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真っ白な雪原を覆い尽くすように広がる、二重三重のオーロラ。異世界では当たり前の空の下に、マコトとカナエはいた。体育座りで仲良く並んで座りながら、同じ視点の景色を静かに眺めている。
「私は、氷の女王の縁者なんだって」
「エンジャ?」
「縁がある者。世界を超えたつながりがあって、共鳴しやすく共感しやすい。占い師のカールストックさんに、そう言われたの」
カナエの声と唇が震えている。きっと、寒さによるものだけではないだろう。マコトはどう答えていいかわからず、ただカナエの生み出す白い息を見つめていた。
「だから、ひょっとしたら……私のせいなのかもしれない。私がみんなを巻き込んで、この世界に連れてきてしまったのかもしれない」
「それって――」一体どういうことなのかとマコトが尋ねるよりも先に、カナエが声のトーンを明るく変えて続ける。
「前にマコトくんに教えた曲を覚えてる?」
「え、うん。……あ、ごめん。あのあと、ミサキちゃんにこっそり教えちゃったんだ。もちろん、カナエちゃんが作ったことは言ってないよ」
慌てて謝りながら首を振ると、カナエが「別にいいんだよ」と、恥ずかしそうに笑う。
「あの歌詞は、私のことなんだ。しばらく入院していたことは、前に話したよね? その病院の窓からは大きな通りの横断歩道がよく見えたから、私は毎日そこを渡る人たちを眺めていたの。ランドセルを見つけるたびに『私も早く学校に行きたいな』って思いながら」
病院には見舞いくらいしか行ったことのないマコトには、そこでずっと生活していたカナエの気持ちははっきりとはわからない。けれど、さみしいという気持ちだけは痛いほど伝わってきた。
「そのときに、マコトくんを見つけたんだよ」
「え!?」
「車にひかれそうな犬を助けようとして道路に飛び出したのって、マコトくんだよね?」
カナエの言葉をスコップにして、昔の記憶を掘り起こす。やがて、固く地面に埋めていたタイムカプセルを開けたマコトは、情けなさと恥ずかしさで身を小さく縮めた。
「そ、そうです。いくら犬を助けるためでも危ないことをしちゃ駄目だよって、あの後、おまわりさんにめちゃくちゃ怒られました……」
「ふふっ、私も本当にびっくりしたよ。しばらく咳が止まらなくなっちゃった」
「え!? ご、ごめんね!?」マコトの大げさな反応を見て、カナエが笑いながら首を振った。腰まである長い髪が、さらさらと音を立てて宙を舞う。
「マコトくんだけじゃないの。ミサキちゃんもタイシくんもユウくんもエリヤくんも、横断歩道の辺りで見かけたことがあって、マコトくんと同じように印象が強かったから覚えちゃった」
そのときのことを思い出していたのか、しばらく懐かしそうに目を細めていたカナエの表情が、さっと曇る。
「――だから、だからやっぱり、私がみんなをここに連れてきたのかもしれない。異世界に来るはずだったのは本当は氷の女王の縁者である私だけで、みんなはそれに巻き込まれたのかもしれない。だって、それ以外に共通点がないもの。小学校もバラバラで、みんな初対面なのに、私だけは知っていた。『この子たちと友達になりたい』という、私の一方的な願いだけが、みんなをつないでいた。だから……」
そこまで一気に言葉をはき出すと、カナエは立てた膝に顔を埋める。小さく震える細い肩をしばらく見つめてから、マコトはゆっくりとオーロラを仰いだ。
「カナエちゃんは、この世界で冒険できて楽しかった?」
突然の質問に戸惑っているのか、返ってくる答えはない。気にせず、マコトは続ける。
「つらかったことも苦しかったこともいっぱいあるけど、ボクは楽しかったよ。だって、ひとりじゃなかったから。みんなと一緒だったから」
それがマコトの、この冒険の終わりを目前にした今の素直な気持ちだった。夜が明ければ、氷の女王との最後の戦いが始まる。六人の旅も、もうすぐ終わってしまう。
「だから、もし本当にカナエちゃんがボクたちをこの世界に連れて来たんだったら、ボクは『ありがとう』って言わなくちゃ」
「え……?」
驚いたように跳ねる声。カナエが顔を上げる気配を肩のすぐ近くで感じながら、マコトは空に向けて真っ白な息をはく。
「だって、カナエちゃんがボクたちを引き合わせてくれたんでしょ? カナエちゃんが、ボクたちと一緒にいたいと思ってくれなかったら、ボクたちは出会えなかったんだよね」
一語一語、確かめるようにゆっくりと。ひとつひとつ、大切に紡いでいく。
「それはボクにとっては、やっぱり『ありがとう』だよ。ほかのみんなも、きっと同じだと思う」
マコトより遥かに強く優しい仲間たちなら、今のカナエの悩みなど一瞬で吹き飛ばしてくれるだろう。長く厳しい冒険の中で培った確かな信頼を胸に抱きながら、マコトは笑う。
「それに、カナエちゃんがひとりきりでこの世界に来るようなことにならなくて、本当によかった」
不安げなカナエの瞳をじっと見つめ返すと、マコトは押しくらまんじゅうのように、こつんと軽く体を寄せた。「ひとりだけなら、ここはちょっと寒すぎるけど、こうやってくっついてたら、あったかいもんね」
もこもこした防寒着越しでも、カナエの柔らかさと温かさが感じられた。同じように、自分の気持ちもカナエに伝わっていればいいと願いながら、マコトは緩く目を閉じる。しばらくそのまま黙っていると「……うん、うんっ」と、カナエがなにかを堪えるように何度も何度も頷いた。
「――マコトくん。私、頑張るね」
そのときのマコトは、ただカナエが笑顔になってくれたことが単純にうれしかった。けれど今にして思えば、もっと話を聞いておけばよかったのかもしれない。カナエがなにを決意して、なにを頑張ろうとしていたのかを聞いておけば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
「……」
懐かしい夢から目覚めたマコトは、そのままぼうっと自分の部屋の天井を見上げた。やがて、枕元に置いていたデバイスがユウからの着信を告げる。確認しようと寝返りを打ったマコトの頬を、一筋の涙が流れ落ちた。




