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【完結】英雄小学生アフター~氷の女王と春の歌姫~  作者: 森原ヘキイ
第六章 いつもお先に、失礼します
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6-2

 エリヤは自分がフードを被っていることを再確認すると、上りのすぐ隣にある下りのエスカレーターへと足を踏み出した。都合のいいことに、このエスカレーターの途中には階段のような踊り場が存在する。上がって来るカナエがそこに足をかけた瞬間、エリヤは下り側の踊り場めがけて飛び降りた。


「!」


 軽々と着地を決めたエリヤは、細い手すりを挟んだ向こう側で驚いているカナエの腕を、振り向きざまにつかむ。そのまま強く引き寄せて視線を合わせると、最後の衝撃が脳内を駆け巡った。


「エリヤくん……っ? どうして、こんな所に」

「マジでお前なのか、シロ」


 ユウ以外の人間は基本的に名字で呼ぶエリヤは、カナエのことも例にもれない。記憶を思い出した余波なのか、堪えるように目を細めたカナエが戸惑いながらも口を開いた。


「……マコトくんには会ってるよね。だったら、私の気持ちはわかってると思うけど」

「オレらに会いたくないってやつだろ。まあ、アイドルとして成功してたら、一緒に異世界を救ったなんて言うおかしな連中とは関わりたくねぇよな」

「そんなことは言ってない」


 試しにタイシが口にした説を唱えてみれば、カナエは明らかに心外だという表情で睨んでくる。


「なら、ほかにどんな理由がある? オマエに会いたい会いたいって子犬みてぇにキャンキャン騒いでる奴らに、どうしても会わねぇ理由ってのはなんだ?」

「それは……」


 言いたくないのか。それとも、言えないのか。後者だと仮定すると、芸能事務所という今のこの場所が関係しているのかもしれない。


「コスプロの方針か? どこの馬の骨ともわからねぇ一般人とは付き合うな、って?」

「それもない。社長もマネージャーも、みんなすごくいい人たちだよ」


 ワイドショーで聞きかじった程度の芸能界情報を基に推論を立てるが、話にならないとばかりに首を振られた。どうやら、ここの事務所はカナエたちに優しいらしい。思えば、さっきの駒田というスタッフも実直そうではあった。


「なら、答えはひとつしかねぇな。――オマエは、オレたちを庇ってる。いや、守ろうとしてんのか?」

「っ」


 限界まで目を見開いて、カナエが息を呑んだ。なぜか『氷の王子』などと呼ばれているらしいが、カナエは無口でも無表情でもない。嘘も演技も下手だ。この先、ドラマに出ることにでもなれば大変だろうなと、エリヤは呑気なことを考える。


「自分と接触することでオレたちに危害が及ぶと、そうオマエが確信するなにかがあるんだろ。おら、とっとと吐け。なんでもかんでも、ひとりで抱え込んでんじゃねぇ」

「……そうやって、ひとりじゃなんにもできないみたいに言わないで」

「ネガティブに受け止めんな。ひとりでなんでもしなくたっていいって言ってんだよ」

「あ、あ、あ、あのあのあの! ごめんなさいちょっとストップしてください! これは本気のトラブルですか? それともお友達同士の喧嘩ですか? 部外者なのに本当にごめんなさい、でも確認だけはさせてくださいっ!」


 第三者の声が、急に上から割って入って来た。舌打ちしながら見上げると、そこにはエスカレーターを急いで駆け下りてくる少女の姿。スターレットメンバーの、確か名前をヒカリといっただろうか。ヒカリは踊り場までやってくるなり、カナエの腕をつかんだままだったエリヤの手を「ちょっと失礼しますっ」と言いながら引き剥がし、二人の間に自分の体を割り込ませた。エリヤの圧力を間近で感じるのは、慣れない人間には相当きついだろうに、初対面の少女は口元をぎゅっと引き結びながら、エリヤを正面から見極めようとする。


「……友達じゃない」ぽつりと、カナエの否定がフロアに響いた。そこまで自分たちと関わりたくないのかと、エリヤが鋭いため息をついた瞬間。


「――仲間」


 たった一言だけの、けれど力強いカナエの声。ここに来て初めて、エリヤが言葉に詰まる。


「でも今は顔も見たくないから追い出しておいて、ヒカリ」

「うえ!?」

「おい、ふざけんな。まだ話は終わってねぇぞ。せめて連絡先を教えやがれ」

「わあああ! 待って待って、待ってくださいお願いします!」


 くるりと背中を向け、エスカレーターを使って上の階へ行ってしまうカナエを追いかけようとしたエリヤだったが、横からヒカリががっちりとホールドしてきて身動きがとれなくなる。狭い場所で無理に振り払って、ヒカリに怪我をさせても面倒くさい。エリヤは苦々しく思いながら、カナエの後ろ姿を見送った。


「カナエちゃんのアドレスは駄目ですけど、わたしのでよければ教えますので、今日のところはそれでお引き取りくださいっ」

「……オマエ、仮にもアイドルだろうが。自分から個人情報をホイホイ渡そうとしてんじゃねぇよ。オレが悪い奴だったらどうする」

「え? だって、カナエちゃんのお仲間さんなんですよね?」逆に、この人は何語を喋っているのだろう、とでも言いたげな不思議そうな顔をされる。「なら絶対に大丈夫だと思うんですけど……あれ、変ですか? 変かな?」


 首を傾げて自問自答を始めたヒカリは、やがてなにかを思いついたように、ぽんっと手を打った。


「じゃあ、こうしましょう! なにかひとつ、わたしがあなたのことを信用できる決定的な情報をください。じゃないと、連絡先は教えてあげませんよっ」

「なにひとりで楽しくなってんだ。勝手に面倒くせぇこと始めんな」


 ふっふっふと、なぜかうれしそうに笑いながら、ヒカリが手ぐすね引いて待ち構える。最近のアイドルは全員こんな感じなのか。こんなアイドルで本当に大丈夫なのか。――そうだ、アイドルといえば。


「オマエ、アレに会っただろ。握手会で」

「どれですか? あ、ちなみに出題者はヒントを必ず教えなければいけないことになっているので、ぜひ詳しくお願いします」

「後出しでルールを追加すんじゃねぇよ。――オマエがライブで一度だけ歌ったソロ曲について『あれはオマエが作ったものじゃねぇだろ』って難癖つけてきた、常識知らずの突っ走り暴走野郎がいただろ」

「はて?」


 なかなかインパクトのある質問をしたマコトの存在を、当然ヒカリも覚えているだろうと思ったが、そんなこともなさそうだ。視線を宙にさまよわせて、周波数の合わないラジオのような状態に陥っている。あの誠実とお人好しを絵に描いたようなマコトもカナエの仲間であるとわかれば、自ずと信用は得られると思っていたのだが、どうやら当てが外れたらしい。ほかの手段を模索する手間を想像してエリヤがため息をついた、そのとき。


「常識知らずの突っ走り暴走野郎さんに覚えはありませんが、未熟なアイドルの頑張りを認めて励ましてくれた、とっても素敵なマコトさんなら知ってます」


 そう言って、まるで花が咲くかのように幸せそうに微笑むヒカリを見て、エリヤは自分の勝利を確信した。なかなかどうしてマコトも隅に置けないと、頭の中で感心しながら。



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