11話 〈身から出たワイヤー〉
「あー、うーん。ちょっと…血?みたいなのがついてますね〜」
夜勤勤務担当のユルカは午前三時、五階の住人からよせられた苦情に、首を傾げた。
「夜になるとすごい音がして、飛び起きるんだよ。不気味だし…防犯カメラには何も写ってない?」
階段のコンクリートに染み付いた血に似たモノ。
「確認してみます。で、そのすごい音って」
「カーン!みたいな、ガーンみたいな硬い物が叩きつけられた音。びっくりするでしょ?そんなんが夜中にしたら」
「はー」
何だかきな臭くなってきた。(怪奇現象かな)
このマンションではありがちな事象で、住人たちも薄々勘づいており、滅多に苦情はよこさない。
しかし毎晩の深夜の騒音は耐えられなったようだ。
住人の若者は困った様子で血に酷似した染みを眺めている。
「掃除しておきますんで!安心してください!」
なるべく明るく言い放ち、安心させる。
「ならいいけど…」
朝になり、クレンザーで染みを落としてみると案外簡単に落ちた。誰かがジュースを落としたのかもしれない。
ユルカは満足しながらもロビーに向かう。
「五階の染み、また出てきちゃったの?」
管理人さんがゲッソリした顔で聞いてくる。また、とは?
「やっぱり怪奇現象なんですかー?」
掃除用具を片付けながら何気なくそんな事を言ってみた。すると彼はしばし無言になり、そうだよ、と小さく肯定した。
「昔ね。マンションに空き巣被害が頻繁したんだ。それに怒ったある住民がワイヤーを階段に張ってさ…わざと上の階から追いかけたんだ。それで」
「首がスコーンと」
「そう。噂だけどね。苦情きたの五〇五室の人でしょ?」
「はい。神経質そうなお兄さんでした」
「そっかァ…」
それだけ言うと彼は「うんうん 」と、休憩室へ行こうとした。
「ええ〜〜!何ですか!気になるとこで」
「知ったところでいい気持ちにならないでしょうよ。…その若者ね、最後、ワイヤーで首吊りしちゃったんだ」
ユルカは一瞬固まり、目に焼き付いた住人の姿を反芻した。彼は確かに生きていた。しかし。
マンションではよくある事だ。
「怖い怖い。また苦情がきたら、おじさんがやるから。君はやらなくていいよ」
「あ、はい…」
身から出た錆ならぬ、ワイヤー…。




