鳳条さんの秘密を俺だけが知っている
ほのぼの短編ラブコメです。さくっと読めますのでお楽しみいただけたら嬉しいです。
授業終了のチャイムが鳴る。
昼休み直後の授業が今終わった。
「ふあぁぁ~」
「永門君、よく寝てたわね」
俺、永門佑丞の隣の席から透き通るような声で話しかけられる。彼女はこの学校で誰もが名前を知っているだろう鳳条百合愛だ。彼女の名前は一年の頃から俺でも知っていた。
学校一の美少女との呼び声高く、男子からは高嶺の花のように思われている。文武両道、才色兼備の彼女は女子にとっても近寄りがたいものがあるのだろう。
隣の席でしばらく過ごすうちにわかったのは、自分からも率先して親しくなろうとするタイプではないようで、彼女は友達が少ない、ということだった。
そんな彼女は二年で初めて隣の席になった俺にはどういう訳か最初からよく話しかけてきた。
ただ俺としてはそれほど嬉しいものではない。なぜなら―――。
「鳳条?ああ、食後はどうしても眠くなってさ」
「食後だけじゃないでしょ?それ以外でもよく寝てるじゃない」
「そうかな?」
「ええ。けど、隣であんな風に寝ていられると迷惑だわ」
辛辣な物言いに眉がピクっと反応するが、迷惑というのはちょっと意味がわからなかった。
「?寝てるだけなんだから迷惑になるようなことはないと思うけど?」
「寝てるだけならね。いびきがすごいんだもの」
「いびき!?俺いびきなんてしてた!?」
バカな。授業中、教室内に俺のいびきが響いていたというのか?そんなの想像しただけで恥ずかしい。
「ええ。あんなにいびきが大きいと先生の声が聞こえないわ」
「マジか……。それはごめん……」
そんなのが隣にいれば確かに迷惑だろう。俺は顔が赤くなるのを感じながらも申し訳ない気持ちになる。が――――、
「ふふっ、冗談よ」
鳳条さんは面白そうに笑った。
「は?」
「当たり前でしょ?そんな大きないびきしてたら先生に注意されるに決まってるじゃない」
「っ、そりゃそうだ……。って、なんでそんな心臓に悪い嘘吐くんだよ?」
ちょっとイラっときたのでジト目になってしまう。
「なあに?ちょっとした冗談じゃない」
「いやいやいや。ちょっとじゃないからな?大分悪質だからな?」
「悪質だなんて随分ひどいこと言うのね、永門君」
「恥ずかしくて居たたまれなくなったっての!」
「ふぅ……。こんなことで怒るなんてカルシウム足りてないんじゃないかしら?」
「カルシウムとか関係ないから!普通だから!」
思わず漫画みたいにぐぬぬって言いそうになったじゃないか。
これなのだ。話しかけられると言っても大半が揶揄われているだけ。時々今みたいに冗談っぽくないことを真顔で言ってくることもある。美人だからって何を言っても許されるとでも思っているのだろうか。というか、なんで俺なんかにこんなに絡んでくるのか……。
「にぼしとか食べた方がいいわよ?」
「……はぁ。もういい……」
結局折れるのは俺だった。
今では学校での彼女に対しては諦めの境地という感じだ。同じクラスになって彼女を初めて見たときは、この人が鳳条百合愛!?と驚きでいっぱいだったというのに。
授業が終わり、家に帰った俺はそろそろ夕食の時間となったため、あらためて家を出た。
俺は高校入学と同時に一人暮らしをしている。別に複雑な事情はない。ただ単に父親の単身赴任に母親がついていったからだ。
折角入学が決まっている高校をいきなり転校するのが嫌で一人残らせてもらった。
そんな俺の夕食は月、火、木、金の週四で高一の春に見つけた弁当屋だ。
個人経営の店で安くてうまい。なんとのり弁が三百八十円。ちょっと豪華に唐揚げ弁当にしても四百二十円。しかも弁当は全部ご飯大盛無料となっている。ボリューム満点で男子高校生には非常にありがたい存在だ。
店主の夫婦とも親しくさせてもらっていてお気に入りの店だった。
