2話 〈深夜の雄叫び〉
深夜2時。
『ヒアアフター』なるマンションの管理人室でユルカは7階の防犯ブザーが鳴っているのを確認し、停止ボタンを押した。
また7階から電話がかかってきている。慣れた手つきで電話を切ると、エレベーターの防犯カメラを見やる。誰もいない。
毎日の動作を終え、寝静まったロビーを眺めた。マンションの管理人さんは夜になると1階の部屋に帰ってしまう。
彼女は──ユルカは警備やらを兼ねたゆるい、第2の管理人だった。
深夜2時から3時まで、何回か閉鎖されたはずの7階から非常ブザーやら電話やら異常な『怪奇現象』が起きる。それを口外しないのがユルカの仕事であり、精神的に参った管理人さんを休めるためのお手伝いもしている。
マンションの住民も本当は知っているに違いない。7階から人の声や物音がするのを。
だが皆、何も言わない。それがこの閉鎖的な建物での暗黙のルールだからだ。
「ちわっす!ピザ屋でーす」
近所のピザ屋がやってきた。「はーい。何号室から?」
「605室です」
「あー…私が渡しておくから、料金払います」
「あ!了解です!仕方ないですね」
「はい」
ピザの料金を払い、このピザはどうするか迷う。605号室の住民はつい最近『退去』してしまい、人がいない。なら食べてしまおう。
605号室には単身赴任してきた男性が住んでいた。ある日行方不明になり、連絡が取れなくなってしまい──遺品整理業者が来て、彼の部屋の物を全て持っていった。
「仕方ないですねえ」
「はい。仕方ないですよ…」
警察も、遺品整理業者も管理人さんもそう言い、何事もなかったように事件は忘れられた。ユルカも別に首を突っ込まない。
「こんばんは。ユルカちゃん、帰りが遅くなっちゃったぁ」
酒臭いフラフラした女性が自動ドアを潜り、挨拶してくる。「こんばんは。広田さん」
「夜遅くまでお疲れ様ぁ。はー、疲れた。暑いから大変だわあ」
フラフラとハイヒールで歩いていくと、凄まじい雄叫びがした。それに広田は驚いて先程の酔っ払いなどなかったように、こちらをみる。
「やだ。仕方ないわね…」
「階段使った方がいいかもしれないです」
「そうねー。仕方ないもの」
広田さんの住まいは幸い3階で、まだ階段でも苦労はしない。彼女は手を振って階段を登っていった。
「エレベーターは、と」
防犯カメラを見ると、エレベーターが7階に止まっている。「…うーむ」
スーツをきた男性が俯いて佇んでいるのを眺め、ユルカはピザを食べ始めた。
「仕方ない。朝までエレベーター使用禁止にしとかないと…」
夕方や夜にマンションの入口の明かりを見ると何故か安心します。