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【完結】英雄小学生アフター~氷の女王と春の歌姫~  作者: 森原ヘキイ
第五章 再会からの、ごきげんよう
16/38

5-2

「モウ一度ルールヲ破ッタラ会場ノ外ニ叩キ出シマス」


 クマの警備ロボットに担がれてロビーに戻って来たマコトは、そのままぽいっと放り投げられる。「すみませんでしたっ! ご迷惑をおかけしました!」と、クマの背中に向けて水飲み鳥のように頭を下げ続けるマコトに向けられた、スターレットファンたちの視線が痛い。


「これから、どうしよう……」


 握手はアイドルひとりにつき一回だけという決まりなので、ヒカリの列に並び直すことはできない。あの曲を作ったヒカリの友達について、もう一度ヒカリ本人から聞き出すという手は使えない。タイシなら、もっとうまくできたのだろうか。ミサキだったら、ユウだったら、エリヤだって、きっと自分よりうまくできたはずだ。ゴンタのケーキ屋で待機してくれている仲間たちを思って、マコトは深いため息をつく。


「……あ、そうだ。まだ、ゴンタさんのお願いが残ってるんだった」


 せめて、彼に託された任務だけはまっとうしたい。握手会の後半戦まで待つことに決めたマコトは、時間までミュージアムの中を散策することにした。

 若い感性が手掛けた、まったく新しいデザイン。それが、このミュージアムのキャッチフレーズらしい。ガラスでできたルービックキューブや、ガラスでできたプラネタリウムが合体したような奇抜な外観に驚かされたマコトだが、内側から見る光景もまた不思議だった。


 壁から天井までが、ほぼガラスでできているので、外の景色が丸見えだ。青い空と緑の木々に囲まれた空間に、日の光が波紋のように差し込んでいる。ロビーや握手会場から離れているため、雑音はまったく聞こえない。日向に置いた水槽の中を泳ぐ魚はこんな気持ちなのだろうかと、マコトはぼんやり思った。

 

 そのまま進んでいくと『関係者以外立ち入り禁止』という立体映像の文字が、ぽんと目の前に飛び上がってきた。文字の向こう側には、大きくて長いガラスの階段が続いている。さすがに警告を無視して階段を上る気にはなれなかった。そうなったら最後、あのクマのロボットがやってきて、今度こそ会場の外に摘まみ出されてしまうだろう。


「あ……」


 大人しく引き返そうと、回れ右をする直前。何気なく階段の先を見上げたマコトは、そこにひとりの少女の背中を見つけた。長い階段が左右に二つに分かれる根っこの部分で、大きなガラス越しに外の様子を眺めている。下にいるマコトからは少女が見ているものはわからなかったが、その少女がスターレットの一員であることはわかった。ヒカリと似た系統の服装であることに加えて、長身で細身のスタイル。外からの光が、まるで後光のように輪郭を縁取っている彼女の名前は――。


白宮(しろみや)カナエ。ファンの間では『氷の王子』と呼ばれているらしい」


 タイシとの会話が、マコトの脳裏に蘇る。「クールビューティー。無駄のない完璧なパフォーマンス。冷静沈着で感情表現に乏しいというイメージからの呼び名だろう」と、タイシは分析していた。確かに、動画の中でヒカリと一緒に映っているカナエは、あまり表情を変えなかった気がする。けれど、その声と視線は、いつも優しくメンバーに注がれていた。とても『氷』がつくようなあだ名をつけられるほどの冷たさは感じられない。『氷の女王』という、人知を超えた恐ろしい存在を既に知ってしまっているだけに、マコトは余計にそう思う。


 そんなことを考えながらまじまじと見ていたせいか、ふと、なにかに気づいたようにカナエが振り向く。目が合ったと思った、その瞬間。


「え――?」


 五回目の異変。六人目の仲間に出会ったときにしか起こらないはずの現象が、今まさに起きていた。混乱するマコトの頭の中で、アルバムのページが物凄い勢いでめくられていく。雪崩のように襲ってくる情報量に耐え切れず、思わず膝をついてしまいそうになるが、マコトは足にぐっと力を入れながらカナエを見上げた。