加えて、去年の秋頃からそこで働くようになった店員に俺は頭が上がらない。
「いらっしゃい、永門君」
今日も彼女が応対してくれた。今時珍しく髪を三つ編みにして、レンズの大きな眼鏡をかけた地味目の女子だ。年上にも同じ歳くらいにも見える。だから何となく最初から俺は丁寧語だ。ただいつもすごく素敵な笑顔で接客してくれる。それだけじゃない。
「ユリさん、こんばんは。今日ものり弁を一つお願いします」
「永門君、いつも言ってるけどもっと栄養あるものも食べなきゃダメだよ?」
そんな言葉を残して、南条さんは厨房の方に下がっていき、代わりに店主のおじちゃんが出てきた。ある時期から俺が店に行くといつもユリさんが注文を取ってくれ、ユリさんが俺の弁当を準備してくれている間はおじちゃんかおばちゃんが出てくる、といった流れだ。
「よー、佑丞いらっしゃい」
「こんばんは、おじちゃん」
「今日ものり弁か?」
「はい」
「そうか。ユリちゃんが今日も何やら作ってたから楽しみにしてな?」
「そ、そうですか。いつもすみません」
「ユリちゃんが好きでやってんだ。ありがたく受け取ってあげればいいんだよ」
「はい。ありがとうございます。ただどうしてユリさんは俺にそんなことしてくれるんですかね?他のお客さんにはしてないんでしょ?」
「そりゃお前————」
おじちゃんが呆れた様子で何か言いかけたのだが、俺のその質問に答えたのは奥から新たに出てきたおばちゃんだった。
「それは佑丞君が自分で考えて気づいてあげなきゃダメよ」
「おばちゃん?」
「あんたも余計なこと言わないんだからね?」
おばちゃんはおじちゃんにジト目を向ける。
「お、おう」
おじちゃんはバツが悪そうに答えた。おじちゃんは答えてくれそうだから何度か尋ねたことがあるのだが、その度におばちゃんにこうして遮られてしまう。自分で考えろと言われてもヒントなしでは難し過ぎるのだが……。
おじちゃん、おばちゃんとそんな話をしているとユリさんが俺の弁当を持って出てきた。
「はい。のり弁です。後、今日はじゃこと豆腐のサラダサービスしておくからちゃんと食べてね?カルシウムいっぱい摂らなきゃダメだよ?」
「……ありがとうございます」
俺は何とも言えない表情になってしまう。
(この人隠す気ないよな……?それとも天然なのか……)
ユリさんがここで働き始め、段々親しくなっていき色々話すようになって、俺が今一人暮らしだとわかったときから、ユリさんは何かしら一品サービスしてくれるようになった。
お金を払うと言っても断られてしまい、最初は申し訳なく思ったが、おじちゃんにもおばちゃんにも微笑ましいものを見るようにして受け取ることを促されてしまった。
「いつもすみません。これ、駅前のお店で買ったプリンなんですけど、よかったらみんなで食べてください」
だから時々こうして差し入れを持ってくるようになった。弁当を受け取った俺はお返しにとプリンの入った箱を渡す。
「ありがとう。でも私が勝手にしてるだけなんだから永門君は気にしなくていいんだよ?」
「いや、本当助かってるし嬉しいんで。そのお礼です」
「ふふっ、そっか。私このプリン大好きなの」
「それはよかったです」
初めて渡したとき、ユリさんのテンションが高めだったので言われなくてもわかっている。
弁当を持って家に帰る途中、もう何度目とも知れない考えが頭を過る。
(やっぱりユリさんって鳳条、だよな?)
学校一の美少女と言われている鳳条さんが変装なのかあんなに地味な恰好をして弁当屋でバイトをしている。二年になって初めて鳳条さんを見たときはあまりの衝撃に呆然としてしまった。
弁当屋で散々お世話になっている俺は、だから学校で鳳条さんにあまり強く言い返せない。
ただ――――、
(なんで学校とバイト先でこんなにキャラが違うんだ?)
