15話 〈マンションの住民 ソナタさん〉
草木も眠る丑三つ時。ユルカは怪奇現象の少ない夜のせいか、あくびをしつつも、監視カメラに映る廊下やエレベーター内、またはロビーを眺めていた。切り替わる風景は昭和感のけだるさをまとい、ホテルに似た薄暗い廊下は自動販売機の明かりだけが夜中に存在している。
「ん?」
3階の監視カメラの一つの接続がなくなり、映らなくなっている。
「まさか…?」
この異常には心当たりがあり、理由もはっきりしている。こればかりは怪奇現象ではない。
人の手によるものだ。
「蒼南樹さんだ…」
ため息が出て、いそいそと3階に向かう準備をする。ソナタさんという3階の住民はきっと廊下で立ち往生しているはずだ。
階段を登ると、3階までやって来る。エレベーターの前でソナタは挙動不審に佇んでいた。
「ソナタさん?またやったんですか〜?」
深夜のため大声は出せないが、彼女へ窘めの態度を示した。ビクリと怯えたソナタという女性は、こちらをみると抱え込んだ防犯カメラを隠そうとする。
「ゆ、ユルカさん…こんばんは」
フワフワの猫っ毛が特徴の、前髪で目を画した二十歳目前の女子だった。母親は常に世界を飛びまわるキャリアウーマンでひとりぼっちなのを、ユルカは知っている。夜中に独りソファに座り寂しそうにしているのも。
しかし彼女には困った『悪戯』がある。
監視カメラを取り外す行為だ。最初はカメラにガムテープを貼っただけの簡単な悪戯だったが、最近は防犯カメラ自体を取り外せる道具を取り揃え、夜中になるとこうして隠そうとするのだ。
月に2、3回悪戯をするので管理人さんも監視カメラを設置する手順が上手くなったそうだ。
「カメラも意外に高いんです。何回も外されると困ります。警察に通報しますよ?」
「だって、カメラが変な事を言ってくるから…」
オドオドしながらも、彼女は言い訳を呟いた。
「お前は死んでる、って。このマンションの人たちは皆幽霊だって」
「えっ…」
この前の気味の悪い体験を思い出し、ユルカは否定できなかった。しかしあれは夢だ。
「も〜また変な事言わないでくださいよ〜」
「前も言ったじゃないですか。このマンションはもう廃墟で、皆、ホントは住んでないんです」
詰め寄られ、本格的に困る。彼女は妄想癖というべきか、あるいは幻聴やらが見える病を患っていた。
「じゃあ、私は何でここにいるんです?おかしいでしょ」
「ユルカさんは貯水槽で死んじゃったんですよっ?!覚えてないんですか?」
「なっ、人を勝手に殺すな〜っ。ともかく!監視カメラは没収ですからねっ」
彼女から無理やり監視カメラを取り上げると、はあ、とため息をついた。
「ソナタさん。苦しいのは分かりますが器物破損だけは止めてください」
「でも…真流さんが…」
小さく零した言葉に、なぜだかユルカは息が詰まる。どこかで耳にした名前。
(思い出せない…けど、でも私は会った事がある。何で?分からない…)
「その、し」
「か、管理人さんには言わないで欲しいです…じゃあ!」
いきなり打って変わって、彼女は部屋に戻って行ってしまった。呆気にとられ、肩の力が抜ける。
(管理人さん…また寝込みそうだなぁ…)
不思議ちゃん登場!




