30話 〈怪談とラジオ〉
7月の熱帯夜。
ノイズ混じりのラジオから夏の怪談が流れている。内容は一人暮らしなのに寝室に髪の毛がたくさん落ちていた、とか、死んだはずのご近所さんが挨拶してきたなど。
どうやら夏は怪談の季節らしい。暑いから怖い話を募集して、寒くなろう!という企画だった。
(ここもへんな事はたくさん起きるから怖くないなあ)
ぼんやりと古めかしいロビーを眺めていると、ラジオのゲストが口を開く。
「夏はあの世とこの世が曖昧になるんです。お盆があるでしょ?それも拍車をかける」
「なるほど、じゃあ、これから幽霊と出会う確率は高くなると?」
司会の男性が茶化すように言う。信じていないのだろう。
「はい。水難事故や山の遭難には気をつけてくださいね。迷い込んでしまうんです」
ハキハキとした芯のある声色だ。聴いていて不快感のない女性の声。
(アナウンサーみたい…)
「迷い込む?あの世に?」
「ええ、遠野物語に迷い家がありますでしょう?見知らぬ民家に入ったら誰もいない、とか。後は海だと──」
(迷い家、って何だろう)
ユルカは遠野物語も迷い家も知らない。だが、迷い家の響きに不思議と好感が持てた。
温かな響きがする。きっとフカフカのソファや可愛らしいカーテンがかかっているのかも。
「博識ですねえ、さすがです。八和田 真流さん」
「えっ!?」
シンリュウ。3階のエレベーターの前で時折、ソナタは挙動不審に佇ずむ。監視カメラを壊す。
──シンリュウさんが。
架空の人物だとばかり決めつけていた。存在しているのだ。
八和田 真流は。
(嘘。そんな…でも、ソナタさんは引きこもりで。外出もしないし、私が知る限りでは八和田 真流さんなんて人も訪問していないし)
ワタワタしながらも、ラジオのボリュームを上げようとした。
「ジジーーーーー」
ラジオは途端にノイズに呑まれ、どの周波数も拾わなくなってしまった。と、同時に7階からのブザーがなる。
「そんなぁ…はいはい、っと」
いつもの業務を行いながらも残念な気持ちになる。
(迷い家かあ…私のマンションには、迷い階ならあるのにな)