 彼女はその場で立ち尽くしたまま、見たことがないような驚愕の表情を浮かべている。やがて、淡く色づいた唇がゆっくりと動いた。


「……マコト、くん」

「カナエちゃんっ!」


 思わず名前を呼んでいた。その間にも、記憶がどんどん戻っていく。痛む頭を抑えながら、くっつきたがるまぶたを必死でこじ開けてカナエを見つめる。


「カナエちゃん、やっと見つけた! ボクのこと、わかるよね? 赤星マコトです! ミサキちゃんもタイシくんもユウくんもエリヤくんも、みんな君に会いたがってる! みんなで君を探してたんだ!」


 頭の中は記憶の処理でフル回転しているため、どんなふうに声をかければいいのかということを考えるための容量が足りない。なので、ありのままの素直な気持ちだけを矢継ぎ早に投げかけた。どうか届いてくれと願いながら。


「――私は」


 冷たい声。感情のない声。異世界では一度だって聞いたことのなかった声が、カナエの口から出てくる。


「私は、会いたくない」


「え……?」


 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。予想もしていなかった言葉を受けて呆然とするマコトを置いて、カナエはそのまま枝分かれした片方の階段を上って行ってしまう。


「待って、カナエちゃん! なんで!? なにがあったの!?」

「――もう、あなたたちの知っている私はいないの」


 カナエは止まらない。向かっている先は、おそらく握手会場だろう。それなら、まだチャンスはある。ヒカリのときのように列に並んで、もう一度ちゃんと話をしよう。頭ではそう思っていても、身体が先に動いてしまった。マコトは『関係者以外立ち入り禁止』の立体映像を体当たりで突き抜けて、そのまま階段を駆け上がる。


「……っ、ゴンタさんが!」


 さっきまでカナエが立っていた場所に辿り着くと、彼女の背中へ向けて大声を投げる。思いもしなかった人の名前が真っ先に口をついて出たことにマコトは自分でもびっくりするが、その勢いのまま思いっきり息を吸い込んだ。


「ケーキ屋のゴンタさんという人が、ずっとカナエちゃんに『ありがとう』って言いたかったって! ケーキ屋をやめてしまおうと思っていたときに、頑張っているキミの姿を見て、元気と勇気がわいたんだって! かっこいいパフォーマンスだけじゃなくて、いつも周りのことを気遣う優しさにも、すごくすごく力をもらったんだって!」


 ――今の私がいるのは、カナエさんのおかげなんですよ。


 ゴンタはそう言って恥ずかしそうに、どこか誇らしげに笑っていた。「なので、どうしても会って直接お礼を言いたかったんです」と言いながら渡してくれた、握手会の参加券。それを無駄にすることはできない。


 息を切らしながら両手で両膝を抑えたマコトは、背中を向けたまま立ち止まるカナエの足元をじっと見つめる。


「……カナエちゃんは、カナエちゃんだよ。異世界でも、こっちの世界でも、キミに救われた人がたくさんいる。キミは、なにも変わってなんかない」


 音が止んでいた空間に、再び靴音が響き渡る。


「ボクたちに会えない、本当の理由を教えてっ」


 淡々とした一定のリズムは、止まらない。


「なにかあるなら、絶対に助けるから!」


 ゆっくりとゆっくりと、遠ざかっていく。


 ――そのまま一度も振り返ることなく、カナエは立ち去った。小さな背中が視界から消えるまで見届けてから、マコトは細く長い息をつく。完全に脱力してしまった体が、重くて動かない。せめてカナエのなにかしらの痕跡を探そうと、首だけを巡らせて窓の外を眺める。そこからは、あの氷の城がよく見えた。


「カナエちゃん……」


 音にもならないような声でマコトが呟く。その後ろから、クマの形の黒い影がゆっくりと差した。

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