それが最大の疑問だった。地味な恰好をしているのは、同じ学校の生徒にバレたくないからだとおじちゃん達から聞いている。実際、今まで同じ学校の生徒が買いに来てもバレたことはないらしい。
俺はすぐ気づいてしまったわけだが……。
でも、それはいいとしても、性格も違い過ぎる気がするのが謎なのだ。学校では意地悪と言っていいほど揶揄ってきたりするのに、弁当屋ではとんでもなく優しい。あまりに違い過ぎて二年になってすぐの頃は自分の勘違いかと本気で思った。
そんな風に日々は過ぎていき、二学期の途中で俺の家族にとある事件が起きた。
それは唐突だった。
家に帰るとあるはずのない靴があったのだ。
リビングに行くとやはりいるはずのない女性がいた。
「母さん、何やってんの?」
「お帰りなさい佑丞。私もこっちで暮らすことにしたわ!あの人は勝手に単身赴任してればいいのよ!」
話を聞かされたところによるとどうやら親父とケンカしたようだ。まあここにいる時点で予想した通りだが、俺の悠々自適な一人暮らしはこうして唐突に終わりを告げた。
母親が戻ってきてから早一か月。
最近、隣の席の鳳条さんの様子がおかしい。
怒っているというか落ち込んでいるというか、とにかく今までと違う。もしかしてと気づいたのは二週間前、確信したのが今だ。
「ちゃんと聞いてるの?永門君!最近何かあったでしょ?」
「いや、だから本当に思い当たることは何もないんだけど?」
「そう……。そこまで私には言いたくないんだ……」
怒りの形相から一転、落ち込んだように声が沈む。
鳳条さんがどうしてこんな風になってしまったのか、理由がわからない。いや、一つだけ自意識過剰なことが思いつくが、そんなことが本当にありえるのか?という思いが拭えない。もしそうなら嬉しい限りなのだが……。
さらに日々は過ぎていく。
永門君がお店に来てくれなくなってもうすぐ二か月だ。
理由が知りたくて、何とか学校で聞こうとしたが、いつもはぐらかされてしまってモヤモヤした気持ちが募るだけだった。
それでもつい永門君のことを考えてしまう。その度に怒りとも悲しみともつかない感情が湧いてくる。
(私の気持ちに全然気づいてくれないんだから……)
お弁当屋さんのバイトがサービスをするなんて普通ではありえないのに、どうしてそんなことをしているのか一向に気づいてくれなかった。
私は中学の知り合いが誰もいない高校に進学し、高校デビューに失敗した。
いや、必要以上に成功してしまった、と言った方が正しいのかもしれない。
名前から百合姫なんて言われ始めたと知ったときはあまりの恥ずかしさに死んでしまうかと思った。
どこかのお金持ちのご令嬢か、なんて聞かれたときは速攻で否定したけど信じてもらえなかった。うちはサラリーマンのお父さんとパートをしているお母さん、それと弟のいるごく普通の家なのに。
一年のとき、女友達で休日に遊びに行った際に、私服はどこのを着てるのか、とかコスメはどこのを使ってるのかとか聞かれてそんなところも見られていると知った。
それからはそういう面も気を遣うようになったけど、お小遣いだけではやりくりが難しくなった。だからお父さんに相談してバイトをすることにした。
今バイトしているお弁当屋さんはお父さんの知り合いだ。ご夫婦ともにとても気さくでいい人達で私も安心してバイトができた。ただバイトのことが学校の人にバレるのは嫌だったので、中学時代の自分のような恰好をすることにした。同じ学校の生徒がお客さんとして来ても誰も気づかないことに内心安堵していた。
けど、バイトを始めてからわかったのだが、バイトをすると友達と遊ぶ時間が中々取れず、本末転倒になってしまった。付き合いが悪くなっていった私だけど、それがむしろ噂の信憑性を高めてしまったようで、ますます本来の自分とはかけ離れた自分を演じることになってしまった。
そんなときだったのだ。永門君と出会ったのは。
永門君も他の人と同じくバイト中の私に気づくことはなくて、でもおじさん、おばさんと仲が良い彼と私も色々話すようになっていって、私はそのときだけ自然な自分でいられていることに気づいた。
そして気づけば好きになってた。
永門君が一人暮らしだとわかって、自分に何かできないかと考えて、おじさん達に頼んで一品サービスすることを思いついた。材料費なんかはバイト代から差し引いてもらっている。
永門君は最初申し訳なさそうにしていたけど、おじさん達の後押しもあって、ちゃんと受け取ってくれた。時々、お返しにってスイーツを買ってきてくれたりもして、それが嬉しかった。
そんな彼と二年で同じクラス、しかも隣の席になって、私はどう接したらいいかわからなくなった。
バイトのときのようには話せない。でも学校でも話したい。テンパった私は、彼を揶揄うようなことばかり言ってしまうようになった。
なんでそうなる?とか自分でツッコんだりしたけど、そうなってしまったのだから仕方がない。
以来、学校とお弁当屋さんで全く違う永門君とのやり取りが続いた。
そんな彼が突然お店に来てくれなくなった。
それももう二か月も。何があったのか気になるのは当たり前じゃないか。
