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――十二月二十四日。スターレットのクリスマスライブ当日。
マーケットの入場ゲートの前に立つのは、これで何度目だっただろう。すっかり通い慣れてしまった公園には、今日こそが本番とばかりにはりきった多くの来場客が集まって来ている。
「スターレットのライブ楽しみだね! それぞれソロ曲も歌うんでしょ?」
「今日のために、ライブパネルを新調してきちゃった! めちゃくちゃ目立つから、絶対に気づいてもらえるはず!」
開演時間が近いということもあり、スターレットのライブについて声高に盛り上がりながらゲートを通過していくファンの姿も頻繁に見かける。ふと、クリスマスライブに行くことをヒカリと約束していたということを思い出した。頑張り屋の彼女は、きっと今日も元気な姿を見せてくれるに違いない。アイドルという仕事を懸命にこなす彼女の幻に刺激され、マコトはぐっと全身に力を込めた。
「みんな、準備はいい?」
四人の仲間を振り返り、最後の確認をする。頼りない自分の何倍もしっかりしている彼らに対して、いまさら言うことなど何もない。ほとんど己の気合いを入れ直す目的で、マコトは声を張り上げる。
「取り戻そう。ボクたちの、六人目の仲間を」
目的地は、野外音楽堂。最短距離で辿り着くために、まずは人波に沿って水上クリスマスツリーを目指す。
「張り切りすぎても肩が凝るだけよ。気負わず、気楽にいきましょ。はい、タイシ。最終確認よろしく」
「飽きるほど繰り返したが、いいだろう。俺たちの目的は、まずひとつ。スターレットのライブ会場である野外音楽堂に、一般客として乗り込む」
「握手会と違って整理券はいらないし、会場が大きいから人数制限で弾かれる心配もなさそうだよね。辿り着けさえすれば、スムーズに中に入れると思う」指を折って確認しながら、マコトが頷く。
「さり気なく嫌なフラグを立てるんじゃねぇよ」
「絶対、途中でなにかあるやつじゃない、それ」
「ふたつ。俺とミサキとユウの記憶を、カナエに思い出させる。すなわち、観客席にいる俺たちと、舞台の上にいるカナエが、確実に目を合わせることのできる状況を作り出す必要がある」
「うん。一応、対策は取って来たから、それに関しては大丈夫だと思う……た、多分」と、ユウが僅かに緊張を浮かべた表情のまま、小さく頷く。
「みっつ。俺たちとの記憶を全て思い出したカナエに――と、早速のお出ましか」
屋台エリアを急ぎ足で通過し、水上クリスマスツリーがそびえ立つ大きな噴水へやって来た五人の元に、ざかざかという足音を響かせて何かがやってくる。
――それは、氷の女王の尖兵だった。映画やドラマでよく見る、いわゆる金持ちの屋敷や城などに必ずといっていいほど置いてある西洋甲冑。あれから武器を没収し、少し丸くして、薄くして、小さくしたものを氷で作ると、おそらくはあの兵士が出来上がるのだろう。その数、およそ二十体。
「異世界で飽きるほど見た奴らじゃない。間違いなく、氷の女王の仕業よね」うんざりしたように眉をひそめるミサキに、特に驚いた様子はない。
「封印が緩んだせいで氷の女王の妨害が入るかもしれないとは何となく予想してたけど……まさか、こっちの世界に直接的に干渉してくるなんて」
「それほど、向こうも焦ってるってことだろ」
「ということは、僕たちがやろうとしてることは間違ってないってことだね」マコトの言葉にエリヤとユウがそれぞれ返して、とりあえずの状況確認が終了する。
氷の尖兵とは、異世界にいたときに何度も接触していた。知能がないことはわかっている。マコトたちの動きを止めるために、ほかの来場客を人質にする、というようなことはまずできない。動きも遅く、装甲も薄いため、弱点である頭を狙って攻撃すれば、すぐに粉々になる。それほど苦戦する相手ではなかったはずだ。
