10話 〈るるみと言う女の子〉
マンションの入口あたりに放置されていた三輪車を駐輪場へ運びながら、不意に名前が書かれているに気づいた。
るるみ。
可愛らしい名前だ。持ち主は女の子であろう。
しかし風雨に晒されたのか、三輪車はボロボロであった。
(るるみちゃん。引越しちゃったのかな)
ユルカは駐輪場の端っこに置くと、人の気配がして振り返る。幼稚園児くらいの女の子がいきなり佇んでいた。女の子らしい洋服に斜めがけのクマさんのバッグ。髪をツインテールに束ねた、何ともオシャレさんな子である。
「わ!びっくりした」
「お姉ちゃん。るるみの三輪車、しまってくれあの?ありがとう!」
「るるみちゃん、いたの?!気づかなかったよ」
「よく言われる」
大人しげな雰囲気の子供は古めかしい三輪車を眺めた。
「この子も気づかれないから。よく無視されてるんだ。可哀想だよね」
「え?う、うん」
「るるみ2号って言うんだ。よろしく」
名前までつけているらしい。(変わった子だなぁ…)
「るるみちゃん。お母さんは?お仕事?」
昼間ならばなんて事のない風景だが──今は夜中の午前2時。年端もいかぬ子供がうろついていい時間ではない。
もしや母親は水商売や夜勤勤務で働いているのかもしれない。そんなご家庭もある。
「お母さんは…。うーん、るるみは答えたくないなぁ」
「そっか。じゃあ、お家に帰りたくなるまで管理室でのんびりしようか。ジュースでも飲む?」
するとるるみは年齢と見合わぬ大人びた笑みを浮かべた。
「やっぱりお姉ちゃんは優しいね」
「え?」
「大丈夫だよ。るるみ、一人で過ごせるから」
「…そ、そう?気をつけてね」
バイバイ、と手を振られ唖然とする。前もあの子に会ったろうか?
(あー、この使えない頭っ!)
夜中に出歩いているのは、あの子なりの寂しさを紛らわしたい仕草だったのかもしれない。
(虐待とか、じゃないよね…?不安になってきたなあ…。今度管理人さんに聞いてみよう)
三輪車の持ち主が登場しました。




