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ライブの前日なんだから、きょうは軽めの調整だけに留めて早めに上がりなさい。そんな風にメンバーやマネージャーに強く言い含められては、残ろうにも残れない。レッスンフロアからすごすごと退散しながら、ヒカリは軽い溜息をついた。
どんなに練習しても、不安は拭えない。遠くから足を運んでくれるファンに心から楽しんでもらえるようなパフォーマンスができるのか、いつも心配で堪らない。まだまだな自分のことが、どうしようもなく情けない。
――まだまだだってヒカリさんは言いましたけど、ボクは『まだまだ』って言いながら頑張るヒカリさんのことが、好きです。
ふいに、胸の中で声が響いた。とくんと、心臓が小さく笑う。ほわんと、頬がゆっくり燃える。
ファンからの優しく温かい言葉は、すべてヒカリの宝物だ。ときどきの厳しい言葉だって、吸収できると判断したものは全部ありがたくいただき、自分の成長の糧にしている。先日の握手会でマコトから貰った言葉も、ヒカリにとってはほかのファンの応援と同じくらい大事なものだ。大小の差もなく、優劣の差もない。それなのに。そのはずなのに。
――どうして、こんなにドキドキするんだろう。
ちょうど、汗だくの練習着を脱ごうとしていたタイミングで思い出したということも相俟って、ヒカリは妙に恥ずかしくなる。ひょっとこになるまで強く両頬を抑えて呻きながら、くねくねと妙な踊りを踊るヒカリを嘲笑うかのように、メッセージの着信音が響いた。
「……あ。そうだ、この人――」
私物の中から慌ててデバイスを取り出せば、ついさっき新しく登録をしたばかりの名前が画面に表示されている。エリヤと名乗った少年は、どうやらカナエの仲間であるらしい。仲間というものが、具体的にどういった方向性の集団を指すのかはわからない。けれど、その中にあのマコトが含まれているのなら、決して誤った道には進まないだろうと容易に確信できた。
エリヤとの一件は、マネージャーにも報告済みだ。「彼の身元に関しては事務所が保証するので、連絡を取り合うことにも問題はない」という答えが返ってきたということは、エリヤも近々コスモスプロダクションに所属する予定があるのだろうか。確かに、足が震えて全身が悲鳴を上げるほど存在感の強い少年だったなと思いながら、ヒカリはメッセージの中身を確認する。
「……んん?」
それは、一枚の画像だった。どこかの店の中だろうか。内装から察するに、洋菓子を販売しているらしい。中心から少し左手の位置に、とある人物の横顔が写っていた。
「ま、ままま、マコトさんっ!」
危うくデバイスで強かに額をぶつけそうなほど勢いをつけて確認すれば、それは確かに握手会でヒカリを励ましてくれた優しい少年の姿だった。撮り方が下手なのか、あるいはわざとなのかもしれないが、少しだけぼやけた写り方をしているのが何とももどかしい。ヒカリがデバイスを傾けたり遠ざけたりと綺麗に見える位置を調整しているうちに、再び着信音が鳴り響いた。
『コイツの連絡先を教えてほしければ、大人しく言うことを聞け』
続いて送られてきたメッセージを見たヒカリの目が、思わず点になる。たっぷり数十秒ほど考えてから首を傾げ、さらに数十秒の時間を使って逆側に首を傾けて、ようやく自分が置かれている状況に気がついた。
「きょ、脅迫されている……!!」




