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【完結】英雄小学生アフター~氷の女王と春の歌姫~  作者: 森原ヘキイ
第一章 目と目が合って、おひさしぶり

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1-1

「みんな、準備はいい?」


 マコトの静かな言葉に、四人の仲間たちはそれぞれ違う反応を示した。


 桃園(ももぞの)ミサキ。決意を秘めた彼女のまっすぐな眼差しは、いつだってマコトに勇気を与え、背中を強く押してくれる。

 緑木(みどりぎ)タイシ。物知りで偏屈な彼が、眼鏡を押さえて皮肉げに口の端を上げるときは、すべてがうまくいっているという確信があるときだ。

 青葉(あおば)ユウ。穏やかな海のように、晴れわたる空のように、みんなを優しく包み込んでくれる彼が微笑んでくれるなら、きっとなにがあっても大丈夫。

 黒鐘(くろがね)エリヤ。次元の違う美貌をフードで覆い隠しているので、その表情は窺えない。それでも、彼が言いたいことはわかる。どうでもいいから早くしろ、だろう。


 ちょうど三年前――ともに異世界を救った英雄たちは、中学生になった今でも相変わらず頼もしい。最終決戦前の緊張感にあふれた場面であるにも関わらず、マコトの頬はぐにゃぐにゃに緩んでしまった。

 そのままゆっくりと振り返り、クリスマスマーケットへと続く入場ゲートを見上げる。四日前にこの下をくぐったときは、まさかこんな事態になるなんて想像もしなかった。


 現状は、とんでもないピンチ。けれどマコトたちは、それをクライマックスに変え、ハッピーエンドをつかみに行く。

 軽く握っていた拳に強く力を込めて、限界まで息を吸い込む。胸をそらし、顔を上げて、目指すべき場所を――遠くにある野外音楽堂を、じっと見据える。そして。


「取り戻そう。ボクたちの、六人目の仲間を」


 それが、開戦の合図。

 マコトひとりだけでは、足音だって小さくて心細い。けれど、すぐに四人分の足音が重なり、地面を震わせてどこまでも響き渡った。



***



「東京シティのクリスマスマーケットは、やっぱりすごいなあ……」


 見上げるほど大きな入場ゲートの前で立ち止まった学生服の少年――赤星(あかぼし)マコトは、大きな瞳を星空のように輝かせた。


 そこは、メトロ駅から目と鼻の先にある公園。ちょっとしたテーマパーク並みの面積を誇る敷地内には、噴水や花壇はもちろん、カフェレストランに野外音楽堂まで詰め込まれている。クリスマス前の僅かな期間だけ、そこにあるものすべてが明るく温かな光できらびやかに飾りつけられる光景は、毎年恒例の冬のお楽しみだ。マコトは、すぐにでも会場を駆け回りたい気持ちを抑えながら、まずはケータイフォン型のデバイスを起動する。


「屋台もイベントステージも回りきれないくらいあるのに、蒸気機関車やメリーゴーランドまであるなんて……あっ、ミニ観覧車!」


 画面に表示された案内図と、実際の会場の風景を見比べていたマコトは、思わず大きな声を上げてしまった。慌てて周囲を見回すが、あちこちから聞こえる歓声や明るいクリスマスソングにかき消されたのか、マコトの一瞬のうっかりは誰の耳にも入らなかったらしい。隅っこで立ち尽くした男子中学生のことなど見向きもせず、年代もバラバラな来場者たちは次から次へとゲートを通過して思い思いの場所へ散開していく。またうっかり大声を出してしまわないようにと、首に巻いた赤いマフラーで口元を軽く覆ってから、マコトもその流れに続いた。


「うわ……っ、すごい」


 最初にたどり着いたのは、大きな宝箱を開けたような屋台が軒を連ねる、にぎやかなエリアだった。食欲をそそる料理の匂いに鼻が反応し、独創的でカラフルなスイーツに目を奪われる。伝統的な異国のオーナメントや人形たちが売られている店の屋根の上では、トナカイや雪だるまの立体映像が、ぴょこぴょこと跳びはねていた。

 ぽかんと口を開けて無意識のうちに歩調を緩めながらも、マコトは足を止めることなく通り過ぎていく。しばらく進むと、噴水の中心で堂々とそびえ立つマーケットのシンボルが見えてきた。


「これが、水上クリスマスツリー……近くで見ると本当に大きいや」


 南の屋台エリアと北のイベントエリアのちょうど中間にあるクリスマスツリーは、入場ゲートからもしっかりと確認できるほどの大きさだった。よく晴れた夕暮れの空に、もみの木の緑がよく映える。これでもかと飾りつけられたイルミネーションの本来の輝きが見られるのは、残念ながらもう少し暗くなってからになりそうだ。目的の場所がまだまだ遠くにあるマコトは、ひとまず噴水の脇をすり抜けて先を急ぐことにする。


「――え?」


 その瞬間、人混みの向こうにはっきりと見えてしまった。

 流れるように走る、蒸気機関車の横顔。そして、その進路の先にいる、子どもの姿を。


 ありえない展開だ。ありえない光景だ。でも。

 なぜ、とか。どうして、ではなく。

 危ない、と。そう思ったときには体が動いていた。


「――ッ!」


 地面を思いっきり蹴り出しながら、邪魔なマフラーを放り捨てる。最短距離で目標へと突き進むマコトの勢いに驚いた周りの客たちが、短い悲鳴を上げながら道を空けた。勢いよく腕を振るスペースを確保できたことで、マコトは一気に加速する。


 走る、走れ! 間に合う、間に合え!


