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5話 〈夏休み前の大冒険〉

 休みの日。少年ケイタとショウ、ハタは暑い公園で暇をつぶしていた。

「あー、何か面白いことねーかな」

 ケイタがつまらなそうに木の棒を放り出す。誰もいない公園に蝉の音だけが響いていた。

「なー、知ってる?あのマンション。お化けでるらしいぜ」

 ショウが8階建てのマンションを指さした。地元では有名な怖い場所である。

「廃墟だって噂なんだって」

「ヤダよ、行きたくない」


 それを聞いた弱気なハタは首を横に振った。3人はいわゆる『鍵っ子』友だちだった。

 公園や街の遊べる場所で暇を潰す。それが彼らの今の所の生活だった。

 ハタは怖い話が大嫌いで、心霊番組がやっていたら絶対に見ない。対して二人はやんちゃで無鉄砲なところがあった。


「ハタはいいよ、オレらだけで探検するから」

「え!」

「じゃーな。ハタ!怯えて待ってろよ〜」

 茶化されてムッとしたが、さもいえぬ嫌な予感がして2人を引き留めようとする。が、それすらできずに背中を見送るしかできなかった。




 8階建てのマンションはさして珍しくない。最近はもっと高いマンションができ、街のシンボルでもない──が曰く付きだと、親たちもどこか避けている。

 2人は初めてマンションの敷地内に入った。駐車場や駐輪場は雑草が生い茂り、誰も住んでいる様子がない。

「おかしいな。近所のお姉さんがさ、夜中にマンションに明かりがついてたって言ってたのに」

 ショウは放置された三輪車を一瞥し、少し怖気付いた。


「あはは!怖がってやんの。とりあえず入ってみようぜー」

 一応管理されているのか、ドア越しに見えるロビーは荒らされていなかった。中は時が止まったようで静かに澱んでいる。

「お邪魔します」

 ソッとドアを押し、入ってみる。むわっとして暑いが意外と怖くない。

「わー。なんかオシャレ」

 重厚感のあるソファに見とれていると強がりのケイタが小さく悲鳴を上げたのに気づく。

「ん?」


 彼の視線を追うと、エレベーターにたくさんのベニヤ板で塞がれ、周りは赤く塗られた『何か』が多数打ち付けられていた。


「やばくね…」

「エレベーターは見ないどこ…階段から上がってみよう」

「う、うん」

 近くにある階段は至って普通であり、胸を撫で下ろす。血しぶきなんてあったら転がるように逃げていたが、つい最近まで使われていたかのように──静寂に包まれている。

 やはり管理されているのだろうか。


「なあ、ハタ、怒ってるかな」

 ケイタが小さく言う。

「まさか。あいつ、分かってるよ。多分」

「うん」

 言葉少なに階段を上がると、ホテルの廊下のような空間にたどり着いた。扉は皆、封鎖され入れないが──僅かな窓から漏れた光でタイムスリップしたかのような気持ちになる。


「なーんだ。あんまり怖くないじゃん」

 ショウは一安心して306号室のドアノブを動かしてみた。びくともしない。

「秘密基地とかにしねえ?お菓子とか持ち寄ってさー」

「いいねー」

 新しい遊び場を見つけ、ウキウキしていると例のエレベーターの近くまで来てしまった。

「うわ…何で動いてんだよ」

 自動販売機がゴウンゴウンと音を立てて、光を放ちながら作動している。他の照明器具などは通電していなかったのに。

 不気味な空気が漂う。二人は顔を見合せ、見てはいけないものを目撃してしまったのではないか、と後悔した。

 すると上から重たい物が軋み、降りてくる音がした。

  ベニヤ板で塞がれていないエレベーター。その窓からわずかに見える景色。──降りてきている。


『7階にまいります』

 音声案内が聞こえ、二人は一斉に駆け出した。階段に向かって。

「わああ!」

 足をくじいたケイタが階段から落ちていく、それを必死に掴もうとショウも身を投げ出した。


(あ、死ぬかも)


 スローモーションの世界で死を自覚する。でも止められない。転がるのを、止められないのだ。



「あ、いて〜」

 目を覚ますとソファの上でおでこに絆創膏を貼られていた。明かりが灯ったレトロな照明器具が視界に入り、ショウはハテナを浮かべた。


「君たち、マンションに入るには管理人室に挨拶しないと」

 おじさんが横でしょんぼりしているケイタの膝にガーゼを貼っていた。「2人とも、何しに来たの?冒険?」

 横で消毒液とコットンを手にした女性が陽気に笑顔を浮かべている。

「え、あ、はい」

 意味が分からず周りを見渡すと、あれほどくすんでいたロビーはまだ生活感がある。じゃあ、探検した記憶は何だったのだろう?


「今、家族の人がくるから待っててね」

 麦茶を渡されポカンとしていると、自分の名前を呼ばれ驚いた。

「お母さん!」

 久しぶりに見た母の顔。駆け寄ってきつく抱きしめられる。「迎えにくるのが遅くなってごめんね」

「ううん、大丈夫」

 涙が頬を伝い、実は怖かったのだと。自らが恥ずかしくなり俯いた。


「さ、行きましょ。夕飯は何がいい?」

「お母さんの作ったカレー!」





 ハタは夏休みに入り、ショウの家に上がり線香をあげ手を合わせた。


(あの時、止めていれば)


「ありがと。お兄ちゃんのために、お線香くれて」

「ううん」

 彼の妹が静かに言う。元気いっぱいの笑顔を浮かべるショウの遺影の隣には母親の遺影も飾られていた。

「ケイタくんのママも来てくれたの。別にケイタくんのママのせいじゃないのに」

 ケイタも亡くなってしまったというのに、彼の母親は何度も謝って来たという。


「僕ももっと探せばよかった…二人がどこにいるか、分かってたはずなのに」

「いいよ。お兄ちゃんたちはあのマンションに入ったから…」

 家族が父だけになった少女は悔しそうに泣き始めた。必死に堪えていたのだろう。

 二人は行方不明になってから数週間見つからず、結局例のマンションの階段部分で夏場というのもあり腐乱死体となって発見された。折り重なった状態からして転げ落ちてしまったのではないか、とニュースは見解している。


(あのとき、あのとき…僕が)


 ハタは涙を拭い、決意する。二人に献花をしよう。謝ろう。

 それが彼の最後の姿であり、後を追うようにマンションの建物内で無惨な姿となって発見される──数週間前であった。

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