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12話 〈不思議なマダム〉

 8階建てのごく普通のマンションは、古びているが夜になると部屋の明かりがつき、ロビーもけだるく夜闇に浮かび上がる。

 昭和に作られたマンション。どことなく内部構造や至る所の造りは古き良き時代のビジネスホテルに似ている。

 ユルカは午前三時半。門限の時間になり、学校でお馴染みの大型門扉を閉める。するとどこからとも無く、烏の濡れ羽色の美しい衣服を纏う──薄紫色の髪をしたマダムが現れた。


 可愛らしい柄の杖をつき、柔和な顔つき。

 この夜中に出歩いている事以外は、お金持ちそうな人だな、とユルカは感想を抱いた。


「ユルカちゃん。毎日偉いわねえ」

「え、あ!はい!夜勤勤務なんで!頑張らなきゃって!」

 相手はこちらの名前を知っている。何故だろう?


(あれ?記憶喪失の症状かな?)


「ユルカちゃんがいるおかげで、マンションの人たちも穏やかでしょう。受付に若い子がいるだけで安心するもの」

 上品にマダムは言う。

「そーですかね?ドジばっかりやらかしてますが…」

 苦笑しつつもマダムの瞳の色が宝石の色のように、複雑な虹彩をしているのに気づく。目の病を患っているのだろうか?


「ユルカちゃん。明日、7階が赤く光るわ。それは力の強い霊能力者が仕掛けてくれた大切な鎮めの儀式なの。多分、色んな装置が誤作動を起こす。だからと言ってブレーカーを落としちゃだめよ」

「鎮めの儀式…?」


 聞き慣れない、怪しい言葉だが──ユルカはなぜか懐かしい気がした。幼い子供とも約束した気がした。


「よろしくね。貴方ならできるわ」

「あ、ちょっと…」

 杖をついてマダムが道をいく。しかし音もなく、やがて暗がりに溶けいる如し消えてしまった。


(お化け…?不思議な人だった…)


 もしかすると妖怪か、神さまだったのかな──なんて、あらぬ妄想をしながら管理室へ向かった。

古き良きビジネスホテルや旅館の、あのロビーの雰囲気が大好きです。

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