 必死に伸ばした指先が、子どもの肩にわずかに触れる。驚いて振り返る子どもと目が合ったと思ったときには、その小さな体を胸に抱き込んで前方へジャンプしていた。間一髪。背後で機関車が駆け抜けていく気配がする。

 自分の体が子どものクッションになるように空中で体勢を変えたマコトは、その勢いのまま植え込みへと突っ込んだ。痛みと衝撃に胸を詰まらせるが、そんなちっぽけなことに構ってはいられない。


「……っ、キミ! 大丈夫!?」


 どうやら怪我はなさそうだった。けれど可哀想に、怯えて声も出ないのだろう。子どもは俯いたまま、ぴくりとも動かない。励ましの言葉をかけて少しでも安心させようと、マコトが再び口を開いた――そのとき。


「……にいちゃん、なにやってんの?」

「え」


 予想外すぎるリアクションに、マコトの頭がフリーズする。聞き間違いだろうか。それとも、あまりの急展開に子どもの理解が追いついていないのか。見たところ、小学校低学年くらいの男の子だ。自分も同じくらいの年齢だったら、きっとパニックになっていたかもしれない。そう思って一から説明をしようとしたマコトと、勢いよく顔を上げた子どもの視線が、ばちりと音を立ててぶつかる。


「なんでいきなり後ろからタックルなんかしてくるんだよっ、せっかく楽しく遊んでたのに!」

「えっ、えっ?」


 機関車にひかれそうだったところを救ったマコトのことも、子どもにとってはただの邪魔者でしかないのか。どう答えを返していいかわからず狼狽するマコトを見て、子どもが怪訝そうに眉をひそめる。「にいちゃん、ひょっとして……」


「あー、テステス。ただいまマイクのテスト中。おーい、キミたーち! 大丈夫かーい! いやー、おじさん見てて感動しちゃったよ! 子どもを助けるために蒸気機関車の前に飛び出すなんて! 勇気がありすぎる中学生のキミは、ひょっとしてアクションスターかなっ!?」


 スパンコールのスーツをキラキラと輝かせた男性が、なぜかマイクを使って大げさに叫びながら駆け寄ってくる。状況が呑み込めずに固まっているマコトと子どもの腕をつかんで立ち上がらせると、男性はマコトの腕だけを勢いよく真上に掲げた。


「このようにっ! デジタル世代の現代っ子でも思わず本物だと錯覚して救助に走ってしまうほどの圧倒的クオリティ! 最新デコレージョンの新たな可能性を、ぜひ皆さんもあちらのブースでご体感あーれっ!」


 いつの間にか二重三重にできていた周囲の人垣が、男性のその一言をきっかけに、わっと大きな歓声を上げる。中にはマコトへの労いの言葉や拍手なども混ざっていたが、当の本人にそれを受け入れる余裕はなかった。呆然と目を瞬きながら、マコトは首をゆっくりかしげる。


「……でこれーじょん?」

「にいちゃん、やっぱり知らなかったのかよ。デコレージョンっていったらリアルな立体映像のことじゃん。さっきの機関車とか、マジですごかっただろ?」

「え!? あれ、立体映像だったの!?」


 どう見ても本物だった。それこそ、ぶつかる寸前まで近づいたというのに、映像だとはまったく気がつかなかった。けれど確かに、さっきの蒸気機関車は影も形もなくなっている。それどころか、地面にはレールすら敷かれていなかった。


「ファントムカンパニーが誇る超最先端映像技術、デコレージョン! テレビや舞台に留まらず、いまでは日常生活にまで浸透しているから、中学生のキミも名前くらいは知っていると思ったけどね!」


 マイクを切ったスパンコールスーツの男性が、振り返りながら、びしっと指を差してくる。その勢いに思わず背筋をぴんと伸ばして、マコトは何度も大きくうなずいた。


「あ、はい。デコレージョンは知ってます。このマーケットの屋台の上にいるトナカイとかも、デコレージョンですよね。でも、あの蒸気機関車はトナカイとは全然違いました。本当に本物みたいでした」


「はい、ひゃくてーん! 百点満点のお答え、ありがとう! そう、ファントムが次に目指すべきはウルトラリアル! 今回の蒸気機関車は、そのデモンストレーションを兼ねた出展だったんだけどもね! キミの純粋かつ勇気ある行動のおかげで、たくさんのお客さんにデコレージョンのウルトラリアルを伝えることができたというわけなんだよ!」


 ありがとうありがとうありがとう、と。男性につかまれたままの両腕を激しく上下に振られながら、マコトは考える。ということは。つまり。


「……ボク、本当にキミが遊んでいるところを邪魔しちゃっただけなんだね」

 男性に腕を解放されたマコトは、がっくりと肩を落としながら子どもに向けて頭を下げる。「びっくりさせて、ごめんなさい」


「……別に」


 子どもは驚いたように目をぱちぱちさせたあとで、そっと視線を落とした。


「別にいいよ。そりゃ、びっくりしたけどさ。……にいちゃんは、おれを助けようとしてくれたんだろ?」

「う、うん。まあ、それも全部ボクの勘違いというか早とちりみたいなもので――」

「それでもさ」マコトの頼りない言葉を力強い語調で遮って、子どもが続ける。そうして、ひどくうれしそうに、少しだけ照れくさそうに、笑った。


「ヒーローみたいで、ちょっとだけかっこよかったよ」

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