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正午近くになってようやく頭がはっきりしてきたマコトは、自宅のベッドの縁に腰かけてデバイスを見ていた。映像通話の状態に切り替えた画面に、エプロン姿のミサキが映っている。
「マコトは、本当にもう大丈夫なの?」
「うん、全然平気だよ。ごめんね、ゴンタさんのお店に手伝いに行けなくて」
「それは気にしなくていいの。代わりにタイシをこき使ってるから」
確かに奥のほうで、細長い人影がゆっくり動いている。適材適所だと言い張り、普段は頭脳労働にしか勤しまないタイシにしては珍しい。
「あれ、二人だけ? ユウくんは?」
ユウには朝から電話をもらっていた。マコトの体調を心配して、今日は家で休んでいたほうがいいと言ってくれたのもユウだった。その彼の姿が、画面のどこにも見えない。
「ユウは問題児を捕まえに行ったわ」
「エリヤくん、なにかあったの?」
粗暴な雰囲気のせいで誤解を受けやすいが、エリヤは自分から率先してトラブルを起こすことはない。けれど、あの謎の存在感もあって、事件や事故に巻き込まれやすいのは確かだ。今回もそれを心配したのだが、あきれたように首を振るミサキの態度から深刻さは感じられない。
「アタシたちに黙って、ひとりでカナエの所属事務所に乗り込んでいったらしいわ」
「え!?」
「正確には、タイシ以外の仲間に黙って、ね――ちょっと、なにサボってるのよ。ちゃっちゃと手を動かさなきゃ永遠に終わらないわよ」
話の途中で振り返り、おそらくはタイシ相手に叱責するミサキを見て、なぜ彼が大人しく手伝いをしているのかわかったような気がした。
「あ、ちょうどユウから着信が来たわ。つなげるわね」
デバイスいっぱいに表示されていたミサキだけの画面が、半分のサイズになって右側に移動する。一瞬だけ真っ黒になった左側の空間に、すぐにユウとエリヤの二人が映った画面が現れた。
「エリヤを無事に確保したよ――って、なんで映像通話? ああ、マコトと話してたのか。体調は? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。さっきは電話をくれてありがとう。エリヤくんも……ええと、お疲れ様?」
裸の街路樹が立ち並んでいる背景から考えて、二人はどこかの広場にいるらしい。不機嫌を絵に描いたようなエリヤのオーラはいつも以上に強烈で、デバイス越しでも肌に突き刺さってくる。
「おい、ミドリ。オレがコスプロに行くことは誰にも言うなっつったろうが」
「遅かれ早かれ、どうせばれていた」頬に生クリームをつけて、フリルたっぷりのエプロンを着用しているにも関わらず、タイシはいつも通りの悠々とした態度でミサキの隣に収まった。
「それで、カナエはどうだった? 俺たちのことが実は昔から顔も見たくないほど嫌いで、異世界での出来事など思い出したくもなかったから迷惑している、とでも言われたか?」
「んな訳ねぇだろ。――仲間だとよ」
はっ、と。誰のものともわからない安堵の息遣いが聞こえた。それでも、顔に喜色を浮かべている仲間はひとりもいない。マコトと同じように『それなら、なぜ自分たちを拒絶するのか』という気持ちのほうが勝っているからだろう。
「まったく意味がわからねぇが、どうやらシロはオレらのことを、自分を犠牲にしてでも守りたいと思っているらしい。アカ、心当たりはあるか?」
「……うん。実は、思い出したことがあるんだ。そのことを、みんなに話そうと思って」
マコトは、けさ見た夢の話を四人に伝えた。夢の中の話ではあったが、あれは実際に異世界であった出来事だ。マコトとカナエしか共有していない記憶なので、ほかの仲間たちにとっては初耳だろう。
「なによ、氷の女王の縁者って。だったらなんだっていうの?」
「やはり、あの曲はカナエが作っていたか。他人に歌わせるなど、紛らわしいことを」
「異世界に来る前から、カナエさんは僕たちのことを知っていた……?」
「ったく。なんの確証もねぇことに、よく責任なんか感じられるな」
仲間たちは、それぞれの意見を正直に吐き出してくれる。その中のどれにも、カナエのことを責めるような台詞は見当たらなかったことが、マコトはうれしかった。タイシの感想も、かろうじてセーフという判定にしておく。
「エリヤくん。取り戻した記憶の中に、氷の女王を倒したときのシーンはある?」
「あ? ……いや、ねぇな」
「――やっぱり」マコトと同じように全部の記憶を保持したエリヤの、はっきりとした答え。そのおかげで、ずっと自分の中で燻っていた疑問にようやく得心が行く。
「そういえば、マコトはアタシと再会したときにも気にしてたわね。アタシたちは本当に氷の女王を倒したのかって。それとカナエの態度と、なにか関係があるの?」
「……うん。ボクたちは氷の女王を倒したと思っていた。でも、本当は違ったんだ」
マコトはひとつ大きく頷いて、腹の奥に力を込めた。
「氷の女王は、まだ生きている。生きて、こっちの世界にいる」短く吸った息を、深く吐き出す。「――カナエちゃんの中で」
デバイスに映った四人の瞳が、同時に大きく見開かれる。まるでそれが自分に与えられた当然の罰であるかのように、マコトは黙って仲間の視線を受け止めた。
「ちょっと待って。話がよくわからないわ。どうして、そう言い切れるのよ。マコトはなにを知ってるの?」
記憶のないミサキが混乱するのも無理はない。すべてを思い出したマコトには、仲間たちに語らなければならないことが多すぎた。懺悔であり、自分の弱さの告白でもあるそれを、四人に伝えることは勇気がいる。けれど意を決して、岩のように固く閉じられた己の唇を開いた。
「……ボクの、全部ボクのせいなんだ。ボクが、あのとき迷ってしまったから、だから――、っ!?」
その瞬間、マコトの全身の輪郭が淡く輝き出した。この光には覚えがある。あの、三年前の始まりの日。異世界に転移する直前に起こった、説明のつかない不可思議な現象。
「みんな……!」
慌てて画面に目を向ければ、遠く離れた場所にいるはずの四人の体も同じように光に包まれていた。驚きながらも、すぐに強い意志を込めた眼差しをマコトに送ってくれる。大丈夫、わかっている。無言で、そう伝えてくれる。
頼もしい仲間がいてくれることに感謝しながら頷きを返すマコトの視界が、やがて光のトンネルに突入したかのように白く染まった。




