
クリスマスライブ真っ最中の野外音楽堂は目の前だが、たくさんの観客が集まっている会場に、このまま突入するわけにもいかない。そこまで考えて、ユウは二人の仲間の様子を確認する。
ずっと走りっぱなしだが、ミサキにはまだ余裕があるように見える。新体操部の期待のホープとして鍛えられた体力が、頼もしくも羨ましい。問題は、タイシだ。運動というジャンルと犬猿の仲だということは、異世界のときから知っている。三年たって外見は大幅に様変わりしていても、その部分は相変わらずのようだ。平静を装っているが、そろそろ足取りが覚束なくなってきていた。タイシの腕を取って走っているミサキも、どうしたって彼のスローペースに巻き込まれてしまう。このままでは、兵士たちに追いつかれるのも時間の問題だろう。
ごくりと喉を鳴らし、呼吸を軽く整えてから、ユウは口を開く。
「……ミサキ、タイシ」
「駄目よ」
真っ直ぐ前を向いたまま、ミサキが光の速さで跳ね除けた。「どうせ『僕が兵士を引きつけるから先に行って』とか言うつもりでしょ。却下よ、却下っ」
「でも、このままじゃ全員が掴まる! それに、いくら僕たちしか狙わないといっても、撒くだけ撒いて放置するわけにはいかないだろ?」
与えられた命令を忠実に実行することしかできない尖兵は、執拗にユウたちだけを追い掛けてくる。ここに来るまでにすれ違った何人もの来場客を見ても、ターゲットを変えたり、危害を加えようとはしなかった。けれど、自分たちを完全に見失ってしまえば、どんな行動に出るかはわからない。
「なら、アタシが残ってぶっ倒すわ。タイシを持って先に行きなさい、ユウ」
「いらないよっ! 最初にタイシを拾ったのはミサキなんだから、最後まで責任を持って面倒を見ないと駄目だろ?」
「犬猫だと思うから、重い責任が生じるのよ。これはバトン、ただのバトンよ。ほらほら、オーバーハンドがいいの? それともアンダーハンド?」
「ど、どっちかと言えばアンダーのほうが得意だけど……いや、騙されないから。最初から受け取らずに走ることを選んでるからな、僕はっ」
「大声で俺を押し付け合うのはやめろ。ちなみにバトンパスが行えるのは、テイクオーバーゾーン内だけだ。そして俺の中では、ゾーンはもうとっくに過ぎている」
「なんでバトンが勝手にルール決めてるのよっ」
ぜーぜー、はーはー。今のやり取りだけで、明らかに自分たちの体力を削ってしまった。呼吸を整えるため、三人揃ってしばしの無言タイムを設けてから、改めて口を開く。
「という訳だ、ユウ。兵士たちを連れて行くなら、突き当たりを左に進め。その先にある公園なら、噴水が利用できるうえに人気も少ない」
「! ……わかった!」
「はあ!? 勝手に話を進めてるんじゃないわよ、アタシは納得してないわよっ」
タイシの一票がユウに入ったことで、流れが完全に変わった。この勢いのまま押し通してしまおうと、ユウが声を張り上げる。
「ミサキ、お願い!」驚いて丸くなった双眸と、正面から目を合わせた。「僕にも、かっこつけさせて」
体と心の中心に一本の太い芯が真っ直ぐ通っているミサキは、人の信念も大事にできる。兵士を引きつけて走り去ったエリヤのことを引き合いに出せば、ぐぬぬぬぬと薄い唇をひん曲げた。たっぷり時間をかけて悩み、やがて諦めたように大きな溜息を吐き出す。
「……遅刻なんかしたら怒るからっ」
「大丈夫。何度か試したことがあるけど、今まで一度も成功したことがないんだ」
しばらく二人で睨めっこをしてから、同じタイミングで吹き出す。ミサキを味方につけられたのなら、怖いものはなにもない。
「バトラー、マコトとエリヤに音声通話。現状報告と、噴水公園までの地図データを送信。それと、AIインフォメーションへ迷子の捜索依頼だ」
ケータイフォン型のデバイスに向けて、タイシの適格な指示が飛ぶ。迷子という、この状況下で出てくるには、あまりにもそぐわない単語が少しだけ気になったが、詳しく問い質している時間も余裕もない。
「了解シマシタ。マスターハ大丈夫デスカ? モウ虫ノ息デスカ?」
「言いたいことはなんとか伝わるけど、それにしたってアンタのバトラー辛辣すぎない?」
ミサキの突っ込みが綺麗に刺さったところで、とうとう長い道の突き当たりが迫ってきた。右へ進めば野外音楽堂。左に進めば噴水公園。
「無理はせず、救援が来るまで耐えろ。絶対に公園からは出るな」
「了解。そっちも気をつけて」
分岐点で立ち止まったユウは振り返り、ミサキ、タイシと続けて片手でハイタッチをする。野外音楽堂への道を走っていく二人の後ろ姿を見送り、兵士たちが自分を追ってくることを確かめると、そのまま噴水公園を目指して駆け出した。




