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トンネルの先は、プラネタリウムのような開けた空間に繋がっていた。ドーム状の大きな天井の下。その中心で勢揃いする四人の仲間たちを見つけたマコトは、思わずぱっと顔を輝かせる。
「みんな!」
繋いだ少女の手はそのままに、少しだけ早足になって仲間の元へと向かう。僅かな疲労の色は見えるものの、特に怪我などはなさそうだ。そこでようやく、ホッと安堵の息を吐く。
「お疲れ様、マコト。無事でよかった」真っ先に笑顔で出迎えてくれたのは、いつものようにユウだった。
「ユウくんたちも。大丈夫だった?」
「当たり前でしょ。アタシたちを誰だと思ってるの? ちなみに、マコトとその子のやり取りは、ここでバッチリ見てたから説明はいらないわ」
胸をはったミサキが指を差した先には、さっき通って来たトンネルをそのまま圧縮して縮小したような半円のオブジェが鎮座していた。マコトのときは、マコトとカナエの共通の記憶を映し出していた六角形だが、ミサキの言葉によると、こっちのオブジェには監視カメラのようにマコトと少女のリアルタイムな映像が流れていたということになる。
「え、嘘! なんでそんなことになってるの、恥ずかしいっ」
「情報の共有は大事だと思って」
「だ、大事だけど! 事前に一言、欲しかったかもなって。ほら、心の準備とかあるし」
まるで会社員の心得のようなことを得意げに言ってのける少女の姿自体は大変微笑ましかったが、その言葉の中身には納得がいかないものがある。
「全部見てたわよ、ぜーんぶね! マコトのほうこそ、カナエのことなんか言えないくらい色々なこと抱え込んでたんじゃない、もうっ! ちゃんと話しなさいよ、ばかばかばかっ」
「いててて。ご、ごめんね、ミサキちゃん」
ミサキはマコトの正面にずいずいと立つと、こめかみの辺りを拳でぐりぐりとこねくり回す。少しどころではなく痛かったが、ミサキの心配してくれる気持ちが嬉しかったので、マコトは甘んじて受け入れることにした。しばらくして満足したのか、ミサキはついでとばかりにしゃがみ込み、マコトの隣にいた少女の頭をなでなでする。猫のように目を細めて嬉しそうに笑った少女を、そのまま優しくきゅっと抱きしめた。
「わたしは冷たいよ、ミサキ」自分が触れることで相手にどんな影響を及ぼすのか、少女はマコトの手を通して既に知っている。そんな少女の焦りの声を「いいのよ」と、ミサキは一蹴した。
「あちこち歩き回ったお陰で体温が上がってるから、ちょうどいいくらいだわ」
ふにゃっと、少女の目元が緩む。ずっと握ったままだったマコトの手を離すと、今度はその両手でミサキの背中に優しく触れた。陽だまりのように柔らかな光景に、差し挟める言葉などない。マコトは視線をそっと、ほかの三人の仲間へと向ける。
「すっきりしたか?」
「ちょっとだけ」
エリヤの存在感は、異空間という特殊な状況下にあって、さらに凄みや輝きを増すのかもしれない。目を眇めながらも何とか頷くと、口の端を小さく上げてくれた。
「マコト、上を見てみろ」フリフリエプロンを着たままのタイシが、眼鏡を上げながら淡々と指示する。
「上? ……あっ」
言われるがままに首を傾けたマコトは、口を開けたまま凍りついた。
大きな丸い天井を覆い尽くすように、白い糸が張り巡らされている。中央にある大きな繭玉を取り囲むように巻かれたそれは、よく見れば氷でできているようだった。ぴんと張った細い氷の糸のほぼ半数から氷柱が垂れ下がっている様子を見たマコトは、ごくりと音を立てて唾を呑みこむ。
おそらく、あの繭玉の中に氷の女王の本体がある。そして、その封印を守る氷の糸の拘束は、間違いなく弱まっている。
「氷の女王の封印が、解けかかっている……?」