それなのに永門君は何も答えてくれない。
もしかして気づかれたのか?それで私が嫌だから来てくれなくなったのか?そんなことばかり考えてしまう。でも今更そう真正面から聞くこともできない。こんなことなら最初から鳳条百合愛とユリは同一人物だと言っておけばよかった。
もうすぐ今年も終わりだ。
こんな気持ちのまま冬休みに入って新年を迎えたくない。でもどうしようもない。考えてたら涙が出そうになってきて、慌てて堪える。
「はぁ……」
あまりおじさんとおばさんに心配をかけたくないけど、思わずため息が出てしまった。
そんなときだ。お客さんが一人入ってきた。接客しなければ、と気合を入れ直し、俯き気味だった顔を上げ私は固まってしまった。
「ユリさん、ご無沙汰です」
永門君はバツが悪そうに苦笑を浮かべている。
「…………」
「これからまたここの弁当にお世話になります」
「……どう、して……」
「今日はクリスマスですけど、木曜だから、もしかしたらユリさんバイト入ってるかなと思って」
「……そうじゃなくて、どうして、急に来なくなったの?」
「いやー、恥ずかしい話なんですけど、両親がケンカして母親が父の単身赴任先から戻ってきちゃってたんですよ。ただ今日の昼間、父親からクリスマスデートの誘いがあったみたいで今日慌てて帰っていきましたけど」
永門君の話に私は呆然と聞いていることしかできなかった。それを不思議に思ったのか、
「ユリさん?」
永門君が首を傾げる。
私の不安を知りもしないでとぼけた顔をしている永門君が憎たらしい。
「……そう、なの。でも黙って来なくなっちゃった永門君にはもうサービスしてあげないから」
思わず心にもないことを言ってしまう。
「それは残念です。ユリさんの作ってくれるものどれも本当に美味しかったから」
「っ!?知ってたの!?」
確かにサービスで渡してたものは私が作ってたけど、永門君には余りものだって伝えてたはずなのに。
永門君はしまったって顔をした後、
「……実は知ってました。すみません」
そう言って申し訳なさそうに苦笑した。
私はすぐに言葉が出てこなかった。
「今日は弁当を買いに来たんじゃなくてですね。これを渡したくて。クリスマスなのでブッシュドノエルなんですけど、よかったらおじちゃん達と食べてください」
黙ったままの私に永門君は白い箱を差し出す。
そこでおじさんとおばさんが出てきた。私達二人を見て何かを察したのか、ちょっと二人で話して来たら?と言って私達を店から出してしまう。
そうして私と永門君は近くの小さな公園までやって来た。
私は何を言ったらいいのかわからなくて、口を開けばまた変なことを言ってしまう気もしてずっと黙ったままだった。ただ無言の時間も居たたまれない。
「今日はユリさんにもう一つ伝えたいことがあったんです」
先に切り出してくれたのは永門君だった。
「なに?」
「ユリさん……、いや、鳳条。クリスマスは無理だったけどよかったら初詣一緒に行ってくれないか?」
私は絶句して目を見開いてしまった。今永門君は鳳条さん、って言った。私だってバレてたっていうことだ。いったいいつから?なんで?
「え~っと、一応デートの誘いのつもりなんだけど……」
黙ってしまった私に永門君は言葉を続ける。
「な、んで、私のこと……?」
「ん?ああ、ユリさんが鳳条だってこと?隣の席になったときにすぐ気づいたよ」
「な!?」
学校での自分の態度が思い出されて恥ずかしさから急激に顔が赤くなってしまう。
「どうして?今まで気づいてる素振りなんてまったく……」
「だって鳳条隠したいみたいだったしさ。鳳条も学校ではバイトでのこと触れないし、秘密にしたいのかなって」
「それは、そうだけど……」
「それで、どうかな?初詣デート」
トクンと心臓が高鳴る。そう、今私は永門君からデートに誘われている。ドキドキが止まらない。
「なんで永門君が私をデートに誘うの?」
(バカバカ!なんでこんな言い方しかできないの!?)
もっと言い様はいくらでもあるはずなのに。
でもこの日の永門君はいつになく真剣でカッコよかった。
「一年の頃からユリさん、ってか鳳条のことがずっと好きだったから。よければ俺と付き合ってほしい」
まっすぐ私に向けられた言葉。まさか永門君が私と同じ気持ちだったなんて。
嬉しくて嬉しくて涙が出てきた。それを誤魔化すようにして私は自分から永門君に抱きついた。
「百合愛、って呼んで。でなきゃやだ」
「わかった。じゃあ百合愛もこれからは佑丞って呼んで?」
私はこくんと頷く。
こうして私達は付き合うことになった。
この日は、お店に戻った後、永門君が―――佑丞くんが買ってきてくれたブッシュドノエルを佑丞くんと私、おじさん、おばさんの四人で食べた。それから佑丞くんが私を家まで送ってくれて、ずっとフワフワした気持ちで、こんなクリスマスは初めてだった。
でもフワフワした気持ちはまだまだ続きそうだ。
一週間もしないうちに、佑丞くんとの初デートが待っている。
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