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「六人目の仲間は、ヒカリじゃなくてカナエだった!?」
「うん……」
クマ型の警備ロボットにミュージアムから追い出されたマコトが、その足でゴンタのケーキ屋にやってくると、ミサキとユウがエプロン姿で出迎えてくれた。真面目な二人は、ゴンタの手伝いをしているようだった。
一方、イートインコーナーには、デバイスをいじっているタイシと、フードをすっぽり被ってミノムシのように動かないエリヤ。エリヤに関しては、いつもは絶対に座らない、通りに面した窓側の席にいるあたり、多少は客寄せに貢献しようとする意志が感じられる。
そして、どうやら効果はあるらしい。ショーケースでケーキを選びながら、ちらちらとエリヤのほうへ視線を送る若い女性客がいる。ゴンタが彼女を接客している間に、ミサキとユウもイートインコーナーにやってきた。五人勢揃いの報告会だ。
「ボクの記憶が戻ったし、カナエちゃんもボクを見て『マコトくん』って言ってたから間違いないよ。……でも、おかしいんだ。ボクたちに会いたくないんだって」
ミサキとユウが驚いて息を呑むのとは対照的に、タイシとエリヤはぴくりとも表情を変えない。けれどそれぞれ同じように黙って、マコトの次の言葉を待った。
「ボクもまだ全部を思い出したわけじゃないけど、カナエちゃんがボクたちに会いたくないって思う理由がわからないんだ。だって異世界にいたときは、すごく優しくて仲間思いで、いつもニコニコ笑ってくれてたんだ。誰かを嫌いになったり、誰かに嫌われたりするような子じゃないんだよ」
ほかの四人も、カナエのことを思い出せたなら、きっと今のマコトの意見に同意してくれるはずだ。仲間ひとりひとりの目を見つめながら、マコトは力説する。
「時間がなかったから、ゴンタさんがカナエちゃんに『ありがとうって言いたかった』ということくらいしか伝えられなかったんだけど……」
「伝えてくれたんですか、マコトさん! ありがとうございます!」ケーキを購入した客を店の外に送り出したゴンタが、そのまま輝くような笑顔で合流する。
「なんでそれを優先するのよ、せっかくのチャンスだったのに」と、ミサキの最もな意見。
「ごめんね、それだけは絶対に言わないと駄目だと思ったんだ」
「すみません……」
「ゴンタさんが謝ることはないですよ。マコトも、本当にお疲れ様。六人目の仲間がカナエ……さん、ということがわかっただけでも十分すぎる収穫だよ」
優しいユウの労いの言葉に、マコトがほっと息をはいたのも束の間のこと。「カナエさんが仲間!?」という甲高い驚きの声が近距離から上がったので、思わず耳を塞いでしまった。
「ど、どういうことなんですかっ? 皆さんは、カナエさんのお友達なんですか!?」
「えっと……」
どこまで説明していいのかわからないマコトは、興奮して肩をつかんできたゴンタにがくがくと体を揺すぶられながら、視線で仲間たちに助けを求める。
「小学生のときに一緒に遊んでいた大事な友達がいたんですが、あまり覚えていなくて。でも色々調べてみるうちに、もしかしたらスターレットの中の誰かかもしれないというところまでたどり着いたんです。その確認のために、どうしても握手会に参加したくて……」と、異世界のことは上手に伏せながら、ユウがなだめるように説明してくれる。
「そ、それを早く言ってくださいよ! そういう事情があるなら、参加券なんてすぐに渡しましたよ!」
「だからです」
「へ?」マコトの返答を受けて、ゴンタが不思議そうに首を傾げる。
「ゴンタさんは『友達に会うために参加券が欲しい』と言えば、きっとすぐに渡してくれる。でも、それはフェアじゃないからって――タイシくんが」
きのう、ゴンタの店に来る前のこと。タイシは四人に、こう説明した。『お人好しのスターレットファンから大事な参加券を喜んで献上させるために、俺たちができる限りのことを対価として差し出す』と。
「……まったく。タイシさんは、変なところで常識人ぶるんですから!」
「ぶる、とはなんだ。俺はいつだって真っ当な思考を持つ正統派な――」
「いいですか、君たちは子どもなんです! もっと大人を頼ってください! 信じて、甘えてください! 全力で応えられるように、私たち大人も頑張りますから!」
タイシの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜるゴンタを見ながら、この人は本当にいい人なんだなと、マコトは思う。だからこそ、偏屈なタイシの友達をやっていられるのだとも。
「……覚えておこう」大人しくいじられているタイシの眼鏡は、店舗照明の光を反射して真っ白だ。きっとその向こう側にある目は、笑いの形をしているに違いない。
「あ、いらっしゃいませ!」これもエリヤ効果なのか。今度はにぎやかな親子連れが店に入って来た。ゴンタは応対に向かうために背を向けるが、途中で「大事なことを忘れてました」と、こちらを振り返った。
「探していたお友達が見つかって本当によかったですね、皆さん!」
心からの、うれしそうな笑み。目じりを限界まで下げたそれは、まさしくパンダの笑顔だ。るんるんとステップを踏みながら、今度こそゴンタはいなくなる。
「……だ、そうだ。まあ、そのお友達のほうは、オレらには会いたくないって言ってるらしいけどな」
ほんわかとした動物園気分を切り裂くような、先端の尖った声。その場に存在する八個の目が、一斉にエリヤに向けられる。
「六人目にとっては、異世界での記憶なんてどうでもいいってことだろ。なら、放っておけばいい」
マコトの中には、カナエに再び会うための手段を考えるという選択肢しかなかったので、エリヤの意見はまさに寝耳に水だった。返す言葉がなかなか見つからないのは、さっきからずっと続いているひどい眠気のせいもあるのかもしれない。
「またエリヤは、そんなことを……カナエさんだって、急に記憶が戻って混乱しているだけかもしれないだろう?」
マコトも、ユウのその意見に同意したかった。けれど、あのときのカナエは確かにはっきりと拒絶をみせた。マコトとの記憶を正確に思い出したうえで、仲間に会うことを拒んだ。
「エリヤの言うことにも一理ある。カナエはすでにアイドルとしての道を踏み出している。異世界を救った仲間などと訳のわからないことを言って近づこうとする一般人と関わり合いになって、おかしな噂など立てられでもしたら迷惑だろうな」
「アンタ、それ本気で言ってるの?」
「その可能性もある、というだけだ」
タイシの答えに、はあっと大きなため息をこぼしたミサキは、頬杖をつきながら指先でテーブルをとんとん叩いた。
「正直、アタシたちには判断材料が足りないのよね。昔のカナエも今のカナエも、ほとんど知らないもの。だからアタシは、実際に会って記憶も思い出したマコトの意見をもっと聞きたいわ」
「――ボクは」
カナエ自身は、なにも変わっていない。だから、会えない理由はそこにはない。
あのときはとっさに『助ける』という言葉が口から出てきたが、それをどこから拾ってきたのか自分でも不思議だった。思い出したカナエとの記憶を収めようと、慌ただしく動いていた頭の中のアルバム。その高速でめくられていたページの中から、マコトは自分でも気づかないうちに、大事ななにかを見つけ出していたのかもしれない。
「ボクは……」
言いたいことはたくさんあった。けれどマコトの意識は、マコトの意志を無視しながら、静かに静かに沈んでいった。