「そう」
いつの間にか抱擁を終えていた少女とミサキが、マコトと同じように天井を見上げていた。
「カナエの心があったかくなったから、氷の女王を縛っていた糸が溶け始めているの。全ての糸が完全に消えてなくなれば、落下した繭玉から女王が出てきてしまう」
ぞっと、マコトの背筋を何かが勢いよく這い上がった。三年前に女王と直接対峙したときのことを思い出して、膝が小刻みに震え出す。
「このまま氷の女王の封印が解かれた場合、カナエはどうなる?」
マコトと違って恐怖の色など微塵も滲ませずに、タイシが少女へ問いかけた。
「心と体を、取り込まれてしまう。――カナエが、新しい氷の女王になる」
「!」
言葉として耳から捉えた瞬間、その最悪のシナリオへと至る道が、向こうから一気に近づいてきたような錯覚を起こす。心を落ち着かせようと深い呼吸を繰り返すマコトの横から、エリヤの無感情な言葉が飛ぶ。
「この状態のまま、女王をぶっ倒すことは?」
「できない。この異空間は、カナエの心の中を映したもの。氷の女王に危害を加えられることもなければ、氷の女王に攻撃を仕掛けることもできない。だから――」
訴えるような視線が自分に向けられたことに気づいたマコトは、まだ細かく震えながらも、少女と目を合わせてはっきりと頷いた。
「さっき、マコトがこの子からこっそり聞いていたことね。それでカナエを助けられるの?」
「うん。方法自体は、とても簡単なんだ。……ただ」
ほんの一文で言い表せてしまうほど安直な救済方法を、マコトが四人に説明する。ミサキとユウが驚いて目を瞬く一方、タイシとエリヤの表情に変化はない。
「確実性はない。もしくは、紙一重ということか。成程、おもしろい」
虚勢でもなんでもなく本当にそう思っているのだから、タイシという味方がいると心強い。そしてそれは、ほかの四人も同じだということが、言葉に出さなくても伝わってきた。頼もしい仲間たちの存在を肌で感じて、マコトの怯える心が緩やかに静まっていく。
ほうっとひとつ深い息を吐き、マコトは再び天井の繭玉を見上げた。
氷の女王。唯一絶対の、孤高の王。
数の優位などと言うつもりはない。異世界を支配していた氷の女王は、たったひとりで全てを掌握していたのだから。けれど、ひとりだけではできないことも、確かにある。
「……ボクたち五人が再会したとき、どうして『必ずまた五人で集まろうと決意していた』ということを思い出したのか。その理由が、ようやくわかった」
自分たちは、本来なら六人の仲間なのに。なぜ『五人』という部分を強調して覚えていたのか。そのせいで、仲間は全部で五人なのだと、誤った認識を持ってしまうほどに。
「カナエちゃんを、助けようと思ったんだ。ボクたち『五人』で、絶対に助けに行こうって」
幼いカナエの、最後の笑顔を思い出す。氷の女王を封じた瞬間、その笑顔が凍りついたことも。「ごめんね」と「待ってて」を、何度も繰り返し叫び続けた。人形のように動かなくなった冷たい体に縋りつき、現実世界に戻る淡い光に包まれながら、ただひたすらに自分の無力を嘆き続けた。
「――もう二度と、誰にも、あんな思いはさせない」
失う側にも、失われる側にも、なってほしくない。
「絶対に、カナエちゃんを取り戻す」
笑顔と、歌と、自由と――そして仲間を、カナエに取り戻させる。
四人の仲間は、あるいは頷き、あるいは笑って、マコトの決意に同調した。まるで花のように微笑む少女の姿がカナエ本人に重なり、マコトの視界が揺れる。そのまま真っ白に染まった世界が再び色を取り戻すころには、もう現実世界に戻って来た自分を認識していた。
しばらく無言のまま仲間たちと画面越しに見つめ合ってから、マコトはすっと息を吸い込む。
「今からボクも、ゴンタさんの店に行くよ。明日のことについて、みんなで話し合おう」




