3話 〈苦しみの迷惑電話〉
毎月、親戚の月命日になるとかかってくる『不明』と表示される電話。出てみると親戚の──矢谷 映奈のすすり泣きが聞こえる。
すでに映奈は亡き人であり、悪趣味なイタズラともとれる着信。何年経った今でもかかってくるのだから、もしやあの世からかかってきているのだろうか?
伊藤 実子は街に溶け込むあるマンションを窓から眺める。
映奈が暮らしていたマンション。よく母と会いにいき励ましていた記憶がある。
彼女は夫から逃げられ、残された姑からいじめられていた。素直で弱々しい彼女は神経をすり減らしながらも耐えていた。
だがある日、姑を殺めて自殺してしまった。葬式に参列したし、姿をくらました旦那に怒りも覚えた。
しかしそれは実子が小学生の時。それから月命日になると電話がかかってくるようになった。
怖がった家族は家の固定電話を解約した。なのに与えられた憧れの携帯電話に、映奈から電話がかかってきた──なぜ、自分なのか。
一緒に解決しようとしてくれた人もいたが、行方不明になり、自らも聞けんのではないかと恐れ、今は着信が来ても無視している。
そんなある日、玄関から出ると見知らぬ男性にいきなり胸ぐらを掴まれた。
「なんですか?!警察呼びますよ!」
「それはこっちのセリフだ!毎日、何年間も訳の分からない電話よこしやがって!頭に来てんだ!」
「は?…電話?」
「あんた、映奈の親戚だろう」
「まさか…」
彼は姿をくらました夫だった。家にあげるのは嫌なので、近くのファミレスで話し合う事にする。
矢谷 太郎は不倫の末、幸せな家庭を築いていた。
「映奈さんがどんなに苦しんだか…!」
「すまない。あの家が嫌だったんだ。母親が、恐ろしくてたまらなかった。映奈には悪い事をしたと思ってる…」
彼は申し訳ない、と謝ってきた。太郎は今、県外で婿養子になり農家を営んでいるという。
「あのマンションで母親と映奈が死んだのは知らなかった。けど、事件を調べまわってる奴が来て…それから映奈から電話がかかってくるようになったんだ。毎晩2時に。俺の携帯に」
「はあ…」
「死んでいると知らなかったから、最初はびっくりしたよ。少し嬉しかった。けど、ネットで調べたら」
顔面蒼白でスマホをテーブルに置いた。着信履歴には不明、が毎晩2時にかかってきている。
「彼女は死んでいるんだろう?なのに、なんで」
参った様子で顔を手で覆い、ため息をついた。
「私にもかかってきています。月命日ですが…」
「あんたらの嫌がらせじゃないのか」
「当たり前ですよ」
「そうか…ありがとう。いきなり怒ってしまい、申し訳なかった。これから確かめにいくよ」
「え!」
立ち上がろうとした太郎に、実子は慌てて止める。
「7階は封鎖されていけませんよ」
「え?」
「…色々あって、今は入れないんです。遺族関係者でも入れません」
「な、」
理解できない、というような表情で彼は窓からかつての住まいを眺めた。
それから数日。警察が家にやってきた。両親が何やら質問を受けている。
「この男性に見覚えはありませんか?」
大学から帰ってきたばかりの実子はハッと後ろから、写真を垣間見えるや声を出しそうになる。
「いやー、来てませんね」
「そうですか。じゃあ、すいません」
警察はそそくさと消えていき、両親は玄関ドアを閉める。
「私、あの人──」
「仕方ないんだよ。ね、ミコちゃん」
「え?」
「そうだ。ミコ、仕方ない」
二人に説得され口ごもる。仕方ない。それが、この街の合言葉だった。
(あの人、7階に…)
いや、噂だと厳重に封鎖されていてもはやなかった事にされているはずだ。侵入できるはずがない。
(し、仕方ないんだ…)
真夜中に不明表記の着信が来たりするとめちゃ怖いです。