けれど、数が多い。そして、場所も悪かった。謎の存在と大立ち回りを演じるには、ここは人目につきすぎる。余計な騒動を起こすことで、本来の目的地であるライブ会場への道のりが遠のいてしまうことは絶対に避けたい。
どうする、とマコトが迷っているうちに、呆気なく前に進み出た人影がある。――エリヤだ。仲間たちに背を向け、二十体もの兵士相手にも全く怯むことなく向かっていく。そうして、黒いフードに手をかけた。
「おら、来いよ。オレだけ見てろ」
エリヤ本人にとっては、まさしく言葉通りの意味しか持たないのだろう。氷の尖兵たちを自分ひとりに引きつけて、ほかの四人や来場客たちに注意を向けさせないようにしてくれている。それはマコトにもわかっているのだが、わかっていても、とにかく、めちゃくちゃ、どうしようもなく――。
「かっ、こいいっ……!」
ぐっと両の拳を握りしめて、マコトが腹の底からの熱を吐き出す。誰が何と言っても――いや、エリヤの場合は『誰が何とも言えないほど』かっこいいのだ。
自分の中に、こんなにも原始的な感情が眠っていたのかと、エリヤの素顔を見るたびに思い出す。人の心の根底を揺さぶる存在感は、当然のように、氷の女王が戯れに作り出しただけの人形にも影響を与えた。あるものは体の一部を溶かし、あるものは手足の一部を落としながら、エリヤただひとりを見つめ続けている。冷たいはずの冬の空気は、この一瞬だけ完全に消え去り、信じられないような熱気に包みこまれた。マコトの額に、じわりと汗が滲み出る。
「素で乙女ゲームの俺様キャラのような台詞を吐けるあたりが末恐ろしいな」
「アンタって乙女ゲームも嗜むタイプなのね。あとでオススメ教えなさい」
「っ、エリヤ!」
相変わらず緊張感のないタイシとミサキのやり取りを軽々と追い越して、悲痛な響きを帯びたユウの声がエリヤに向かって飛んでいく。ちらっとユウに視線を送ったエリヤは、なにかを言いかけるように僅かに口を開くが、すぐに踵を返して走り去った。その背中を、二十体もの氷の兵士たちが、大名行列さながらにぞろぞろと追従する。
「ユウ、あのね。アイツ、ちょっとかっこつけるところあるのよ。外見的な意味じゃなくて、中身的な意味で」
すぐにエリヤと兵士のあとを追いかけようとしたマコトだが、ミサキがユウに優しく語り掛ける内容に好奇心が刺激され、思わず足を止めてしまった。
「自分が犠牲になればいいとか、いっそこのまま死んでしまえたら、とか。そんなことばっかり考えてるわけじゃないの。今だって絶対、ヒーローごっこみたいで楽しい! とか思いながら走ってたりするのよ、きっと」
「確かにエリヤは存外、幼いところがある。コスプロへの潜入計画を俺に持ち掛けたときも、内心では悪童のように乗り気に見えたな」
悪巧みが好きな者同士、エリヤとタイシは波長が合うのかもしれない。そんなタイシの援護射撃を受けて、ミサキは大きく何度も頷いた。
「だから、そんなに心配しないの! 怠け者のアイツが、折角やる気になってるのよ? それなのにアンタにそんな顔されたら、動きずらくってしょうがないじゃない」
ばんばんばんばんと、結局は背中叩きという力押しで解決を図るミサキを見て、マコトは思わず吹き出してしまった。それを大人しく受け入れたユウも「ありがとう」と、いつもの笑顔を浮かべている。
「さて、脱線はそこまでだ。俺たち三人は野外音楽堂へ急ぐぞ。――マコト」
「はい! わ、え?」
急に名指しをされて反射的に挙手をしたマコトは、タイシに投げられた白い布のようなものを慌ててキャッチした。
「これを着て、エリヤを追え」




