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「お待たせ! って、どしたの? 顔色やばいよ? 青くなったり赤くなったりしてるよ?」
「…………いや、なんか、ちょっと言葉で説明できないほどアレな男の子がファンタジーな連中を引き連れて目の前を颯爽と走っていった気がしたんだけど、あまりにもアレすぎたからきっと夢だと思う」
「はあ? ちょ、魂! 魂が抜けてるって!」
「おい、あの行列の最後尾にいるのって、ファントムカンパニーのマスコットだよな。ってことは、あのトランプの兵士みたいなのはデコレージョンか?」
「あ、お化けのゴーちゃんだ! ゴーちゃんがいる!」
ゴーちゃーん! と、自分に向かって呼びかけられた声に手を振って応えながら、マコトはひた走る。ポンチョのようにただ被るタイプの着ぐるみなので、手足の動きはそこまで抑制されずに済んでいるが、如何せん視界が狭い。先行するエリヤと二十人の兵士たちが大きく道を切り開いてくれてはいるものの、来場客や会場設備を避けるだけで精一杯だ。
「ゴーちゃん、握手してっ!」
タイシがこの着ぐるみをマコトに被せた目的は、氷の女王の尖兵たちをファントムカンパニーが作ったデコレージョンだと周囲に誤認させること。余計な混乱を起こさせないためのカモフラージュであることを、マコトも理解している。なので、ファンサービスにもしっかり応えなければならない。求められれば握手をし、求められればうろ覚えのポーズをびしっと決めながら、マコトはエリヤと兵士たちを追い掛け続ける。
行列の最終到達地点は、どうやら現在メンテナンス中のミニメリーゴーランドのようだった。アトラクションブースの中でも端のほうにあり、近くで運転中のミニ観覧車のほうへ客が集中しているため、人の気配はない。丸いメリーゴーランドに沿って裏側へ流れていく兵士たちを追った先で、マコトはとんでもないものを見ることになる。
「っエリヤく、んんんん!?」
強い風に乗った細かい氷の粒が、マコトの――正確にはゴーちゃんの顔面を強襲する。慌てて首を振って視界を確保すれば、そこには無数に散らばる氷の残骸を長すぎる足で踏みつけた、天才彫刻家の傑作のようなエリヤの姿だけが残っていた。
「……あ、あれ? こ、氷の兵士たちは?」
「これ」
「どれ!? それ!?」
エリヤの靴先で軽く蹴られた氷が、からんという透き通った音を立てて転がり、そのまま溶けて消えていく。それと連動したかのように、残った氷の山からも水蒸気が上がり始めた。
「に、二十体の兵士を全部ひとりで倒したってこと? 殆ど一瞬で?」
「弱点が頭だってことは、異世界で嫌というほど教え込まれただろうが」
「えっと、弱点を知ってることと、だから問題なく倒せるということは、普通はイコールでは結びつかないような気がするんだけど……」
エリヤにとっては赤子の手を捻るようなことでも、マコトにとっては未知との遭遇だ。小学生のときから既に十分すぎるほど強かったが、たった三年で、もはや比較にならないほど成長している。目の前の光景に未だ混乱し続ける頭の中で、かろうじて導き出したひとつの事実。――ボク、全く必要なかったな。
「伏せろ」
「!」
その気配に気がついたのが先か、エリヤの命令に体が服従したのが先か。マコトは咄嗟に膝を落とし、限界まで身を縮める。びりっと、頭の上をものすごい勢いでなにかが掠めていったと思った瞬間、細かく砕けた氷の粒がバラバラと降ってきた。
「い、一瞬だけ、ちらっと、メリーゴーランドの馬の上に氷の兵士が立っているのが目に入ったような……」
「正解。その着ぐるみの視界で、よく見えたな」
「ボクを狙って横から飛びかかってきたところを、エリヤくんが蹴りで倒してくれた――っていう解釈で合ってる?」
「合ってる。一体だけ列を離れて姿を消していた奴がいたんだが、まあ、コイツだろうな。探す手間が省けた」
がくりと、立ち上がる気力すらなくして、マコトはその場に崩れ落ちた。着ぐるみの重さが、ずしんと全身に伸し掛かってくる。
「……こんな格好をしてまで着いてきたのに、結局なにもできなくてごめんなさい」
「人の話聞いてんのか、オマエは。大活躍だって褒めてんだろ」
そう言って、エリヤは喉をくくと慣らした。怪訝そうに首をもたげる着ぐるみ――もとい、その中の人であるマコトの呼吸すら永遠に止めてしまいそうなほど破壊力のある笑みを、端麗な容貌に浮かべる。
「いい囮だったな、ゴーちゃん」




