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【完結】英雄小学生アフター~氷の女王と春の歌姫~  作者: 森原ヘキイ
第六章 いつもお先に、失礼します
19/38

6-1

「マコト、もう大丈夫だって。さっき電話して様子を聞いてみたんだけど、ぐっすり眠ったおかげでだいぶ落ち着いたって言ってた」

「……そうかよ」


 デバイスを通して聞くユウの声は、わかりやすく安堵の響きを帯びていた。よっぽどマコトのことを心配していたのだろう。どこまでも律儀で世話焼きな奴だと、エリヤはあきれる。


 ゴンタの店でマコトが急に眠りに落ちたときは何事かと思ったが、タイシの「記憶をすべて思い出したことで疲弊した脳が休息を欲したのだろう」という言葉を、ひとまず信用することにした。異世界の存在も事情も知らないゴンタに危うく救急車を呼ばれそうになったものの、なんとか無事にゴンタの車でマコトを自宅まで送り届けた――という、きのうの一連の出来事を思い返したエリヤは、短いため息をつく。


「でも一応、今日は家で休んでもらうことにした。ただ、話したいことがあるみたいだから、あとで皆で通信をすることになってる。エリヤはゴンタさんの店に来るだろ? 駅には来てないみたいだけど、また遅刻か? 今、どこにいるんだ?」

「外。後で連絡する」

「え、ちょっと待っ――」

「いいんですか? ユウさんからの電話を、そんなに雑に切っちまって」


 電話どころかデバイス自体の電源までオフにしたエリヤの手元を、隣に立つ長身の男がひょいとのぞき込む。


「悠長に話してる時間なんかねぇだろ。っつか、なんで相手がユウだってわかった」

「秘密主義のエリさんのアドレスを知っていて、なおかつエリさんがワンコールで電話に出る相手なんてユウさん以外いねぇでしょうよ。……お、もう着きますよ。ったく、なんでただの家政夫の俺なんざ駆り出すんだか」

「昔取った杵柄を存分に振るうチャンスだろうが。せいぜい懐かしめ」

「十五年もブランクがあるってこと、忘れてねぇですよね? ――まあ、エリさんの無茶に付き合うのも仕事のうちなんで、やれる限りのことはしますけども」


 男の長いため息と、目的階への到着を知らせるチャイムが重なる。タイミングを同じくして、正面の扉が音を立てて左右に分かれた。


 新設ビルの十六階に構える芸能事務所という割には質素で簡素だ、というのがエリヤの第一印象だ。白を基調とした明るいフロアで待ち構えていたスーツ姿の男性が、エレベーターから降りたエリヤを見るなり飛ぶようにやって来る。


 コスモスプロダクション所属のスタッフであろうその男性に、エリヤは見覚えがなかった。数か月前にエリヤをスカウトした人物とはおそらく別人だが、きのう電話で取り付けたアポ通りの時間に待ち伏せしていたところをみると、その話を把握していることは間違いない。


「く、黒鐘エリヤさんでありますか!? ようこそ、コスモスプロダクションへ! 本日はご足労いただき誠にありがとうございます! じ、自分は駒田(こまだ)と申しま――っと、こ、こちらの方は……!?」


 がっしりとした四角い体型の上に乗っている、四角い角刈り。駒田と名乗ったスタッフは、見た目も雰囲気もまだ若そうだ。がちがちに強張った動きや口調は、性格によるものなのか緊張からくるものなのか、エリヤには判別がつかない。駒田はなぜか敬礼をしながら大声で挨拶を繰り出し始めたが、その目がエリヤの隣にいる男を捉えた瞬間、ぐわっと見開いた。


「はじめまして、エリヤの母の従妹の祖父の兄かもしれない姉のはとこの孫の叔父にあたりますので、つまりは一周回って叔母です。芸能事務所に所属してアイドルになるなんてことになれば、家庭事情をお話しないわけにはいかないでしょう? 実はそれがちょっとだけフクザツなものですから、その辺りはワタシのほうから説明させていただけたらとエリヤにくっついてきてしまいましたの。ご迷惑でしたかしら?」


 筋骨隆々とした肉体を孔雀のように派手なチャイナドレスで包み、化粧で顔を厚く塗りたくった叔母と名乗る大男を見ても、角田は驚きこそすれ怯むことはなかった。多種多様な人材が豊富な芸能界で仕事をしていれば、嫌でも耐性がつくらしい。


「おば、あっ、エリヤさんのご親戚殿でありますか! 迷惑などと、とんでもありません! お会いできて光栄であります!」


 背筋をぴんと伸ばして、あくまでも敬礼を忘れないあたり、角田の前任は警察官か自衛官だったのかもしれない。無言のまま観察を続けながら、エリヤは我関せずであくびを噛み殺した。


「実は、かくかくしかじかでエリヤの耳には入れたくないこともございますの。二人だけでみっちりがっつり三十分くらいかけて念入りにお話させていただいても?」

「それは、もちろん! エリヤさんのお気持ちが第一でありますので! では、どうぞこちらへ――ささ、エリヤさんも!」交通整備のように大きな身振りで誘導しようとする駒田を、自称叔母が指輪をゴロゴロはめた手で制す。


「ああ、大丈夫です。エリヤは新しい場所に来ると固まってしまう体質ですので、しばらく放っておいてあげてくださいな。ここに慣れれば、そのうち勝手についてきます」

「なんと! 猫のようで非常に愛らしいでありますな! では、エリヤさん! 叔母上殿を先行してお連れいたしますので、エリヤさんはどうぞ存分におくつろぎつつ、ごゆるりといらっしゃってください!」


 ぺこぺこと芝生のような頭をエリヤに向けて何度も下げてから、駒田は自称叔母を先導して軍隊レベルの行進を開始する。その後に続いた自称叔母が、後ろ手にちょいちょいと太い指を動かした。「ちゃんと時間は稼いでおくんで、さっさと行って帰ってきてくだせぇ」という催促であり、静かな抗議でもあるのだろう。奇妙な二人組の背中が見えなくなるまで待ってから、エリヤはフードを被り直してその場を立ち去った。


 わざわざ住み込みの家政夫を引っ張り出し、妙な仮装をさせてまでコスモスプロダクションに乗り込んだ目的はひとつ。エリヤはそれを探して素早く移動する。規模も小さく、人も少ない事務所だ。誰とも鉢合わせることなく、下の階とつながっている吹き抜けのフロアに出たエリヤは、そこでようやく目標を発見する。


 角度の緩いエスカレーターに乗って、こちらへ上がってくるひとりの人物。


 スターレットの白宮カナエ。

 マコト曰く――六人目の仲間。

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