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「ミサキ、このデバイスに向けて歌え。誰の曲か検索する」
『豪華レストランビュッフェ五名様ご招待』で用意された席が、店の一角を貸し切ったコの字型ソファだったのは幸運だった。マコトたち以外の客が近くにいなかったので、ミサキも渋々ながらタイシの無茶振りに応えてくれる。
空になったエリヤの皿の近くに置かれたタイシのデバイスから、地球儀のような立体映像が浮かび上がった。ミサキの小さな声がたどたどしくメロディを紡ぎ始めると、その曲調に合わせるかのように各国が明滅する。やがて、覚えている部分まで歌い切ったミサキが、はあっと大きく息をはきながらソファに沈んだ。
「オ疲レ様デシタ。素人ニシテハ、マアマアデス。次ハモット頑張リマショウ」
「余計なお世話よっ! なんなの、このバトラー。タイシそっくりじゃない」
デバイスの中に常駐して、執事のように音声でサポートしてくれるAIバトラーは、持ち主の使用履歴などに応じて性格を変える。タイシのデバイスにいるバトラーは、確かにタイシのような言い回しをすると、マコトも思った。
「ありがとう、ミサキちゃん。すごく上手だったよ」
「いいのよ、そういうのは。……仲間探しのためじゃなかったら、絶対に歌わないわ」苦虫を噛み潰したような顔をしたミサキが、口直しとばかりにブッシュドノエルにかぶりつく。
「検索結果デマシタ。照合率九十ニパーセント。表示シマス」
バトラーの声に合わせて、地球儀の映像が動画へと切り替わった。すぐに、賑やかな歓声が聞こえてくる。どこかのライブ会場だろうか。暗いステージの上で、淡い色の長い髪をふたつに結んだ少女がたたずんでいた。黄色や橙色を基調とした衣装をまとった姿が、まるでヒマワリのようにも見える。やがて、ゆっくりと降り注ぐ一条の照明を受けて、俯いていた顔が天を仰いだ瞬間。はっと、マコトは息を呑んだ。
見覚えがあったわけではない。動画越しに視線が合ったからといって、記憶が戻ることもない。ただ純粋に、驚いた。あまりにもまぶしい笑顔。この場所にいられることが、うれしくて楽しくて仕方ないのだと、そう全身で叫んでいる少女から目を離すことができない。――そして。
「この曲……!」
マコトもミサキも、お互いのアカペラでしか聞いたことのなかった曲が、伴奏のついた楽曲となって流れ出す。伸びやかな声がなぞる主旋律は、異世界で教わった歌詞そのままだ。横断歩道を渡るランドセルを見つめながら、いつか自分も隣で一緒に歩きたいと願う、とある子どもの歌。未来への希望に満ちながらも、どこか切ない印象を残したままだった曲が、明るいロックテイストの歌声となって会場を駆け抜けていく。
「黄月ヒカリ。中学一年生。四人組ノ女性アイドルグループ『スターレット』ノメンバー。コスモスプロダクション所属」
「コスモスプロダクション……?」
バトラーの説明にいち早く反応したのは、意外にもユウだった。どこか遠くを見るような視線が、動画の少女を通り抜けていく。そんな彼をマコトと同じように不思議に思ったのか、隣にいたエリヤが横目でユウを窺っていた。
「コスプロといえば、新進気鋭の芸能事務所だ。事務所としての知名度はまだまだだが、抱えているタレントやアーティストたちの個々の評判は上々らしい」バトラーよりも先に、そらで答えているあたり、どうやらタイシはアイドル方面にも詳しいのかもしれない。
「楽曲の詳細と、このライブの開催日」
「作詞作曲、黄月ヒカリ。一年前ノコノライブデ、黄月ヒカリノソロ曲トシテ初メテ披露シマシタ。以降、彼女ガ公式ニ歌ッタ記録ハアリマセン」興味が薄そうなエリヤの端的な質問に、タイシのバトラーが素早く返答する。
「黄月ヒカリさんが作詞も作曲もして、一年前に一度だけ発表した曲……それを、ボクは三年前に異世界で誰かに教えてもらった。つまり、彼女が六人目の仲間ってこと?」
「仮に仲間じゃなかったとしても、アタシたち以上にこの曲について詳しいことは間違いないわね」三度の飯よりも好きなスイーツを食べる手を止めて、ミサキが神妙にうなずく。
「――面白いことになってきたな」
動画ではなく、レストランの中心で浮かんでいる巨大な空中ディスプレイを見ながら、タイシが笑う。そこではクリスマスマーケットのイベント情報が繰り返し流れ続けていることを、マコトも知っていた。このタイミングでタイシが気に留めるような、目新しいニュースはなかったはず。けれど。
「スターレット……!?」
マコトとミサキは、同時に大きな声を上げる。たった今、強く意識したばかりのアイドルグループの名前を、クリスマスイブ当日のスケジュールの中に見つけてしまった。
「この公園にある野外音楽堂で、入場無料のライブをするの? 本当に?」
「ということは、そのときに会えるかもしれない!?」
顔を見合わせて盛り上がるミサキとマコトだったが、対面から「――でも」という戸惑いの声が聞こえてきたことで、ふと我に返る。
「ライブ中に出演アイドルと目を合わせるなんて難しいんじゃないかな? ……かといって、楽屋に押しかけたり、出待ちをするわけにもいかないし」
眉をひそめるユウの言う通り、アイドル相手に仲間かどうかを確認するのは簡単なことではなさそうだ。そこへ「ライブ中なら厳しいかもしれんな」という、タイシの意味深な発言が割り込んでくる。
「あさっての告知を見てみろ」
タイシに促されるまま、空中ディスプレイへと視線を戻す。あさって。つまり、クリスマスライブの二日前だ。その情報が画面に流れてくる瞬間を、固唾を呑んでじっと見守る。再び見つけた『スターレット』の文字と一緒に、マコトの目に飛び込んできた単語は――。
「握手会っ! それなら実際に会える! きっと目だって合わせられるよね!? ……あっ、でも」
願ってもいない展開に、思わず立ち上がって声を張り上げてしまうマコトだったが、同時に別のことにも気づいて、がっくりとテーブルに体を預ける。
「参加券の配布、もう終わっちゃってる……」
さすがに握手会には人数制限を設けているらしい。『配布は終了しました』という文字が赤く輝いて、ゆっくりとディスプレイから消えていった。
「確かに参加券の配布は終わっている。だが、握手会自体はまだ終わっていない」
当たり前のことを、まるで鬼の首をとったようにタイシが言ってのける。それなら、きっとこの発言の中に活路があるはずなのだ。マコトは期待を込めた眼差しを、じっとタイシに向ける。「つまり……?」
「単純な話だ。譲ってもらえばいい。参加券を持っている人間からな」




